クイーン『A Day At The Races / 華麗なるレース』制作秘話:初のセルフ・プロデュース作

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『A Night At The Opera(オペラ座の夜)』に続く作品と来れば、『A Day At The Races(華麗なるレース)』以外にない。クイーンはマルクス兄弟の映画『オペラは踊る(原題:A Night At The Opera)』に続き彼らからインスピレーションを得て、次作である『マルクス一番乗り(原題:A Day At The Races)』のタイトルを拝借することにした。

とはいえロジャー・テイラーは、英テレビ番組『スーパーソニック・サタデー・シーン』に出演した際のインタビューで、その次のアルバムはマルクス兄弟の1938年公開の映画『Room Service』や1933年作品『Duck Soup』といったタイトルになることはないと、視聴者に断言している。

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制作チームの変更とハイド・パーク

1976年7月、マナー・スタジオに入った4人は、意気揚々と新作に向けたセッションを開始。その後、再びサーム・イーストでミックスを行い、ウェセックス・スタジオでのポストプロダクションを経て、このアルバムは完成した。その頃、フレディ・マーキュリーは「Killer Queen」や「Bohemian Rhapsody」の作曲に対して、権威あるアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞。これによりある意味、同業の作曲者たちからも認められ、それまでの懸命な努力が報われてさらなる扉が開かれたのだ。

そして更に、重要な変化が起こりつつあった。クイーンの4人のミュージシャン達は、これまで長い旅路をロイ・トーマス・ベイカーと共に歩んで来たが、そろそろ離れ際が訪れたとの決断を下したのである。代わりに重要な役割を果たしたのが、主任エンジニアのマイク・ストーンだ。彼は長年クイーンの技術面を担当しており、「Bohemian Rhapsody」で彼が発揮したオーヴァーダブのスキルは実に印象的であった。

マイク・ストーンはフレディ・マーキュリーにとって強力な味方かつ協力者であり、彼の控えめだが確かな存在感のおかげで、人々を惹きつけてやまない素晴らしい組み合わせであるとやがて判明するものが緩やかに準備され始めたのである。つまりそれは、高度に洗練された先鋭性を帯びているにもかかわらず、同時にぬかりない商業性を備えているポップスであり、クイーンのトレードマークであるハードロックの要素、そしてクラシックの影響を受けた美しい旋律との融合だ。この組み合わせは見事に当たり、『A Day At The Races』はまたもや全英1位を獲得。全米でも難なくトップ5入りを果たした。

アルバムのリリースに先立ち、クイーンは全4公演の短期サマー・ツアー(9月1、2、10、18日)を実施。そのクライマックスとなったロンドンのハイド・パークで行ったフリーコンサートには膨大な数の観客(※15~20万人と諸説あり)が詰めかけており、進行が押していたことから、終演予定時刻を遵守させるためアンコールは警察当局によって打ち切られてしまった。ロンドン公演に先立って行われたエジンバラ公演やカーディフ公演ではこのような問題は起こらず、そこに足を運んだ幸運な観客は、第二弾シングルに予定されていた「Tie Your Mother Down」の試演に立ち会うことができたのだ。そして更なる変化の気配が漂っていた。フレディ・マーキュリーが長髪をなびかせ、トレードマークとなっていたビバの黒いマニキュアを見せびらかしていた時代が、この一連の公演を最後に終わりを告げたのである。

進化するフレディ・マーキュリー

どんな時にも常にアーティストであったフレディは、自身に進化すべき時が来たことを直感的に悟っていた。それはデヴィッド・ボウイが後にコメントしていた通りだろう。

「演劇的なロック・パフォーマー達を全てひっくるめても、フレディは誰よりその先を行っていた……彼は行き過ぎとも思えるほど、限界を超えていたんだ。そしてもちろん、タイツを履いている男性に対し、僕は常に賞賛の気持ちがあったからね。彼をコンサートで観たのは一度だけだったけれど、よく言われる通り、彼は間違いなく、観客を完全に掌握することのできる男だった」

芝居がかった強烈なパフォーマンスに見合う声の持ち主であったフレディは、その後、ロック史上最も偉大なフロントマンとして、頂点に君臨することとなる。

それでも、自身についてフレディが語っていたように、彼は「ステージに立っている時は外交的だけれど、内面は全く別の男」であった。取材の際に外界に示されるシャイな側面は、仕事モード時の熱狂的な激しさによってバランスが保たれていたのである。そして英オックスフォードシャー州のマナー・スタジオでのアルバム制作は、彼の中の完璧主義者が作業を牽引したため、小さな事件の連続であった。

前作と一対になった姉妹作と捉えられることの多い本作は、様々な点において前作の続編と見なすことが可能で、時差のある2枚組だとも言える。そのセールスは予約数だけで早くも50万枚を超え、クイーンのLPとしては初のTVコマーシャルも制作。そこで用いられていたのは、前述のハイド・パーク公演の映像であった。

また、クイーンならではの遊び心を踏まえ、彼らはアルバム・プロモーションの一環として、サリー州の競馬場ケンプトン・パークで冠レースも開催。これが単なるお遊びではない真剣なビジネス戦略だったとすれば、素晴らしい成果を上げたと言える。というのも『A Day At The Races』は、全英チャートで初登場1位に輝いたからだ。

完璧なロックの序曲

そしてスタート合図を待ち受けていた私達の耳に、どんなものが用意されていたのか? 何しろこのアルバムはクイーンにとって初のセルフ・プロデュース作であり、驚くほど多彩かつ挑戦的な全10曲は、どれも並み居る競争相手を大きく引き離している。

冒頭を飾るブライアン・メイ作の「Tie Your Mother Down」は、完璧なロック序曲であった。1968年、彼が天文学の博士号取得を目指して学んでいた10代の時に書いたものを元にしたこの曲では、ブライアンによるアコギとエレキ・ギターとのコンビが、絶妙なスライド・リード・ギターを加えつつ、極めて甲高いフレディのヴォーカルと調和。また、ブライアンがハルモニウムでシェパード・トーン(無限音階)を鳴らしながら更にもうひとつの背景音を作り出しており、それをイントロに用いることで、不協和音から協和音へと移行するような感覚を生み出している(このハルモニウムによる無限音階は「Teo Torriatte」のフィナーレにも登場)。

このリフは、ロリー・ギャラガーへのオマージュで、彼のテイスト時代の曲「Morning Sun」は、ブライアンの個人的なお気に入り曲であった。歌詞は、ブライアンにしては異例な内容となっており、フレディの長所を最大限に引き出すような、奇抜でおどけた雰囲気が適度に盛り込まれていた。それに関し、フレディ・マーキュリーはこう述べている。

「彼(ブライアン)はちょっと凶悪な気分だったのかもしれないね。僕が‘Death On Two Legs’でやったことを、彼は超えようとしているんだと思う」

重層的なヴォーカルとピアノの伴奏から成るフレディの「You Take My Breath Away」は、ソロ曲のような風情のある超絶バラードで、ハイド・パーク公演でフレディがファンに歌うことを促すと、人々はすんなりそれに加わった。次のブライアン・メイ作「Long Away」では、フレディ・マーキュリーはやや控え目で、ザ・バーズやザ・ビートルズの極上の瞬間を彷彿とさせるような溢れんばかりのバーンズ・エレキ12弦ギターと煌めくメロディ・ラインを背景に、ロジャー・テイラーが高音のハーモニーを提供。素敵な小品である。

大ヒットの予感

憧憬と郷愁に満ちた「Long Way」に続くのは、フレディ作の「The Millionaire Waltz」だ。壮麗かつ極めて野心的な社会観察のひとつであるこの曲の主人公は、仕事と遊びを兼ねることを喜びに感じている。不思議なことに当時は見落とされ、過小評価されていたこのナンバーは、時の中に埋もれていた名曲だ。

同じように、ジョン・ディーコンがアコースティック・ギターを弾いている、彼自身の作である情熱的な曲「You And I」もまた、再発見にふさわしい。とはいえこちらは、後にシングル「Tie Your Mother Down」のB面曲として取り上げられることになるのだが。おそらく、こういったくつろいだ雰囲気の曲は、次に迎える大ヒット曲を前にした、クイーン流の息継ぎの仕方だったのかもしれない。

その大ヒット曲とは、すなわち「Somebody To Love(愛にすべてを)」のことだ。「Bohemian Rhapsody」を再現しようなどという試みは一切されなかったが、作者であるフレディと、卓を預かる共謀者ことマイク・ストーンは、多重録音したソウルフルなゴスペル風の合唱を存分に活用。一方、歌詞の面では、フレディ・マーキュリーはここでは心を開いており、個人的な救いや精神的な贖いと取り組んでいる。

5分弱の「Somebody To Love」は、本アルバムの第一弾シングルとして全英チャートでは2位を記録。特に『Queen Of Soul』期のアレサ・フランクリンを想起させるR&Bを意識したこの曲は、即座にファンのお気に入りとなり、万人に愛されるトラックとなった。

退廃的な夜の冒険

ブライアン作の「White Man」は、アメリカ先住民がヨーロッパからの入植者にどう扱われていたかについて、真面目に考察している曲で、このバンドが探求し得る数多くの側面の一つが表れている。それに対し、フレディ作の「Good Old-Fashioned Lover Boy(懐かしのラヴァー・ボーイ)」は、魅力的なパーティーの雰囲気と官能的なスリルが漂う、華やかなラグタイム風の狂想曲だ。それを煽っているのが、マイク・ストーンの追加コーラスを含む、茶目っ気のあるヴォーカルだ。この逸品からは、スタジオでの楽しい雰囲気が伝わってくるはずだ。グラムに、ミュージック・ホール、そしてウィット。この退廃的な夜の冒険譚には、ちょっとした自伝的要素以上のものが含まれている。

ロジャー・テイラー作の「Drowse」は、一種のソロ曲のようなもので、ドラマーである彼がリズム・ギターとティンパニも演奏。そこに、ブライアンがスライド・ギターを追加している。これもまた、クイーンの中では比較的珍しい穏やかな曲で、歌詞ではクリント・イーストウッドや、ジミ・ヘンドリックス、征服王ウィリアムらに言及。総じてこの「Drowse」は、英国特有の風変わりな表現のひとつである“とても眠たげな日曜の午後”の血統を受け継いだ曲だと言えよう。

本作を締めくくるブライアン作の「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)(手をとりあって)」は、彼らがツアーで訪れた日本での経験に胸を打たれて書かれた曲だ。サビ2箇所が丸々日本語で歌われており、後に日本市場に向けてシングル・カットされることとなった。東京から受けた影響に加え、作者であるブライアンは、ハルモニウムと玩具のピアノをミックスに組み込んでおり、思慮深い歌詞を強調するような、温かくも生き生きとした仕上がりになっている。

1976年12月10日、クリスマス商戦に合わせてリリースされた『A Day At The Races』は、グレン・キャンベルの『Twenty Golden Greats』とアバの『Arrival』に僅差で阻まれる形で、クリスマス週の全英1位を惜しくも逃した(*英国では伝統的に、12月25日を含む週の全英チャートで首位を獲得することが名誉とされる)。しかし本作により、彼らは全米でプラチナ・ディスクを達成している。

クイーンのオペラ的かつ感傷的な要素が、改めて前面に押し出されたた本作。彼らは冷静沈着に、またひとつハードルをクリアした。しかもそれだけではない。かのマルクス兄弟の三男グルーチョ・マルクスからクイーンに宛てて、彼らの趣味の良さを褒め称える手書きのメモが送られてきたのであった。

Written by Max Bell


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クイーン『A Day At The Races』
1976年12月18日発売
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