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スモーキー・ロビンソンの半生:モータウンの重役までになりレーベルを支えたマルチプレイヤー

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これはよく知られた話だが、かつてボブ・ディランスモーキー・ロビンソンのことを「アメリカ最高の詩人」と評した。しかしここでは、わざわざそうした、他のソングライターからの誉め言葉を並べ立てる必要などない。スモーキーの残してきた作品を聴けば、彼がいかに偉大であるか、それだけですぐにわかるのだから。今回は、彼がモータウンで作り上げた奇跡(ミラクル)のような曲をいくつか紹介しよう。その中にはスモーキー自身がソロ・アーティストとしてレコーディングした作品もあれば、彼がミラクルズとともにレコーディングした作品もある。また、彼ら以外のアーティスト/グループによってレコーディングされた作品もある。

スモーキー・ロビンソンはパイオニアだった。1970年代が始まると、モータウンのアーティストの多くは自分たちのレパートリーを自ら作曲しなければならなくなり、悪戦苦闘することになる。しかしながらスモーキーは1950年代後期から既にソングライティングを行っていた。そして彼の作る作品のどの歌詞にも、どのメロディにも、魂(ソウル)がこもっていた。そしてスモーキーは、実にヴァリエーションに富んだ楽曲を作っていた。それゆえ、どんな人であろうと自分にぴったりのスモーキー・ロビンソンの曲を少なくとも1曲は見つけられるのである。

*下記プレイリストはスモーキー本人の曲や彼が作曲したりプロデュースした曲、そして彼の楽曲のカバーなどをまとめたもの。

奇跡のようなソングライター

噂によれば、モータウンのボス、ベリー・ゴーディが、彼に最初の1曲のレコーディングを許可するまでのあいだに、スモーキー・ロビンソンは100曲以上もの自作曲を書き上げていたと言われている。もしかしたらその数はもっと多かったのかもしれない。というのも、1940年2月19日生まれのスモーキーは、7歳のときに学校の劇で歌う曲を作り上げていたのだ。まだ幼いスモーキーは雑誌『ヒット・パレーダー』を買い、そこに掲載されていたコード譜付きの歌詞を研究して、ポップ・ソングの仕組みを自力で理解していた。まさに、ことわざにあるように「習うより慣れよ」ということである。スモーキーは、R&Bの分野で人気を集めた歌手、ジャッキー・ウィルソンのヒット曲を何曲か書いていたベリー・ゴーディのアドバイスに従い、自分の曲にストーリーを盛り込み始める。ミラクルズの一員としてリリースしたシングル2枚が好評を博したあと、1960年にスモーキーは彼自身が書いたオリジナル・ナンバーで初めて大ヒットを放つことになる。その曲「Shop Around」は、「花嫁は焦って決め手はいけない」と母親が息子に忠告するという歌だった。この曲はアメリカのポップ・チャートで最高2位に到達する成功を収めた。

Shop Around

Shop Around

 

ただしスモーキー自身は母親の忠告には従わなかったようだ。というのも、1962年のトップ10ヒット「You’ve Really Got A Hold On Me」の歌詞では、ひとりの女の子に夢中になっているからだ。これはミラクルズが大ヒットさせただけにとどまらなかった。翌年には新進気鋭のリヴァプールのグループ、ザ・ビートルズがセカンド・アルバム『With The Beatles』でカヴァーしている。その結果、スモーキーとモータウンの音楽出版社ジョベット・ミュージックには多額の印税が転がり込むことになった。この時点から、スモーキー・ロビンソンが作者としてクレジットされた曲は、ヒット候補としてほかのアーティストたちから引っ張りだこになった。「You’ve Really Got A Hold On Me」はビートルズのカヴァーも素晴らしい出来だが、決定版となるとやはりミラクルズのヴァージョンということになるだろう。

You Really Got A Hold On Me (Remastered 2009)

You Really Got A Hold On Me (Remastered 2009)

 

You've Really Got A Hold On Me

You've Really Got A Hold On Me

 

モータウンの曲作りの大黒柱

モータウンに所属する他のアーティストやグループも、スモーキー・ロビンソンが作る素晴らしい楽曲群を競うように採り上げた。コントゥアーズがレコーディングした「First I Look At The Purse」(1965年) では、スモーキーは恋愛について再びお堅い忠告をしている。一方メアリー・ウェルズに提供した「My Guy」(1964年) は、もっとロマンティックな歌詞に仕上がっている。スモーキーはこの曲のアンサー・ソング「My Girl」(1965年) を自ら書き上げ、この曲はテンプテーションズオーティス・レディングがレコーディングしたヴァージョンで大ヒットになった。スモーキーはこのほかにも「The Way You Do The Things You Do」「It’s Growing」「Get Ready」といったテンプテーションズのレパートリーを作曲している。また彼らのアルバム『The Temptations Sing Smokey』は、表題通り、収録曲すべたがスモーキーの名曲で占められた1枚だった。

スモーキーは、女性歌手用の曲作りと男性歌手用の曲作りをどちらも巧みにこなすことができた。ブレンダ・ハロウェイには「Operator」(1965年) を提供。またマーヴェレッツには、彼氏に気をつけるように忠告する「Don’t Mess With Bill」 (1965年) や、かなり哲学的な「The Hunter Gets Captured By The Game」(1966年)を書き下ろしている(ちなみに「ビル」はウィリアム・”スモーキー”・ロビンソンの愛称)。

マーヴィン・ゲイは自らも曲を作っていたが、それでもスモーキーの「Ain’t That Peculiar」(1965年) を喜んでレコーディングしていた。多くのファンは、この曲を1960年代中期のマーヴィンがリリースした最高のシングルだと考えている。それに並ぶくらいの名曲「One More Heartache」や「I’ll Be Doggone」も、やはりスモーキーの提供曲である。

Ain't That Peculiar

Ain't That Peculiar

 

ミラクルズがレコーディングした名曲の数々

スモーキー・ロビンソンは他人への曲提供に飽き足らず、自らのグループ、ミラクルズでも彼自身が書いたオリジナル・ナンバーをレコーディングしている。ミラクルズは、「Ooo Baby Baby」(1965年)や「Tracks Of My Tears」(1965年)といった名曲のおかげでバラードの巨匠と評価されている。そのうえこのグループは、「Going To A Go-Go」(1965年)や「The Tears Of A Clown」(1970年)といったにぎやかな曲も歌うことができた。こうした曲は今も人々の記憶に残っているが、スモーキーとミラクルズの素晴らしさはアルバム収録曲やシングルB面曲でも見事に発揮されている。今ではあまり聴かれない楽曲の中にも、驚くほど深みのある作品が見受けられるのだ。たとえば「Going To A Go-Go」のB面に併録されている「Save Me」は、なんとも上品で可愛らしいアレンジで始まる。しかし歌詞の主人公は恋人を失い、忍耐力の限界に来ている。情感の大海原で溺れ、恋が座礁しかけているのである。

Save Me

Save Me

 

この曲は、ジャマイカでアルトン・エリス/ズート・シムズ/ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズによって、「Rude Boy Prayer」として新たにレコーディングさえている。そしてその「Rude Boy Prayer」では、失恋の苦しみではなく、犯罪の世界に転落する恐怖が歌われている。また1965年のシングルB面曲「Choosey Beggar」も要注目だ。ミラクルズのアルバム『Going To A Go-Go』には、これを含めスモーキーの1960年代中期の傑作が並んでいる。

Rude Boy

Rude Boy

 

八面六臂の活躍

スモーキーはモータウンでさまざまな役割を果たし、多忙を極めた。彼はこの会社の重役に就任し、他のアーティストへの曲提供やプロデュースも担当していた。さらにミラクルズは度々ライヴ・ツアーに出ていた。彼はこの自分のグループでも曲作りとプロデュースもやらなければいけなかった。1960年代の終わりになると彼はツアー活動から離れてもいいと思うようになり、ミラクルズを離れて仕事の負荷を減らそうとした。その矢先、1970年にミラクルズは「The Tears Of A Clown」でチャートの1位を獲得。そのため、彼はさらに2年ほどグループに留まり、1971年にはより大人びた「I Don’t Blame You At All」でまたもや大ヒットを放っている。一方1970年代初頭には、フォー・トップスに提供した「Still Water」も大成功を収めた。これは、サウンド面ではマーヴィン・ゲイの「What’s Going On」の先駆者ともいえる作品だった。またスモーキーは、モータウンで一番の大物グループにも曲を提供することになる。

The Tears Of A Clown

The Tears Of A Clown

 

シュープリームスをプロデュース

モータウンは自社のヒット作をリサイクルすることを好んでいたためそれまでにもシュープリームスは何度かスモーキーの曲を採り上げていた。ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスは1969年にスモーキーの「The Composer」をヒットさせている。やがてスモーキーは、ダイアナ脱退後のシュープリームスがリリースした4枚目のアルバム『Floy Joy』(1972年)をプロデュースした。ここでの音作りは昔ながらのモータウンらしさとファンキーさを兼ね備えており、1970年代にふさわしいものになっている。スモーキーはこのアルバムで全9曲の曲作りに関わっており、素晴らしいノリのアルバム・タイトル曲、マイナー・キーのメロディがグルーヴィに歌われる「Automatically Sunshine」、ほとんどダブ風といっていい雄大な「Now The Bitter, Now The Sweet」。こうした名曲が並んだ『Floy Joy』は素晴らしいアルバムだった。しかしこの顔合わせは一度きりに終わる。スモーキーは1972年にミラクルズを脱退。活動を他の面に広げていく。

Floy Joy

Floy Joy

 

ソロ活動へ

スモーキーのソロ活動は順調に滑り出した。1973年のアルバム『Smokey』からはヒット・シングル「Baby Come Close」が生まれている。しかし次のアルバム『Pure Smokey』に関しては、ビートルズのジョージ・ハリスンが同名のトリビュート・ソングを作ったということが一番の話題になった程度で、評論家やDJのあいだでは、スモーキーが本当にソロで成功できるのかどうか疑問視する声も出た。その疑問に対する答えとなったのが、1975年発表のサード・アルバム『A Quiet Storm』だった。これはソロ歌手としてのスモーキーの足場を固め、さらには新しいソウルのジャンル「クワイエット・ストーム」の火付け役にもなった。また恋の仕返しを歌ったメロウでファンキーな「Baby That’s Backatcha」も大ヒットとなっている。スモーキーのソングライターとしての才能はまだまだ枯れてはいなかった。1979年の「Cruisin’」も、彼の”クワイエット・ストーム・スタイル”の代表曲と言っていいだろう。

 

いつまでも、ずっと

スモーキーは多くの場合、ほかのソングライターとの共作で曲作りを行っていた。そうしたパートナーの代表格がミラクルズのギタリスト、マーヴ・タープリンである。珍しくスランプに陥っていたスモーキーは「Cruisin’」で再び調子を取り戻すが、この曲もタープリンと共作した曲だった。ミラクルズの他のメンバーも、このグループのヒット作の多くで共作パートナーを務めている(ピート・ムーア、ボビー・ロジャース、ロナルド・ホワイトなど)。またモータウンの専属ソングライター、アル・クリーヴランドは、1960年代後期の大ヒット曲の多くをスモーキーと共作した(「I Second That Emotion」など) 。「The Tears Of A Clown」は、やはりモータウンの大スターだったスティーヴィー・ワンダーと彼の共作パートナー、ハンク・コスビーと組んだ作品だった。そしてモータウンのボス、ベリー・ゴーディは、ミラクルズ初期のヒット曲の一部で曲作りに協力している(「Shop Around」など) 。才人は才人と組むのである。

I Second That Emotion

I Second That Emotion

 

スモーキー・ロビンソンの曲は、今も人の心に響いてくる。「Get Ready」「Ooo Baby Baby」「My Girl」といった名曲のカヴァーは、わざわざ捜索隊を派遣しなくてもすぐに見つかるだろう。彼の甘く優しげなヴォーカルは他のソングライターにも誉め讃えられている。とはいえ、あの唯一無二の曲作りの才能がなければ、スモーキーは単なるモータウンの名歌手のひとりに留まっていたかもしれない。しかしペンを手にした彼は、伝説的な存在になった。そして今も、毎日のように曲を作り続けている。いつまでも、ずっと。

Written By Ian McCann


 

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