ニール・ダイアモンド「I Am…I Said(さすらいの青春)」解説:名曲の知られざる裏話

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Photo: RB/Redferns

2026年4月17日にニール・ダイアモンド(Neil Diamond)の実在したカバーバンド夫婦をヒュー・ジャックマンとケイト・ハドソンが演じる映画『ソング・サング・ブルー』が公開されている。

この公開にあわせてニール・ダイアモンドの経歴や楽曲、アルバムなどを振り返る記事を公開中。今回は楽曲「I Am…I Said(さすらいの青春)」について。

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ニール・ダイアモンド(Neil Diamond)は1970年、コメディアンのレニー・ブルースの生涯を描いた映画の主役のオーディションを受けた。結局、彼がその役を得ることはできなかったが、その経験から生まれたのが名曲「I Am…I Said(さすらいの青春)」だった。

それまでの彼のヒット曲といえば、架空の人物の視点で歌われる楽曲や、普遍的なテーマのラヴ・ソングが多かった。そんな中で「I Am…I Said」は、ニール・ダイアモンド自身の胸の内を初めてリスナーに明かす1曲になった。だが、その境地に至るまでの道のりは険しかった。

1970年、ニールは演技経験が乏しいにもかかわらず、映画界への進出を本気で模索していた。そしてプロデューサーのマーヴィン・ワースからレニー・ブルースの伝記映画への挑戦を勧められた彼は、全身全霊で取り組んだ。実際、彼はウェスト・ハリウッドにあるザ・ビター・エンド・ウェストの舞台に立ち、1人の芸人としてスタンダップ・コメディを披露したほどだったのである(ファンにとっては歯がゆいことに、その録音はこれまで一切発掘されていない)。

ニール・ダイアモンドがオーディションで完璧なパフォーマンスを見せたことはさまざまな記録から明らかだが、この経験は彼の心を動揺させた。それは1つには、その場にレニー・ブルースの母であるサリー・マーがいたからだった。ニールは、この世を去ったパフォーマーの言葉を当人の母の前で口にすることに抵抗を覚えたのである。

また、ブルースのネタにはダイアモンドの作品よりずっと際どい内容が含まれていた。その点については「I Am…I Said」で「僕は汚い言葉を好んで使うような人間じゃない / I’m not a man who likes to swear」と歌われている通りだ。のちに彼はローリング・ストーン誌にこう話している。

「ブルースは、僕なら心にしまっておくようなことを全部口にする人だった。僕の胸の中に抑え込まれた怒りをね。僕は突然、これまで言ったことのないような言葉を口にしなくてはいけなくなった。彼の強烈な1人喋りや振る舞いを真似なくてはいけなかったんだ。終わってからすぐセラピーに通ったよ」

この曲の作曲プロセスも、そんな彼の心を癒す一助となった。「I Am…I Said」は、そうして彼が自分の内面を見つめる中で生まれた1曲なのだ。彼は2008年にもいくつかのインタビューでこのことに触れており、モジョ誌には同曲についてこう話していた。

「自分の夢とは何か、自分の目標とは何か、自分とは何者かということを意識的に表現した曲だ。お分かりのように、これは精神分析医のセラピーがきっかけで生まれた曲なんだ」

この曲にはまた、故郷のニューヨークからロサンゼルスへと拠点を移した当時の彼の戸惑いも表現されている。このころ、彼はまだ新しい街に馴染めていないように感じていたのだ。雑誌Qのインタビューで彼は、作曲から数十年が経ってからも「I Am…I Said」を演奏したあとは平常心でいられないことを明かしていた。

ニール・ダイアモンドの名曲の中には短時間で作曲されたものもあり、「Heartlight」も彼の話では1時間ほどで書き終えたという。しかし、「I Am…I Said」は違っていた。むしろ、彼はもっとも作曲に苦労した楽曲としてしばしば同曲の名前を挙げている。彼は4ヶ月ものあいだこの1曲に取り組み続けたというが、その複雑な韻律構造も、完成に時間がかかった原因の1つだ。

「最初のヴァースを書いて次のヴァースに取り組もうとしたとき、同じ形式を踏襲しないといけないことに気づいた。だけど最初のヴァースがあまりに複雑で、次も同じように歌詞を書くのはほとんど不可能に思えた。押韻のパターンをまったく同じにしなきゃいけないからね」

それでも彼の苦労は報われた。1971年3月にリリースされた「I Am…I Said」は数ヶ月のあいだラジオでひっきりなしに流れ、5月にチャートの最高位を記録したのだ。同曲はまた、ニール・ダイアモンド史上初めて1作のアルバムに二度登場する楽曲になった。

「I Am…I Said」は、シンガー・ソングライター・ブームを意識して制作されたとも言われる1971年のアルバム『Stones』の最初と最後に配置されているのだ。その『Stones』は彼のオリジナル曲が3曲しか含まれておらず、そのほかをレナード・コーエン、ジョニ・ミッチェル、ランディ・ニューマンらの名曲のカヴァーが占める1作。

同作は「I Am…I Said」のシングル・ヴァージョンで幕を開け、同曲の再演で幕を下ろす。そしてその再演版は2番目のヴァースから始まり、シングル版ではフェード・アウトするパートを過ぎても続いていく――その中でダイアモンドはストリングスのみの伴奏に乗せて”I am!(僕は……!)”とシャウトするのである。ローリング・ストーン誌の批評家であるポール・ガンバッチーニは、このパートだけを抜き取っても「シングルと同じくらい感動的だ」と評している。

しかし、「I Am…I Said」のパフォーマンスの決定版と言えば1972年のライヴ・アルバム『Hot August Night(グリーク・シアター・コンサート)』に収録されているヴァージョンだろう。同曲はライヴ本編のラストであるにもかかわらず、シングル版以上に温かみのある演奏に仕上がっている――アコースティック・ギターのみの伴奏で幕を開け、その後も想像したほど壮大な演奏にはならないのだ。

一方でそのダイアモンドの歌唱からは、この曲の誕生につながった彼の心の葛藤だけでなく、そこから彼が得た強さや自信までもがありありと伝わってくる。

Written By Brett Milano


ニール・ダイアモンド『Stones』
1971年11月5日発売
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