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“ジャズはみんなが欲している栄養価の高い音楽”:マイルス・モズレーがジャズの現在過去未来を語る

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マイルス・モズレーのお陰で、ベレー帽を被るのが再び流行っているが、彼の魅力はそのエレガントな服装だけではない。このロサンゼルス生まれのベーシスト兼シンガー・ソングライターが、刺激的なニュー・ジャズ革命の最先端にいるのには理由がある。彼は友人であり気心の知れた音楽仲間、サックス奏者のカマシ・ワシントン(モズレーは2015年のカマシ・ワシントンの革新的アルバム『The Epic』に参加)と共に、ザ・ウエスト・コースト・ゲット・ダウンと呼ばれる緩いLA集団のメンバーであり、スナーキー・パピーやバッドバッドノットグッド等のグループと共に、ジャズに対する若い世代の理解を変えるのに一役買っている。

しかしながらマイルス・モズレーは、自分達の音楽が再び脚光を浴びるきっかけを作っているのは、ジャズ・ミュージシャンだけではないことを経験上知っている。2015年に彼はカマシ・ワシントンと共に、ジャズ調のムードに満ち溢れた、ケンドリック・ラマーの画期的なヒップホップ・アルバムでありグラミー賞受賞作『To Pimp A Butterfly』に参加した。またつい最近、モズレーはジャズにR&Bとファンクの味をマリネにしたデビューLP『Uprising』をヴァーヴからリリースし、ソロ・キャリアをスタートさせている。

広範囲の人々に再び注目されているジャズの立役者であるマイルス・モズレーに、我々uDiscover Musicは、彼とこの音楽との関係…その何たるか、その過去、そしてその向かう先について聞いてみた。

Miles Mosley – Shadow Of Doubt

 

「ジャズにとっては解釈とインプロヴィゼーションが全てだ」とモズレーは言う。「それが中心にあり、それが他の音楽と根本的に異なる点だと私は思っている」。さらに、ジャズがユニークなのは、常にアップデートしている上に、R&Bやファンク、そしてそれ以外のさまざまな形態の音楽の要素を吸収している点だと彼は言う。

「全体に目配りして、常に周囲にあるものを把握しているんだ。例えるなら多くの子供や孫を生み、常々家族に目を向けていながら、その子供達が何をしているのかに興味をもち、新しい発見を再解釈して、それを自らの表現の核に再び取り込んでいるようなものさ」

Photo: Aaron Woolf Haxton

ひとりっ子であり、人気トランペッターのマイルス・デイヴィスにあやかって両親に名前をつけられたマイルス・モズレーは、子供の頃からジャズをたくさん聴いていた。「ジャズが家の中に溢れていた。『Kind Of Blue』や『Sketches Of Spain』を思い出すたび、朝食の匂いがしてくる。両親がコーヒーを作ったり、家族が集まっている時の匂いがしてくるんだ」と彼は笑う。

モズレーは十代の頃にベースに魅かれ始めた。「両親のスピーカーが俺の部屋の壁際にあったから、俺の部屋までよくベースが聞こえてきたんだ」と彼は説明する。「週末になると、彼等はオスカー・ピーターソンのアルバム『Very Tall』をよく掛けていたんだけど、それでレイ・ブラウンのベースに合わせて絵の額がガタガタ・ゴロゴロ鳴る音で目が覚めたものさ。だから俺は、ベースが自宅の土台を揺さぶることが出来るんだと思いながら大人になった」。

2002年に亡くなったベーシストの先駆者レイ・ブラウンに、実際に付いて学ぶ機会に恵まれたモズレーは、“若きジャズ・プレイヤー達”が巨匠達から学び、ジャズの過去に関心を持つことは絶対必要だと思っている。「極めて重要なことだと思う。自分達の研究分野のルーツや伝統を分かっていないアーティストなんて、どんな分野にもいないだろう」。

この考えを説明する為に、モズレーは非常にコンテンポラリーなベースのアプローチを自ら分析する。「俺はアップライト・ベースを使い、エフェクトをたくさん使って、グルーヴを変え、少しハードでモダンな感じのサウンドでやっているが、レイ・ブラウン、オスカー・ペティフォード、チャールス・ミンガス等、自分よりも前の時代に活躍していたベース・プレイヤーを理解せずして、このようなことをやるのは不可能だ。当時の彼らがなぜあんな曲を作ったり、なぜあんな音にしていたのか、そして何かを加えたり時には引いたりして自分達の音楽をどのように表現したのか、俺はそれを理解したいんだ。だから俺にとっては、音楽の伝統は無視できないものなんだ。理解しなければならない。先人たちに何の注意も注がず、ひとつのジャンルを動かした人がいたら紹介して欲しいくらいだ。いかなるジャンルであろうとそれは不可能だろう」。

Miles Mosley "Young Lion" Live

 

マイルス・モズレーはコンテンポラリー・ジャズの最前線にいるが、彼はルイ・アームストロングやデューク・エリントン等、ジャズ形成期で最も革新的で重要だった人物達を強く意識している。「俺にとって彼らは、ジャズ界のラシュモア山なんだ」と彼は言いながら、両ミュージシャンのファンであることを告白する。「ルイ・アームストロングのことをたまらなく好きなのは、彼がジャズの大使であり、才能あるアフリカ系アメリカ人の代表格だからさ。彼は世界中を旅しながら、プレイするのが不可能だと人々に思われていた即興演奏を披露した。レコードではいつもあらん限りの能力を尽くしていて、それ以上高かったり、速かったり、情熱を込めたり、メロディアスにプレイすることは出来ないように聴こえた。いつもギリギリのところでプレイしているのが、聴いていて分かる。そんな彼が大好きなんだ」。

デューク・エリントンもまた、モズレーに深い影響力を与えた。「デュークについて俺はこう考えるのが好きなんだ。彼が‘ジャズ’という用語に苛立っていると言っているインタビューを読んだことがあるんだけど。自分が書いているものと、クラシック音楽の作曲家のマーラーやショスタコービッチが書いているものと何ら違いはないと彼は感じていた。その発言には大きな衝撃を受けた。この音楽の発明者達自身は、これをジャズと呼んだり、後にジャズと命名された箱の中に収めてはいなかったという事実を、俺はこの時に初めて知ったんだ」。

Miles Mosley – Abraham

 

モズレーはベース・プレイヤーであると同時に、『Uprising』で示したように、実力のあるヴォーカリストだった。多大な影響を受けたジャズ・シンガーとして、彼は大好きなナット“キング”コールの名を挙げる。「俺は彼のような歌い方はしないが、でも出来たら最高だろうなと思う」と笑う。「彼のフレージングは非常にエレガントでナチュラルで、楽々と歌いこなしているからね」。

レイ・チャールズもまた、彼が敬服するアーティストのひとりだ。「彼は泣き声を上げながら、痛みや苦しみを表わす能力に長けていたのと同時に、フレーズの中間で笑うようなこともしていたんだ」。ビリー・ホリデイ然り。「たとえ‘Twinkle, Twinkle, Little Star’であれ何であれ、彼女が歌うものには暗さがまとわりついていた。そして彼女はその気持ちを追いやることが出来ないんだ。どんなにハッピーになっている時でも、脚光を浴びながら苦しんでいる、そんな彼女に我々は魅かれるんだよ」。

話を現在に戻そう。モズレーは、自分やカマシ・ワシントン、ロバート・グラスパーといったミュージシャンが、ジャズに対する新しい見方の恩恵を受けていると感じている。「若い人達は新たな姿勢を身に付けている」と彼は言う。これは世界中の色々な場所を廻り、大盛況のフェスティバルでプレイする中で遭遇した反応に基づいた意見だ。「みんなが互いの違いを称賛し始めているような気がする。今の世界は非常に混沌としていて辛辣な言葉に溢れ返っているが、大勢の人達をひとつに集めて、その中心にアートを添えると、みんな相手を自分と同じにしようとするのではなく、互いの違いを称賛したくなるんだ」。

Miles Mosley – High School ft. Justin Sky [Live]

 

実にさまざまなタイプの音楽が存在し、人々の趣向はより多岐にわたるようになってきた感のある世界で、ジャズは確かな役割を持っているとモズレーは考える。「ジャズとは食料品店のオーガニック食品が並べられた棚のような感覚だ。栄養があるように感じるが、だからと言ってより良いものだというわけではない。その棚にはほうれん草はあるけど、でも時々ポテトフライやピザやチョコレートも欲しくなるという感じだ。しかしジャズは栄養たっぷりの音楽であり、人々はその良さを理解し、他のものと一緒に欲しいと感じ始めているんじゃないかな」。

またモズレーは音楽が至るところに存在し、シングル・トラックのストリーミングがアルバム・セールスを凌ぐ今日のテクノロジー主導の世界に於いて、ジャズはより充実した内容のものを求める人々の要求に応えていると感じる。「我々はポップ・ミュージックがYouTubeの広告やコマーシャルで常に流れている時代に生きている。人々が音楽を取り入れる場合、マーケティングやタイアップは必ずついてくるものであり立派な役目を果たしている。しかしそういうものがそれだけ多く容易にある分、人々はレコードとの関係を築き、開拓するのにもっと時間の掛かるものに興奮を覚えるんだ」。

モズレーは、ラップ・ミュージックもまたジャズの復活に一役買ったことを認識している。ジャズとラップを橋渡ししたアルバム『To Pimp A Butterfly』を発表したケンドリック・ラマーとレコーディングを行った彼は、このアルバムがジャズをこれまでとは異なるような、新しく遥かに若いオーディエンスへと届けるのに貢献したことを認めている。「『To Pimp A Butterfly』は久しぶりに、ジャズの表現が非常にはっきりとヒップホップの中に取り入れられた作品だったと思う。それが今では益々強くなっているよ」と彼は言う。

Kendrick Lamar – For Free?

 

「ケンドリックが再びジャズに向かったことで、我々が通って歩く門は大きく開け放たれた。彼がこの道を歩み続けるかどうかは時が経てば分かるだろうけど、あのレコードが若いオーディエンスたちに見えないところで存在し続けていたミュージシャンやジャズのスタイルに触れる機会を与えてくれたことを認識するだろう。そういう理由から、彼は大いに評価されるべきだと思う。あれは非常に立派なレコードだと思っているよ」。

ジャズは流行に翻弄されてきたと言う人もいるかも知れないが、モズレーはこれを否定する。「ジャズがなくなることは絶対にないと思う。消えては生まれ変わり、そして再び消えるのはジャズのマーケティングとファイナンスであって、その芸術スタイルではない。ジャズが姿を消したり取り除かれたりすることはない。現在のところジャズは健康な状態にあり、これを支える素晴らしいフェスティヴァルが存在する。インストゥルメンタル・ミュージックがまた評価されるようになっているんだよ」。

モズレーに思い切って、ジャズの短期的な未来を占って貰った。「あと5年くらいは大丈夫だろう。その後に決断を下す人や門番が交代するだろう。移り変わろうとしているのが感じられるんじゃないかな。私は37歳なので、一緒に成長してきた人達の多くはもうレコード・レーベルのインターンではなく、部門の責任者として引き継ぎを始めていて、そういうことが影響を及ぼしてくると思う。全てはタイミングと関係している。勝利半ばだと強く感じているし、みんなが俺達の作るタイプの音楽を聴く気になっているこの時代に、こうして登場できて幸運だと思っている」。

さてマイルス・モズレー自身の未来は? これを書いている現在、彼は2017年の『Uprising』に続く作品に熱心に取り組んでいる。「次作はアップグレードしたようなものだと良いんだが」と彼は明かす。そして自身とジャズの現在の立ち位置に興奮していると告白する。「楽器をプレイする環境を楽しめる、今は最高の時代だ。どんなタイプのレコードも作れるし何だって言える。今は金字塔的な作品はないから、全てを支配する特定のサウンドは存在しない。あるのは非常に良い感じの幅広い表現だ。これこそは健全な芸術スタイルだと思うよ」。

Written By Charles Waring


マイルス・モズレー『Uprising』

  


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