コモドアーズ在籍時に発売し運命を変えたライオネル・リッチーのソロ・デビュー『Lionel Richie』

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1982年10月6日、ライオネル・リッチーが初めて自身の名を冠したソロ・アルバムをリリースしたとき、彼はまだコモドアーズのメンバーでもあった。しかしアルバムは爆発的人気を呼び、彼はグループに戻る場合ではなくなってしまった。アメリカだけで400万枚のセールスともなれば、ファンがコモドアーズではなくライオネル・リッチーのソロを望んでいることは明らかだったからだ。

アルバムのリリースと同じ週にアメリカのヒット・チャートに登場したバラード「Truly」で、このアルバムは幕を開ける。瞬く間にセールスを伸ばし、全米シングル・チャートでは2週間、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは4週間トップの座に居座った。もし彼のかつてモータウン時代のレーベルメイトであったマーヴィン・ゲイの「Sexual Healing」に阻まれることがなかったら、R&Bチャートでも1位になっていただろう。

『Lionel Richie』からは、さらに「You Are」と「My Love」のヒットも生まれ、アルバムは1983年に入ってもアメリカをはじめ世界中のヒット・チャートを上昇し続けた。アメリカでは3位にまで上昇した後に7週間もの長期間に亘ってそのままその座をキープ、最終的にはチャート滞在期間のトータルが140週間というベストセラーになった。

イギリスではアメリカと比べると出足の遅さは異様ではあったもののトップ・テンに入るヒット作になった。リリース当初は、79位でヒット・チャートに登場しその後22位にまで上昇した後に辛うじて18位に届いたのみだった。しかし、ライオネル・リッチーの数枚のシングルがヒットを重ねるにつれて再び息を吹き返し、1983年3月に9位を記録し、合計でトップ75圏内に51週間、トップ100位圏内に86週間在籍するという成績を収めた。

統計上の記録もさることながら、アルバムに登場した豪華かつ独特なゲスト陣もまた凄かった。「Wandering Stranger」でギター・ソロを披露するジョー・ウォルシュ、当時頭角を現しはじめていた注目株のイギリス出身のシンセサイザー奏者トーマス・ドルビー、バッキング・ヴォーカルにはケニー・ロジャースとまだ名声を得る前のリチャード・マークス、そしてなんと名テニス選手ジミー・コナーズまでも名を連ねていた。ライオネル・リッチー快心のスマッシュといったところだろう。

Written by Paul Sexton



ライオネル・リッチー『Lionel Richie』

    

 

 

 

 

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