リル・ウェイン『Rebirth』解説:ラップ・ロックという意外な転換をみせた2010年アルバム

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リル・ウェインの『Rebirth』には有名な逸話があるが、それ以前に同作は、2000年代のほとんどの期間でみられたヒップホップとロックの結びつきから生まれたアルバムだった。また、この作品は彼のキャリアを代表するアルバムでもある。

当時、業界における彼の影響力は非常に強くなっていたため、こんなアルバムを作りたい、と望むだけで彼はそれを実現させることができたのだ。そんな『Rebirth』は、一時代を代表するアルバムであるとともに、新たな時代の始まりを告げるアルバムでもあった。

これは大袈裟な表現でもなんでもなく、同作がなければ『Yeezus』期のカニエ・ウェストの音楽性はまったく違うものになっていただろうし、リル・ウージー・ヴァートのようなアーティストは存在すらしていなかったかもしれない。『Rebirth』は2010年代の10年間を振り返っても珍しい形で成功を収めるとともに、その期間に発表されたアルバムの中でも屈指の影響力を持つ1作だったのである。

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「あいつは100万ドルもの大金をドブに捨てた」

ヒップホップというジャンルは00年代の大部分を通して、より一層メインストリームに進出していった。90年代にはアメリカ沿岸部で生まれたブーン・バップやGファンクが流行していたが、00年代に入るとシンセ中心のサウンドが主流になり、インターネットの普及が助けとなってDIY精神溢れるアーティスト活動が行われるようにもなった。それと同時に、世間のギター小僧たちもグランジやハード・ロックではなく、インディー・ロックやエモ、オルタナティヴ・ロックなどを好んで演奏するようになっていった。だが、シーンの動向に注意を払っていた人からすると、こうした変化は決して突然起こったものではなかった。

リル・ウェインに関しても以前からロックを作品に取り入れていたし、特に、『Rebirth』をリリースする4年近くも前にショップ・ボーイズの「Party Like A Rockstar」のリミックスに参加したことは強烈な印象を残していた。もはや他のラッパーを競争相手とみなさなくなったウェインにとっては、フォール・アウト・ボーイといった当時活躍していたロック・バンドこそが好敵手であり、刺激を受ける相手になっていたのである。

2007年から2008年ごろにかけてのリル・ウェインは、日常的にわざと音源をリークさせてその活動にはずみをつけている節があった。『Rebirth』のプロデューサーであるデヴィッド・バナーの言葉を借りれば、「あいつは100万ドルもの大金をドブに捨てて、みんなが9ドル99セントでアルバムを買えるようにした」のである。

だがその数年後、『Rebirth』の制作準備に入ったころには、業界も音源リークの問題を深刻に捉えるようになっていた。そんな中でウェインは、近年でも特に語り草となっている”リーク”を経験することになる。しかしその原因はハッカーでも、ハード・ドライヴの紛失でもなく、Amazonだったのだ。いまとなっては馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、小売業者であるAmazonは、発売予定日だった2010年2月2日より1ヶ月以上も早く、数百枚分の『Rebirth』を出荷してしまったのである。

 

ラップ・ロックの金字塔

もともと『Rebirth』は、新たなゲスト・アーティストやボーナス・トラックを加えた『Tha Carter III』の新装版になると宣伝されていた。その後でウェインは方針を変え、同作をまったくの新作としてリリースすることに決めたのだが、その時点では『Tha Carter IV』とセットの2枚組アルバムになる可能性すらあった。しかし、最終的にリリースされたのは誰も予想だにしていなかった作品だった。

当時のヒップホップ界において、儲けを度外視した実験的な作品はほとんど存在しなかった。おそらくウェイン自身も『Rebirth』を実験的なアルバムとは考えていなかっただろうが、同作にチャレンジ精神が宿っていることは疑いないだろう。しかし、誰もこのような作風をウェインに期待してはいなかった。ヒップホップのファンは彼にラップを求めていたし、ロック・ファンも彼にロックを求めてはいなかった。それでも、ウェインはいつものように自分の進みたい道を突き進もうとしていた。当時の彼はすでに“ロック・スターのようだ”と言われていたかもしれないが、このときのウェインは本当にその一人になろうとしていたのである。

とはいえ、『Rebirth』は王道のロック・アルバムではなく、厳密にはラップとロックを融合させた作品だ。バック・トラックも純粋なロック・サウンドではなく、ヒップホップのビートをトラヴィス・バーカーがリミックスしたような音に近い。実際にバーカーが参加した「One Way Trip」を聴いてもそのことは明らかだ。一方でウェインが持つ独特のしゃがれ声は、ラップと歌の中間を縦横無尽に行き来している。彼がその二つをどのタイミングで切り替えているのか判別するのが難しいほどである。

 

並外れたストーリーテリング

リル・ウェインはナンセンスなラップ・スタイルで知られ、その人気に火を点けた張本人でもあるが、ストーリーテリングにも臆することなく挑戦していた (その好例が「Dr. Carter」だ) 。そして、「Prom Queen」は多くの意味でウェイン史上もっとも鮮烈な楽曲であり、同曲は明らかに、同時期に注目を浴びたポップ・パンク・バンドたちの影響を受けたものだった。ウェインはこの曲「Prom Queen」で、イエローカードや、グッド・シャーロット、フォール・アウト・ボーイのようなサウンドを彼なりに再現している。

また、「Knockout」はウェインとニッキー・ミナージュによるデュエットの中でももっとも愛らしい1曲だ。この曲からも、ウェインが「Prom Queen」で追い求めたのと同じノスタルジックな雰囲気が感じられる。

他方、「Dr. Carter」にこそ及ばないが、ウェインは「Paradice」でも並外れたストーリーテリングを披露している。ウェインは力強さを増していくパワー・コードに乗せてこう歌い上げる。

Cut school, sell crack, sorry I’m just thinkin’ back
C-call me crazy, I’ve been called worse
It’s like I have it all, but what’s it all worth?
学校をサボって、ヤクを売って…悪いな、ただ思い出しているだけさ
俺をクレイジーだと言えばいい、もっと酷い言い方もされてきた
全部手に入れた気がするが、これになんの価値があるっていうんだ?

オートチューンのエフェクトが掛かってはいるが、その声からは切迫した感情が伝わってくるようだ。これをエモ・ラップの原型と呼ぶことも、SoundCloud時代を先駆けたラップと呼ぶこともできるだろう。だがいずれにしても「Paradice」と『Rebirth』の作風は、ジャンルの枠に囚われない新世代のヒップホップ・アーティストが次々に登場するきっかけとなったのである。

『Rebirth』の後半で印象的なのは、マイアミのプロデューサー・チームであるクール&ドレーの手がけた楽曲だ。彼らのプロデュースした楽曲はどれも、両者のコラボによって魅力がぐっと高まっている。その際たる例といえるのが、アルバムからの2ndシングルにもなった「On Fire」である。映画『スカーフェイス』の劇中で使用されたシンセ・ポップ・ナンバー「She’s On Fire」をサンプリングしたトラックが際立つ同曲でウェインは、ロック・スターのイメージを前面に押し出し、ギターの演奏も披露している。

しかし、『Rebirth』が本当のクライマックスを迎える1曲といえば「Drop The World」である。同曲でエミネムが披露したラップは、『Relapse』や『Recovery』をリリースした時期に彼がゲストとしてみせたパフォーマンスの中でも屈指の仕上がりといえる。エミネムのみならず、ウェインを含めた二人のラップにはそのころの数年間で一番といっていいほどの熱がこもっているのだ。

I can die now – Rebirth, motherf**ker
Hop up in my spaceship and leave Earth, motherf**ker – I’m gone!
いま死んだっていい、俺は蘇ってやる
宇宙船に飛び乗って地球なんか捨ててやる、オサラバだ!

こういうウェインの叫びを聴くと、彼が本当にすべてを手に入れたのだと感じさせられる。何でも自分の思うようにできてしまう地位を彼は手にしていたのだ。

Written By Patrick Bierut



リル・ウェイン『Rebirth』
2010年2月2日発売
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