“キング・オブ・パンク・ファンク” リック・ジェームスを偲んで

Published on

元祖モータウン最後の世界的アーティストの一人、リック・ジェームスが心臓発作で倒れたのは2004年8月6日。彼はまだ56歳だった。

ニューヨーク州バッファロー出身のシンガー、ライター、プロデューサー、そしてパンク・ファンクで独自の路線を貫いた彼は、根っからのバッド・ボーイで、スターの座についたおかげでできることはすべてやってのけた。彼の私生活は行きすぎた行為がたたって暗雲が立ち込めていたかもしれないが、亡くなってから10数年が経った今、リック・ジェームスがモダンR&Bやヒップ・ホップに及ぼした影響は明白だ。

彼のミュージシャンとしての実績の素晴らしさと同じく、プロデューサーとしても活躍し、ティーナ・マリー、メリー・ジェーン・ガールズなどモータウンのスターたちを指導し、テンプテーションズ、エディー・マーフィーやスモーキー・ロビンソンのキーとなる作品でその手腕を発揮した。

1979年7月のJET誌の記事で、リック・ジェームスの母親が彼を「一生懸命働く息子で、有名になるのは当然」と述べ、一方でモータウンの創設者ベリー・ゴーディは、「甘やかされたガキ」だと話した。だが記事の後半にベリー・ゴーディはこう付け足している。「彼は美しいうえに素晴らしい才能がある。それは単に美しい人である以上にすごいことだ」と。

80年代前半のモータウンは、商業的にも批評的にも上昇していた時期だが、リック・ジェームスがその原動力となっていたのは間違いない。彼のピークは1981年プラチナ・アルバムとなった『Street Songs』で、世界中で約400万枚を売り上げていた。自ら作った音楽を‘パンク・ファンク’と名付けたのもリック・ジェームス自身で、『Come Get It!』、『Throwin’ Down』そして『Cold Blooded』では全米でゴールド・ディスクに認定された。

1978年にファンキーな「You And I」のヒットでシーンに登場し、それは、その後の10年間で4曲のR&Bチャート1位を達成することになる彼の最初のNo.1獲得曲だった。その10年間には、他にも1982年に結果的にテンプテーションズのリヴァイヴァルにつながった「Standing On The Top」を含むトップ10入りしたシングルが9曲を発売している。リック・ジェームスは成功を手にしてあまりにも激しく燃えてしまったが、ソウルとファンク・シーンにとって、本当に惜しまれる存在だった。

Written by Paul Sexton



400万枚を売り上げたリック・ジェームスの代表作『Street Songs』

     

 

 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
Exit mobile version