スマッシング・パンプキンズを振り返る:凡庸なジャンルの枠から抜け出たバンドの弛まぬ努力と信念
2025年9月、約12年ぶりの来日公演、そして25年ぶりとなる日本武道館公演を行うスマッシング・パンプキンズ(The Smashing Pumpkins)。そんな彼らの歴史を振り返ろう。
<関連記事>
・スマッシング・パンプキンズ『Mellon Collie~』不朽の名作であり続ける理由
・スマッシング・パンプキンズの『Siamese Dream』:ロックに警鐘を鳴らした歴史的名盤
・シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響
定義できないバンド
シカゴ随一のオルタナティヴ・ロック・バンドであるスマッシング・パンプキンズを一言で定義するのは難しい。彼らが型にはめられることも、世間の期待に迎合することも拒み続けているからである。
ただ、1つ確かなことがある。
彼らは初期のニュー・ウェーヴ的なスタイルを脱したのち、多重録音により厚みやインパクトを持たせたサウンドとサイケデリック・ロックのスタイルを融合させた人間味溢れる作風を武器とするようになった。そして、時として楽曲に華やかさを加えることも恐れない彼らの多様なアプローチは、すぐさま実を結んだのである。
それゆえ彼らは楽々とプラチナ・アルバムを連発し、クラブからアリーナへ、そしてスタジアムへとランク・アップしていったように見えるかもしれない。確かに、彼らの生まれ持った才能はそれほど常人離れしている。しかし実際のところ、彼らの躍進の裏には弛まぬ努力と、自分たちの信念を守り抜く熱意があった。
だからこそスマッシング・パンプキンズは、ほかのバンドがグランジやグライムという凡庸な枠から抜け出せずにいるあいだ、波乱に満ちたキャリアを前進し続けられたのである。そしてその道のりは、リーダーであるビリー・コーガンが生み出す唯一無二の歌詞世界と音世界によって切り開かれることが多かった。
彼らがこれまでに発表してきたアルバムの数々を振り返ると、そんなグループの軌跡がはっきりと浮かび上がってくる。ほとんど完成された状態でシーンに登場しながらも無限の可能性を秘めていた彼らは、少しずつ成長を重ねて真に象徴的なグループとしての地位を確立した。そうして彼らは現在のように尊敬、さらには崇拝される存在となったのである。実に興味深いその過程をここから見ていこう。
『Gish』: 物語の始まり
ビリー・コーガンとジェームス・イハがスマッシング・パンプキンズの物語をスタートさせたのは1988年のこと。表向きはパンク、ゴシック、サイケデリアなどを意識しつつ、彼らは当初から質の高い音楽を作り出していた。
コーガンは感情を吐露するような作詞にも野心的なサウンド作りにも一切の妥協を許さず、それゆえグループは自然に長期的なキャリアを見据えた精力的な活動をするようになった。また、ポップとロックの歴史に造詣が深いコーガンの初期のインタビューは、彼を単なるぽっと出の新人と見なしていた人びとに衝撃を与えた。
実際の彼は新たな若き先駆者と呼ぶべき存在であり、セールス面での成功や批評面での賞賛は当然のものだと考えているようだった。そして、その直感は正しかった。彼らのデビュー作は、コーガンがシカゴのレコード店(イハと彼が出会ったのもこの場所だった)で働いていた時期に考案したアイデアを基に作られた。
若い2人には、電子音楽とポップが融合したニュー・オーダーの音楽や、キュアー、そして英国のオルタナティヴ・ロック全般を敬愛しているという共通点があったのだ。当初はドラム・マシンを使用していたが、ジャズ・ドラマーのジミー・チェンバレンが加入したのを契機に、駆け出しの彼らは飛躍を遂げることとなった。
地元の編集盤への参加やサブ・ポップからのシングル発表などを経てプロデューサーのブッチ・ヴィグの目に留まった彼らは、ヴィグが所有するウィスコンシンのスマート・スタジオで『Gish』(1991年)を制作。歪みの強いギターを特徴とする幻想的な秀作となったこのアルバムはニルヴァーナ、ジェーンズ・アディクション、パール・ジャムらの作品と並んでも違和感がないサウンドだったが、同時にこの作品にはほかとは違う独特なダイナミクスがあった。
また、このアルバムで手を組んだヴィグとコーガンの相性は抜群だった。両者とも技術面で完璧を追い求めるタイプで、インディー・レーベルのローファイな制作環境の制約に縛られることを良しとしなかったのである。流行やトレンドを少しも気にかけない彼らはクイーンやELOのような洗練されたサウンドを目指し、あらゆるトレンドに反抗した。
『Gish』の歌詞について心の痛みや葛藤を題材にしていると語るコーガンは、もっぱら個人的な感情を歌にしていた。実際、「Rhinoceros」や「Tristessa」のような謎めいた楽曲では、ほとんど精神世界のような領域に足を踏み入れている。また、女性ベーシストのダーシー・レッキーもその攻撃的なサウンドと、グループのステージ上での視覚的インパクトに大きく寄与する存在だった。
極めて高い評価を受けたこの素晴らしいデビュー作のデラックス・エディションには、リマスターを施されたアルバム本編のほか、追加トラック、ライヴ音源、ラジオ・ミックス、シングル・ミックスなどを収録。プラチナ・ディスクに認定され、地元や全国で多数の賞を受賞したこのアルバムからスマッシング・パンプキンズに入門するなら、このデラックス・エディションを選ぶのがお勧めだ。
『Siamese Dream』: 苦しみから生まれた傑作
それに続く作品『Siamese Dream』は、極限状態の中で制作されたアルバムだ。というのも当時は複数のメンバーが、並のバンドだったら崩壊してしまうような人間関係の問題や個人的な苦悩を抱えていたのである。実際、コーガン自身も舞台恐怖症と作曲のスランプに苦しんだが、肝心な場面では必ず力を発揮した。
同作でもヴィグ(ニルヴァーナの『Nevermind』を成功させた直後だった)と手を組んだコーガンは、制作に集中すべくジョージアにメンバーたちを連れ出すことを決意。「Today」や「Disarm(武装解除)」など初めに手をつけた楽曲で手応えを得た彼は、異常なほどの熱意を持ってメンバーたちを追い込んでいった。そしてその苦しみから生まれたこの傑作によってバンドは、批評家に認められ、ファンに生きがいを与える存在になった。
アルバム中でも「Cherub Rock(天使のロック)」、華やかさに耳を奪われる「Soma」(R.E.M.のマイク・ミルズがピアノで参加)、「Sweet Sweet」といった絶対的アンセムは、当時としては驚異的な仕上がりだったのである。
それらの楽曲はオリジナル版でも、リマスターを施されたデラックス版でもいまなお輝きを失っていない。『Siamese Dream』は世界的な人気を獲得し、英米両国のみならずカナダやスカンジナビア諸国のチャートでもトップ10入り。その累計売上は600万枚以上にのぼる。
『Pisces Iscariot』: 名曲群のEP
このころまでにメンバー間の緊張は高まっていたかもしれないが、それでも彼らは歩みを止めなかった。そうして発表された『Pisces Iscariot』は、グループのB面曲やアウトテイクなど知られざる名曲群に光を当てた1作。とりわけ、スティーヴィー・ニックスが書いたフリートウッド・マックの楽曲「Landslide」や、アニマルズの隠れた逸品「Girl Named Sandoz」などのカヴァーは素晴らしい仕上がりである。
彼らが大物グループの地位を固めつつあったことを物語るように、編集盤に分類されるこのアルバムもチャートの上位に食い込み、プラチナ・ディスクに認定。こうしてスマパンは本格的な成功を手にしたのである。
『Mellon Collie』:X世代にとっての『The Wall』
続く『Mellon Collie And The Infinite Sadness(メロンコリーそして終りのない悲しみ)』でヴィグとコーガンは友好的に袂を分かち、ビリーは代わりに英国人プロデューサー・コンビのアラン・モウルダーとフラッドを招いて新曲を形にしていった。コーガンの作る楽曲はこのころ複雑化・多様化しており、彼はザ・ビートルズが1968年に発表した”ホワイト・アルバム”のような2枚組アルバムを作り上げようと考えた。
一方、彼は当時勢いのあったX世代のリスナーも意識して、”X世代にとってのピンク・フロイドの『The Wall』”といえるような作品を目指してもいたという。制作にあたってはオーヴァーダビング作業の空き時間を発生させないよう、グループは2つのスタジオで並行してレコーディングを進めた。そうすることで全員が常時作業にあたることとなり、暇を持て余した誰かが問題を起こすような事態を避けられたのである。
また、カリスマ性に満ちたバンドリーダーであるコーガンが必要に応じてほかのメンバーに権限を委譲することで、生産性を高めながらリラックスした雰囲気を醸成したのも賢い選択だった。こうして完成した『Mellon Collie…』は多方面で称賛を浴びた。収録曲の「Bullet With Butterfly Wings」がグラミー賞に輝いたほか、アルバムは批評面で驚くほど絶賛され、セールス面でも大ヒット。さらにはファンからもかつてないほど熱烈な支持を受けた。人間の在り方や死という運命の悲しみをテーマにしたアルバムであることを考えれば、これは偉業と言っていいだろう。
全体で2時間以上(これでも当初の曲数の半分まで絞ったという)に及ぶ同作は、リリース当時も現在も大傑作と呼ぶに相応しいアルバムだ。ハイライトとなる楽曲は多すぎてすべてを十分に評価するのは難しいが、中でも代表曲に数えられるのは「1979」「Tonight, Tonight」「Thirty-Three」あたりだろう。リマスターを施された同作のデラックス版は、修復された初収録音源のほか、EP『Zero』や大量のアウトテイクを収めた驚きの内容である。
『Adore』: メロディー性の際立つ1作
このあと、過密スケジュールの世界ツアー中(それを前にコーガンが髪を剃ったことはよく知られる)にチェンバレンが脱退。それでもグループは1998年一番の期待作『Adore』の制作に着手した。個人的な絶望感に苛まれていたコーガンはアコースティック・ギターで同作の曲作りを進め、プロデューサーのブラッド・ウッドとともにデモを録音。最終仕上げには前作に引き続きフラッドを起用した。
こうして完成したアルバムは、彼らがのちにヘヴィ・メタルやエレクトロニカに接近することを予感させながらも、メロディー性の際立つ1作だった。言うなればバラードのような構成と温かみのあるサウンドの楽曲が多いが、一方で切迫した生々しい感情は損なわれていないため、スマパンのほかの作品と並べても違和感のない出来栄えのアルバムだったのである。
コーガンはこの作品でも細部にまで深く関わり(イハはソロ・アルバムに取り組んでいた)、ミキシング、アートワーク、ジャケット・デザインの監修も担当。このアルバムでもそのクオリティの高さはやはり変わらず、特に「Ava Adore」「Perfect」「Crestfallen」は素晴らしい名曲である。
『Machina/The Machines Of God』:テーマは別れ
このあとグループは周辺の状況を整理したのち、2000年に『Machina/The Machines Of God』で世紀末にカムバックを果たした。アルバム発表後のライヴ活動においてはダーシーに代わり元ホールのメリッサ・オフ・ダ・マーがベースを弾いたが、この試みもファンが懸念していたほど悲惨な結果にはならなかった。
また、チェンバレンが復帰したこの5枚目のアルバムは、ある意味で”別れ”をテーマにした作品になった。そしてその収録曲についてコーガンは、それまで制作してきたどの作品より構成の面で芸術的、あるいはポップであると考えていた。
当初はこれまた2枚組にする想定だったという『Machina…』だが、最終的には規模を縮小して73分の魅力溢れるアルバムに仕上げられた。注目楽曲は「The Everlasting Gaze」「Stand Inside Your Love」「I Of The Mourning」「Try, Try, Try」などだが、「With Every Light」にはデヴィッド・ボウイのバンドでピアノを弾いていたマイク・ガーソンが参加している。
『Oceania』: スマパンの”ウォール・オブ・サウンド”
そしてオンライン上でのアルバム・リリースが選択肢に加わってきたころ、いくつかの課外活動を経たスマッシング・パンプキンズの面々は2012年の『Oceania』でシーンに復帰。このアルバムは、一新された4人組のラインナップ(もちろん率いるのはコーガン)でグループの作風を転換させた刺激的な1作であり、「Quasar」「Panopticon」「The Celestials」などの楽曲は”ウォール・オブ・サウンド”的な音に乗せてリスナーを精神世界に誘う。
特に幻想的なプログレッシヴ・ロック風ナンバー「The Celestials」は、パンプキンズ・ファンのあいだでこの時期のベスト・ソングと評価されている。
その後も2014年の『Monuments to an Elegy』から2024年の『Aghori Mhori Mei』まで、常に進化と挑戦を続けてきたスマッシング・パンプキンズは、苦しみを力に変えて前に進んでいる。バンドは流動的なもの、変化し続けるものだとするビリー・コーガンの信念こそが、大物グループとしての彼らの地位を確固たるものにしているのである。彼らの音楽を探究し始めれば、”終りのない喜び”が待っていることだろう。
この紹介記事の最後に、ビリー・コーガンの秘蔵楽曲集『Pisces Iscariot』のリマスター版が発売中であることも記しておかなければならないだろう。このほか、興味をそそられる『Rarities & B-Sides』やどこを切り取っても最高な『Rotten Apples, The Smashing Pumpkins Greatest Hits』も好評発売中である。
Written By Max Bell
4タイトルが来日記念帯付き仕様のLPでリリース
購入はこちら
- スマッシング・パンプキンズ アーティストページ
- スマッシング・パンプキンズ『Mellon Collie~』不朽の名作であり続ける理由
- 90年代のヴァージン・レコード:多種多様なジャンルとアーティスト達
- ヴァージン・レコード創業期:リチャード・ブランソンとアーティストたち
- シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響
- 90年代大特集:グランジからブリット・ポップ R&Bやヒップホップの台頭まで
- スマッシング・パンプキンズ 関連記事