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映画『ザ・ダート:モトリー・クルー自伝』レビュー: 都合の悪いことに蓋をしていない作品 by 増田勇一

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2019年3月22日にNETFLIXでモトリー・クルーの伝記映画『ザ・ダート: モトリー・クルー自伝』が公開となりました。この映画について音楽評論家として活躍され、大ヒットとなった『ボヘミアン・ラプソディ』の字幕監修をつとめられた増田勇一さんに寄稿いただきました。

*作品詳細はこちら *ライター武田砂鉄さんによるレビューはこちら


 

自慢できるほどの頻度での映画鑑賞習慣があるわけではないが、〈映画は劇場に観に行くもの〉という考え方からいまだに抜け切れていないこの僕が、いまさらながらNETFLIXに加入した。もちろん『ザ・ダート:モトリー・クルー自伝』を観るためだ。言うまでもなくこれは、同名のベストセラー自叙伝を基に制作されたもの。同書を下敷きにしたものであるならば〈地獄の淵を這うようなどん底を経験したL.A.出身の4人組の、怒濤の半生を赤裸々に描く〉といった謳い文句に嘘はないはずだし、事前に目にしていたトレーラー映像からも、この映画が〈都合の悪いことに蓋をしていない作品〉でありそうなのは察しがついていたので、楽しみに公開日を待ち、その直後に自宅で観た。ちなみにこの映画は〈大人向け〉と分類されている。

あまり勿体を付けたくないので結論から言ってしまうと、間違いなく〈これぞモトリー・クルー!〉と言いたくなる作品である。が、同時に、どうしても感情移入できない部分がそこに同居する不思議な作品でもある。とにかく冒頭からハチャメチャな場面の連続で、潔癖症とはほど遠い僕のような人間でさえ目をそむけたくなるようなシーンも登場する。いずれも実際のエピソードに基づいたものではあるはずだし、メンバーたちが監修に携わっているということは、そうした場面があるべきだと彼ら自身も判断したということなのだろう。

Photo by Paul Brawn

確かにモトリー・クルーの映画をリアリティ充分なものとして成立させるためには、往年の暴走生活ぶりをふんだんに盛り込む必要があるはずだとは思う。が、〈それ、物語のために本当に必要?〉と言いたくなるシーンがいくつかあるのも間違いないし、そうした要素の過剰さが、肝心の大事な部分の印象を薄めてしまっているように感じられなくもない。

たとえば、ニッキー・シックスの少年期のトラウマの闇の深さ。自らを蝕む病魔と向き合いながら、常にどこかで終わりを意識していたミック・マーズの覚悟。ヴィンス・ニールが見舞われた悲惨すぎる事故と、愛娘の死。常にハイパーなトミー・リーにだって、彼なりの苦悩はあったはずだ。そうした闇の部分というのも確かにこの映画のなかでは描かれているのだが、無軌道な部分、理由なき暴走の部分があまりにも強烈に描かれていることで、このバンドのロック・スター然としたたたずまいや栄光の陰にあったものが、ぼんやりとしたものになってしまっている気がするのだ。かつてドラッグやアルコールに溺れがちだったことには彼らなりの理由もあったはずだが、それが単なる快楽主義からきていたものであるかのように見えてしまうことも否めない。

ここで引き合いに出すのは反則かもしれないが、『ボヘミアン・ラプソディ』で描かれていたフレディ・マーキュリーの生活の荒れようにも、かなり酷いものがあった。が、それが結果的には、彼が味わい続けていた深い孤独と苦悩を浮き彫りにしていたといえる。ろくでもない日々を過ごしていたことの理由が見えてくるし、そこで、彼と同じような境遇に置かれたことがない身であっても感情移入することができた。しかしこの作品におけるモトリー・クルーのメンバーたちには、それができにくい。画面のなかの彼らがハチャメチャなことをやっていても、逆に苦悶の表情を浮かべていても、なんだか傍観者以上の感情を持ちにくいのだ。ここのところ世を騒がせているバイトテロ(という言葉もどうかと思うが)の映像と変わらないとまでは言わないが、やんちゃな武勇伝を執拗に見せつけられているような気分にさせられもする。

えらく否定的なことを言っているように思われるかもしれないが、それでも画面と向き合っていた1時間48分の間には、何度も笑わされたし、少々しんみりさせられもしたし、細かい事実関係の描写に感心させられる部分もあった。ことに80年代後半から90年代前半にかけて幾度も取材でL.A.を訪れていた身としては、当時の時代感の描かれ方にもリアリティを感じさせられたし、何度も泊まったことのあるホテルの部屋が出てきたのには生々しい驚きを感じ、街角にパール・ジャムのデビュー・アルバムの発売告知ポスターが貼られた光景だけで時代の移り変わりが表現されていたりするあたりにはニヤリともさせられた。ドク・マギーやトム・ズータウといった実在の関係者とも何度か会ってきた自分としては〈ちょっとこの人はイメージと違うなあ〉というのもあったが、デイヴ・リー・ロスやオジー・オズボーンの描かれ方は面白くもあった。そんななか、モトリー・クルーの像も充分すぎるほどリアルに描かれているはずなのに僕が感情移入しきれなかったのは、もしかすると肝心の音楽の扱いが、やや疎かにされているように思えたからかもしれない。

Mötley Crüe – The Dirt (Est. 1981) (feat. Machine Gun Kelly)

 

たとえば彼らがメジャー・デビュー前に自主制作でアルバムを発表していて、それがその後のすべての発端になったこと。そのあたりはもっと丁寧に描かれていても良かったはずだし、『Shout At The Devil』の発売を控えていた時期に、30万人を超える動員があったといわれる『USフェスティヴァル』に出演した事実も成功劇への入口として描かれていていいはずだ。また、ヴィンス・ニール脱退、ジョン・コラビ加入といった流れには音楽的な理由もあったということが、この映画からはあまり伝わってこない。トミー・リーの離脱については、ここに盛り込むと物語をわかりにくくするだけだった可能性もあるから、そこが割愛されていたことについては理解できるのだが。

結局、猛スピードのサクセス・ストーリーのなかでの苦悩は表現されていても、創作活動に伴うそれはほとんど描かれていない。ドラッグまみれの日常の描写が同情の余地なきものに見えてしまうのは、そのためでもあると思う。ことにニッキー・シックスについてそうした部分がもっと丁寧に綴られていれば、4人が再集結に至る場面などはもっと感動の伴うものになっていたのではないだろうか。

また、この作品と『ボヘミアン・ラプソディ』の共通項に、フレディ・マーキュリーとニッキー・シックスの歩んできた道程というものがある。どちらも過去の自分を捨て去りながら音楽家として新たな人生を歩もうとしたという点、そして紆余曲折を経ながら〈バンドという名の家族〉こそが自らのための場所だと悟ったという点だ。が、ちょっと惜しいのは、この作品においては、いくつかの要素がそうした場面に伴うはずの感動を邪魔しているように感じられる、とうことだ。

とはいえ、あくまでエンターテインメントを重んじるモトリー・クルーの映画のあり方としては、きっとこれが正解なのだという気もする。なにしろライヴ活動からの卒業となった2015年末のL.A.公演にしても、感傷モードとは無縁のお祭り騒ぎで締め括られていたのだし。それに、こうしてあれこれと文句をつけてはいても、きっと僕自身もまた、ビールでも飲みながらこの作品を繰り返し楽しむことになるのだろう。俳優たちの熱演ぶりは評価に値するし、トミー・リーになり切っているマシン・ガン・ケリー(この場合はコルソン・ベイカーとするべきか)に対する興味もさらに増してきたし、細かいところでの発見もまだまだありそうだ。

この映画は感動を押し付けてくるものではないし、〈何回泣いた!〉とか言うためのものでもない。音楽系映画の秀作登場が続くなかで、この作品に対する期待度のハードルが無闇に上がっていたようなところがあるのは確かだが、これは本来、モトリー・クルーを大好きな人たちが、気楽に繰り返し楽しめればそれでいいはずの作品なのだ。その証拠に、米国の映画批評サイト『ROTTEN TOMATO』では批評家たちの評価が42%であるのに対し、閲覧者たちからは85%という高い数字を得ている(編註:2019年3月29日時点)。また、サウンドトラック盤が好調な動きを見せていることを受け、ニッキー・シックスは去る3月23日、自らのツイッター・アカウント上で「ファンは夢中だけど批評家たちからは嫌われている」などと彼らしい言葉を呟いていたりもする。

僕自身は、批評する立場であると同時にファンでもある。だからこの作品にも大好きな部分、〈よくぞやってくれた!〉と声を大にして言いたい部分がある一方、〈もうちょっと違った見せ方もあったんじゃないの?〉という想いも同時に抱えている。そして、ふと思う。映画はやはり劇場で観たいものだが、この作品に限っては大画面で観るにはヤバすぎる場面も多々あるよなあ、と。

Written By 増田勇一


『ザ・ダート: モトリー・クルー自伝』予告編 – Netflix [HD]

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