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スティーヴィー・ワンダーの瀕死の事故と3時間で作った「Higher Ground」

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スティーヴィー・ワンダーは、昔からソング・ライターとしての天才ぶりを発揮して、いつもいとも簡単にこなしているようだった。1973年8月18日、傑作アルバム『Innervisions』から「Higher Ground」が全米シングル・チャート入りし、ファンも他のアーティストも圧倒されていた。この楽曲についてスティーヴィー・ワンダーは「すべてを3時間で作ったんだ」とのちにQ誌に話した。

モータウンの天才はこの傑作を23歳の若さで制作した。しかも非常に早いスピードで仕上げただけでなく、最終的なレコーディングでは彼がすべての楽器を演奏している。Mu-Tron IIIペダルとさらにムーグのベース・ラインで、あの特徴的なワウ・ワウのグルーヴを完璧なものにした。

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ただ、自分が生み出した芸術についての軽やかなコメントとは別に、すばやくレコーディングしたのは、不吉な予感を感じていた当時の彼の気持ちをそのまま反映していたのかもしれない。モータウンがシングルをリリースしてすぐの1973年8月、ノース・カロライナでスティーヴィー・ワンダーは交通事故に遭い、4日間も昏睡状態だった。そしてこの死に至ってもおかしくない事故から、生還したスティーヴィー・ワンダーは精神的に“ハイアー・グラウンド”へと導かれることになった。

「やらなければならないという感覚だった」とそのレコーディング・セッションについてQ誌に語っている。「何かが起こると予感していた。いつ、何が、起こるかまではわからなかったけど、何かを予感していたんだ」。事故が起き、そこから完全に復活してからは、彼の人生に対する見方は計り知れないほど変化していた。

Innervisions

「その後の数日は、精神的により良い場所にいたし、自分の人生や将来、次のハイアー・グラウンド(高み)にたどり着くためには何をすべきかを気づかされた」と話す。「人生の二度目のチャンスだから、何かを成し遂げたり、もっと何かをしたいと思ったし、自分が生きているということに真正面から向き合うようになった」

「Higher Ground」は全米チャートで73位でスタートしたが、9月の終わりにはR&Bチャートのトップに上がり、レーベル仲間のマーヴィン・ゲイの「Let’s Get It On」の6週間トップの記録に終わりをもたらした。その2週間後、「Higher Ground」はポップチャートでの最高位4位を記録した。

Written by Paul Sexton



スティーヴィー・ワンダー / インナーヴィジョンズ [プラチナSHM]【CD】【プラチナSHM】スティーヴィー・ワンダー『Innervisions』

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