メアリー・J. ブライジ『Mary』解説:70年代R&Bのルーツに立ち返った原点回帰の名盤

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Cover: Courtesy of Universal Music

キャリアを通じて、メアリー・J. ブライジ(Mary J. Blige)はその独自のソウル・スタイルを形容するさまざまな称号が与えられてきた。4作目のスタジオ・アルバム『Mary』では、“ヒップホップ・ソウルの女王”と称された彼女が、それまでの現代的なサウンドを脱ぎ捨て、クラシックなR&Bのアプローチを取る選択をした。

ヒップホップのサンプリングや、Uptown Records時代のヴォーカル・スタイルで華やかな個性を飾り立てるのではなく、当時台頭していたネオ・ソウルの世界へと飛び込み、70年代スタイルのR&Bの本質に立ち返ったのだ。

アルバム3曲目の「Deep Inside」は、そんなアルバムの感傷的なテーマを象徴する一曲でもあり、メアリーはリスナーに、「私がただの昔ながらのメアリーだってわかってほしい」と願いを込めて歌っている。

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新章の幕開け

1999年8月17日にリリースされた『Mary』は、メアリー・J. ブライジにとって、人生だけでなく音楽的な進化においても新たな章の幕開けを告げる作品となった。

それまでに発表した3作のスタジオ・アルバムを通じて、彼女は、アップテンポなヒップホップの躍動感と、黒人女性としての痛みや情熱をむき出しにした力強いヴォーカルを融合させ、音楽業界で確固たる地位を築いていた。

ニュー・ジャック・スウィングの影響を受けた『What’s The 411?』では「Real Love」を求め、『Share My World』では、リル・キムの「Queen Bitch」を思わせるマフィア映画さながらのビートに乗せて「I Can Love You」と歌った。1990年代において、メアリー・J. ブライジは、ジェネレーションXのストリート・カルチャー、ファッション、スラング、そしてポピュラー音楽を体現する存在だった。

90年代末になると、R&Bとヒップホップの双方で再興が起こり、両ジャンルは急速に融合しながら、新たなオルタナティヴ・サウンドへと向かっていった。1999年には、エリカ・バドゥ、ディアンジェロ、マックスウェルらの活躍によって、ネオ・ソウルがメインストリームのR&Bで大きな存在感を放つようになっていた。

メアリーはそれ以前にも、ネオ・ソウルの先駆者のひとりであるローリン・ヒルのアルバム『The Miseducation Of Lauryn Hill』に収録の「I Used To Love Him」でローリンと共演。今度はローリンがその恩返しをするように『Mary』に参加し、アルバムの冒頭を飾るソウルフルな「All That I Can Say」の作曲を手がけ、レコーディングではバック・ヴォーカルも務めた。

 

至福の状態

『Mary』の前半は、恋に落ちている至福の状態を記録しており、その高揚感を押し進めるエンジンとしてネオ・ソウルが機能している。「All That I Can Say」に続く「Sexy」では、メアリーのヒップホップ・ソウルの本能が洗練されたラウンジ・グルーヴの中で再燃し、同じヨンカーズ出身のジェイダキスがラップで参加している。

「Deep Inside」では、エルトン・ジョンの1973年の名曲「Bennie And The Jets」に乗せて、シンガーとしてのメアリーが最も無防備で内省的な姿を見せ、自身の名声が恋愛や人間関係にもたらす障害を嘆くように歌っている。しかも、単なるサンプリングではない。メアリー・J. ブライジともなれば、エルトン・ジョン本人を呼んできてピアノを弾いてもらうという贅沢な選択肢があった。

さらに驚かされるのが「Beautiful Ones」である。同曲は、アール・クルーの1976年のインストゥルメンタル「The April Fools」の流麗なギターから始まり、その豊かなメロディを繰り返しループさせながら、メアリーは恋人の魅力について思いを巡らせている。

 

70年代R&B /ソウルへのトリビュート

メアリー・J. ブライジはデビュー当初から、オールドスクールR&Bが持つ癒やしの力を巧みに取り入れる才能を発揮していた。ルーファス&チャカ・カーンの「Sweet Thing」のカヴァーや、「My Life」におけるロイ・エアーズのジャジーな「Everybody Loves The Sunshine」のサンプリングがその好例である。

こうしたテーマ上の進化は『Mary』でも続いており、より成熟した歌詞と、彼女の歌声が持つ豊かで広がりのある響きに表れている。本作では、彼女が幼い頃から親しみ、特にお気に入りだった70年代のR&Bやソウルが随所に取り入れられている。

『Mary』の前半を締めくくるのは、ギャップ・バンドが1979年に発表した名曲「I’m In Love」のカヴァーだ。ここでも、アルバム前半を通して繰り返し登場してきた“太陽”のモチーフが再び浮かび上がる。メアリーは「太陽は私とあなたのために輝くだろう」と歌いながら、ここで自身の最も高い音域へと駆け上がる。

 

深い痛みへの回帰

「I’m In Love」を境に、『Mary』は大きく表情を変える。ここからメアリーは、自身の音楽を長年支えてきた深い痛みへと再び踏み込んでいく。New York Times紙から「苦しみを歌う名手」と評されたメアリー・J. ブライジは、自らに深い傷を残した経験さえも音楽へと昇華してきた。だが『Mary』では、そうした苦悩を劇的な演出や華やかさで飾るのではなく、むしろシンプルなアレンジによって感情そのものを際立たせ、これまで以上に無防備な自分をさらけ出している。

社会や世間を傍観する批評家たちに矛先を向け、問題意識を投げかける「Time」では、2つの名曲を巧みに引用している。まず、モータウンのアイコン、スティーヴィー・ワンダーが1976年に発表した傑作アルバム『Songs In The Key Of Life』に収録の「Pastime Paradise」をサンプリング。

さらに、ザ・ローリング・ストーンズの「Time Is on My Side」を反転させるかのように、「Time is not on our side(時間は私たちの味方ではない)」と歌い、時代や社会に対する自身の苛立ちを浮かび上がらせている。

 

波乱に満ちた関係

メアリーとケー・シー&ジョジョのケー・シー・ヘイリーとの断続的な恋愛関係は、彼女の作品を通して繰り返し描かれてきた中心的なテーマのひとつだった。不貞、嫉妬、家庭内暴力、薬物乱用に苦しめられたその不健全な恋愛関係から生まれた葛藤は、彼女に数々の印象的なアルバム収録曲をもたらしている。

そのひとつが「Memories」であり、そこで彼女は「バレンタインデーは二度と以前と同じ日にはならない」と宣言し、愛する人との関係がもたらした傷の深さを吐露している。

「Don’t Waste Your Time」では、アレサ・フランクリンが登場し、ソウルの後継者であるブライジに助言を与える。その後、「Not Lookin’」にはケー・シー本人が登場し、掛け合いの中で、本当の気持ちとは裏腹に、彼女とは恋に落ちたくないと告白する。そして、その痛みは『Mary』屈指のバラード「Your Child」へと続いていく。

ここでメアリーは、裏切った恋人と、その男との間に子どもを身ごもった女性に向き合い、自らの苦しみを真正面から歌い上げている。

アルバムが「No Happy Holiday」にたどり着く頃、メアリーは、深く傷つきながらも、なお相手を愛している自分に気づいている。そして真のディーヴァらしく、「目を覚ましなさい」と自分自身に言い聞かせ、「The Love I Never Had」を失わないように自らを奮い立たせる。そこでは、ジミー・ジャムとテリー・ルイスがプロデュースしたライヴ・バンドによるファンクの響きが鳴り渡っている。

 

豪華ゲスト参加

『Mary』でメアリー・J. ブライジは、ゲストMCの代わりにロックンロール界のレジェンドたちを迎え入れた。じっくりと熱を帯びていく「Give Me You」では、エリック・クラプトンを起用。オルガンを前面に出したこの曲は、許しを差し出すための和解の歌でもある。

“スローハンド”ことクラプトンは、ここでは華麗なギター・プレイをすぐには披露せず、まずはメアリーの歌に静かに寄り添い、曲の中盤で満を持してギターを解き放っている。

そして彼女は、このアルバムをファースト・チョイスが1977年に発表したシングル「Let No Man Put Asunder」の、ディスコの影響を感じさせるカヴァーで締めくくる。

72分に及ぶ『Mary』を聴き終える頃には、“ヒップホップ・ソウルの女王”と呼ばれてきた彼女が、まさに“R&Bの女王”でもあることを実感させられる。このアルバムは、彼女が自身の音楽にさまざまなモチーフを織り込み、ひとつの表現へと昇華する力だけでなく、R&Bというジャンルの過去、現在、そして未来にまたがる多様なスタイルを自在に取り込む力量をも示している。

そして何より重要なのは、R&Bという音楽が本来持つ役割を見事に果たしていることだ。すなわち、リズム&ブルースを通して、愛、痛み、そして救済についての自身の物語を語り、その一音一音に込めた感情を聴き手に直接届けることである。

Written By Sam Armstrong



メアリー・J. ブライジ『Mary』
1999年8月17日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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