reDiscover:DV夫から逃れ家賃を払うのもギリギリだったティナ・ターナーの完全復活作『Private Dancer』

11月 26, 2017


reDiscover:DV夫から逃れ家賃を払うのもギリギリだったティナ・ターナーの完全復活作『Private Dancer』

ティナ・ターナーは1984年発売の『Private Dancer』でアルバム・チャートのトップを飾り、見事なカムバックを果たした。しかしそれを予言していた者は殆どいなかっただろう。ティナ・ターナー自身も驚いていたはずだ。彼女はそれまで何年もの間、有害で虐待的な関係を夫のアイク・ターナーと続けていた。彼はテネシー州ナットブッシュ出身のアンナ・メイ・ブロックを発掘し、ティナ・ターナーという名のR&B女神へと変身させた。しかし問題を抱えた二人の関係は1975年のツアー中にやっと終わりを向かえ、ティナ・ターナーは二度とヨリを戻さないことを決心した。

所持金36セントを持ってティナ・ターナーは夫が眠っている間にダラスにあるホテルの部屋を抜け出し、友人の家へと向い憐れみ深い弁護士の友人がロサンゼルスまでの航空券を購入してくれた。彼女は夫のアイク・ターナーと共に、「Nutbush City Limits」やクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルのカヴァー「Proud Mary」を含む様々なタイプのR&Bヒット曲を1960年から1975年の間に世に出してきたが、夫から逃げ出した後のティナ・ターナーは音楽のことなんて考える余裕はなく、清掃の仕事で辛うじてやりくりをして家賃を払っていたほどだった。

1978年にアイク・ターナーと離婚した後、ティナ・ターナーはソロ・パフォーマーとしての新しいキャリアを始めるための一歩を慎重に踏み出した。アイク・ターナーと一緒だった頃にサイド・プロジェクトとして過去に自分の名前でアルバムをレコーディングした経験はあったが、今回はラスベガスにてキャバレー・スタイルのステージに立ちソロ・キャリアをスタートさせることを決心した。3枚目となるソロ・アルバムでディスコ調の『Rough』を1978年にリリースし、1年後に似たスタイルの『Love Explosion』をリリースしたが、両方とも大失敗に終わってしまい、それはティナ・ターナーの最盛期が過ぎてしまったことを示していたのかも知れない。

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しかし80年代初期に彼女は復活した。より大胆なロックとブルースを使用したアプローチを聴いて感心したロッド・スチュワートは、1981年に行われたUSツアーの前座を彼女に頼み、それからティナ・ターナーはザ・ローリング・ストーンズのサポートを務めるチャンスも手にした。1年後、ブリティッシュ・エレクトリック・ファウンデーション(以下、B.E.F.)が発売したテンプテーションズの「Ball Of Confusion」のリメイクにフィーチャリングされ、1983年にはキャピトルとシングル発売の契約を結んだ。

同年の11月、当時44歳だったティナ・ターナーは、アル・グリーンの70年代のメンフィス・ソウル・グルーヴ「Let’s Stay Together」をカヴァーし、キャピトルからのデビュー・シングルとして発売。B.E.F.のマーティン・ウェアとグレッグ・ウォルシュが指揮をとりイギリスでレコーディングが行われた作品はすぐにイギリスのポップ・チャートを上昇し、13週間ランク・インし、最高で6位の位置を獲得した。トラックはアメリカでも人気を集め、1984年初期にはR&Bチャートで3位にランク・インした。ティナ・ターナーは復活した。そして元夫がいなくても成功を手に入れられることをやっと証明したのだ。

キャピトルはレーベルから初のアルバムをリリースするためにティナ・ターナーをスタジオにおくり、1984年5月に『Private Dancer』が発売された。80年代はそれが主流であったように、アルバムには様々な人が参加し、その中にはイギリス人のルパート・ハインとテリー・ブリッテン(アルバム全体がイギリスでレコーディングされた)がおり、サウンドも白人系に仕上がった。プロデューサーのルパート・ハインとテリー・ブリッテンは曲を共作し、ザ・ビートルズの「Help!」をソウル・バラードとしてリメイク、そして大胆なB.E.F.がプロデュースを手がけたデヴィッド・ボウイの『Diamond Dogs(邦題:ダイアモンドの犬)』からの傑作「1984」のエレクトロ・ロックなカヴァーが収録。ダイアー・ストレイツのフロントマンのマーク・ノップラーがアルバムのタイトル・トラックを作曲し、イギリスではトップ30に、そしてアメリカではR&Bトップ10にランク・インされるヒットとなった。しかしそれよりも大きなヒットとなったのは、テリー・ブリッテンとグラハム・ライル作曲の「What’s Love Got To Do With It」で、ティナ・ターナーにとっての最もイギリスでヒットした曲となった。アメリカではその年で2番目に売れたシングルともなり、1984年の夏には3週連続で全米シングルチャート1位を獲得、ティナ・ターナーは正真正銘のクロスオーヴァー・スターの座を手に入れた。

『Private Dancer』のポップを重視したプロダクションは、ティナ・ターナーのサウンドをメインストリームなものへとアップ・グレードしたが、彼女は自身のソウルのルーツを見捨てることはなく、「Let’s Stay Together」とアン・ピーブルズの「I Can’t Stand The Rain」の魅力的なカヴァーではそれを証明している。

『Private Dancer』は147週という驚異的な期間全英アルバム・チャートにランク・インされたが、最高位は2位だった。故郷であるアメリカでも似たような結果を出し、R&Bで1位を(ポップでは3位)獲得し、見事に81週間チャートインした。「What’s Love Got To Do With It」が最優秀レコード賞を含むグラミー賞を3賞受賞したことにより、ティナのカムバックは成功した。

ティナ・ターナーはその後もヒット・シングルとベストセラーとなるアルバムを1999年まで発売し続けた。しかし恐らくどれも『Private Dancer』を超えることはなかった。このアルバムは画期的な作品で、1980年代にはマドンナと売り上げを競い合うまでのスーパースター・ポップ・ディーヴァへと彼女を変身させ、『Private Dancer』はキャピトル・レコード75周年傑作75作品にも選出されている。33年が経ち、ティナ・ターナーの独特で計り知れないヴォーカリストとしての才能を今でも私たちに思い出させてくれるのだ。

Written By Charles Waring



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ティナ・ターナー『Private Dancer』

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