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ラーズ『The La’s』解説:唯一無二の傑作アルバムに刻まれた時代を超えるメロディ

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批評家から広く称賛され、オアシスのノエル・ギャラガーをはじめとする影響力のあるミュージシャンからも高く評価されてきた、ラーズ(The La’s)唯一のセルフタイトル・アルバム『The La’s』は、今なお驚嘆すべき作品であり続けている。

荒々しいマージービート、バーズを思わせるきらびやかなギター・サウンド、そしてパンク的な姿勢が独自の形で融合したこのアルバムは、いとも軽やかに演奏されているように聴こえる。しかし、その完成までには何年もの歳月を要し、フロントマンのリー・メイヴァースが追い求めた完璧主義は、バンドのメンバーやレコード会社、さらには複数のプロデューサーをも疲弊させた。

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名前の由来

『The La’s』は1990年10月1日に正式リリースされたが、その始まりは1984年まで遡る。駆け出しのシンガーソングライターだったマイク・バジャーが故郷リヴァプールでバンド名を考案したのがきっかけである。その名は「ラララ」の“ラ”と同じように発音し、リヴァプールの言葉で「lad(若者、男)」を指す表現に由来するという。ほどなくしてバジャーは、シンガー兼ギタリストのリー・メイヴァースとバンドを結成。初期の尖ったサウンドには、2人が愛したキャプテン・ビーフハートやザ・フォールの影響が色濃く表れていた。

バジャーとメイヴァースはともに急速にソングライターとして成長し、1986年になる頃にはラーズは注目を集める存在となっていた。次々と新曲が生まれるなか、バンドは正式メンバーとしてベーシストのジョン・パワーとドラマーのジョン・ティムソンを迎え入れる。そして同年末までには、リヴァプールの複数の会場でソールドアウト公演を続け、マージーサイドでは、ザ・ビートルズ以来とも言われるほど大きな話題を集める存在になっていた。

デビュー・アルバムが発売されるまで

メジャー・レーベルからも注目を集めたラーズは、1987年にGo! Discsと契約。この頃にはマイク・バジャーが脱退し、リー・メイヴァースがバンドの中心を担うようになっていたが、彼の手元にはすでに素晴らしい楽曲の数々があった。その大半は、1986年後半に地元のスタジオで4トラックでデモ録音され、メイヴァース自身も納得のいく仕上がりになっていたものだった。

その後の数年間で、ラーズは英国屈指のライヴ・バンドとしての評価を確固たるものにしていく。同時に、フォーク風味を帯びた中毒性の高い「Way Out」、続いて煌めくギター・サウンドが印象的なポップの名曲「There She Goes」と、ファンの期待を煽るシングルを発表した。

どちらも当初は大ヒットには至らなかったが、リー・メイヴァースの卓越したソングライティングの片鱗を示し、間もなく登場するはずの傑作デビュー・アルバムへの期待を抱かせる作品となった。

しかし、その舞台裏では、メイヴァースの創作に対する姿勢が、ラーズのアルバム制作を難航させ、長い時間を要するものにしていた。バンド初期のデモ音源が持つ魔法のような魅力を超えようとする彼の強迫的なまでのこだわりにより、1987年から89年にかけて、ジョン・レッキー、ボブ・アンドリュース、マイク・ヘッジズといった著名なプロデューサーを迎えたレコーディング・セッションは、いずれも中断を余儀なくされた。

関係者全員の苛立ちをよそに、マイク・ヘッジズとのセッションでは、周囲が十分満足するほどのアルバム一枚分以上の音源まで完成していたが、メイヴァースはそれでも首を縦に振らなかった。

 

「楽曲は紛れもないダイヤモンドだった」

こうした先行きの見えない状況は、バンドのメンバー構成にも影響を及ぼし、リード・ギタリストやドラマーが次々と加入しては脱退し、そのなかには後にオアシスのドラマーとなるクリス・シャーロックも含まれていた。

1989年、ようやくラーズのラインナップが安定する。メイヴァースとパワーに、ギタリストのピーター・(キャミー)・キャメル、そしてメイヴァースの弟ニールがドラマーとして加わり、アルバム制作の最後の試みに臨むべく、スティーヴ・リリーホワイトと合流した。

U2、ザ・ポーグス、スージー・アンド・ザ・バンシーズなどの作品も手がけてきたリリーホワイトは、1989年後半、ロンドンのEden Studiosでラーズとともに制作を開始。最終的にラーズのアルバムを完成へと導いた一方で、この長期にわたるセッションを振り返り、リリーホワイトの胸中には複雑な思いが残っているという。2011年、彼はMusicRadarのインタビューでこう語っている。

「楽曲は紛れもないダイヤモンドだと分かっていた。でも、それをテープに収めるのは容易じゃなかった。素晴らしい曲を6曲録っても、7曲目に何かひとつでも気に入らないところがあると、(リーは)それ以外も全部ダメだと思い込んで、最初からすべてやり直さなくてはならなかった。とはいえ、僕がこれまで一緒に仕事をしたシンガーソングライターの誰と比べても、リーは間違いなくトップクラスだろう。驚くべき才能の持ち主だし、僕たちが作り上げたアルバムは、ある意味で時代を超越した作品なんだ」

 

唯一無二

今あらためて『The La’s』を聴けば、その評価に異論を挟む余地はないだろう。再発時にようやく全英TOP20入りを果たした、バンドを象徴するきらめくヒット曲「There She Goes」は、アルバムのハイライトとして取り上げられることが多い。しかし実際には、この曲もまた、アルバムに散りばめられた数々の輝かしいポップ・ソングのひとつにすぎない。

『The La’s』は、哀愁を帯びた「Son Of A Gun」、猛烈な勢いで突き進むロックンロール「I Can’t Sleep」、そしてタイトルどおり時代を超越した魅力を放つ「Timeless Melody」という、強力な3曲で幕を開ける。その勢いは最後まで衰えることがない。

リー・メイヴァースの才能にいまだ疑念を抱いている人も、ベルトルト・ブレヒトを思わせる大胆な「Freedom Song」や、壮大でサイケデリックな哀歌「Looking Glass」を一度聴けば、彼らが本来どれほどの可能性を秘めていたのかを感じ取れるはずだ。

ところが不可解なことに、アルバムがついに世に出た時、ラーズのフロントマンであるメイヴァースは、誰よりも手厳しい批評家となった。1990年のNMEのインタビューでは、この作品を「背骨の折れたヘビのようだ」とまで酷評している。多くの批評家がこのアルバムの内容に天才性を見いだしていたことを考えると、メイヴァースの否定的な反応は、いっそう謎めいて感じられる。

当時のレビューで、The Village Voiceのロバート・クリストガウは、「めったにないことだが、天賦の才を持つ人物が現れることがある。ラーズのフロントマン、リー・メイヴァースが、まさにその一人だ」と記した。また、熱心なファンとして知られるノエル・ギャラガーは、2011年にThe Quietusに対し、「“The La’s”は、ギターを主体としたリズム&ブルースの定型に沿った作品でありながら、完全に唯一無二だ。彼ほど見事にそれをやってのけた人は、その後誰もいない」と語っている。

 

脚光を浴びた時期はあまりにも短かった

批評家たちから絶賛され、アルバム『The La’s』を全英アルバム・チャートのTOP30入りへと導く大規模なツアーに乗り出したラーズだったが、脚光を浴びた時期はあまりにも短かった。次作の準備よりも、アルバムを録り直すことに取りつかれているかのようだったメイヴァースは、1992年にバンドを解散。その後も散発的な再結成公演は行われ、彼の熱心なファンはいまも復帰を願い続けているが、隠遁生活を送るフロントマンが再び本格的に表舞台へ戻る可能性は、もはや低いように思われる。

2008年に『The La’s』のデラックス盤CDが再発された際、プロデューサーのマイク・ヘッジズは次のように語っている。

「彼の求める基準はあまりにも高く、そこに到達することなど到底できない。どこかの時点で、“これで終わり。完成だ”と言って、次へ進まなければならない。僕自身、これまで手がけた作品で100パーセント満足できたものは一つもない。完璧さをどうやって測ればいいのか、そもそも完璧などあり得るのか、ということだと思う」

Written By Tim Peacock


ラーズ『The La’s』
1990年10月1日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

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2026年9月18日発売
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