キャンディス・スプリングスが新作で女性アーティストの名曲をカバーした理由と魅力を語る

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Photo: Robby Klein

「その時は自分がバカみたいに思えました。でも6年後の今、振り返ってみると結果オーライでした」。そう笑ってキャンディス・スプリングス(Kandace Springs)が振り返るのは、2014年にブルーノート・レコードの社長であるドン・ウォズとのオーディションで、ボニー・レイットが1989年にヒットさせたバラード「I Can’t Make You Love Me」を歌った時のことだ。

「しばらく前からレパートリーにしていました。母親から聞かされていた曲だったんです。オーディションでは何曲かを歌い、最後にその曲を歌いました。歌い終えるとドンから “これまで聴いた中でも数本の指に入るすばらしいアレンジだ。すごく気に入った” と言われたんです。そしてこうとも。 “この曲をプロデュースしたの僕だって知ってた?” 」。意外なウォズの新事実を知らされ、キャンディスは自分が恥ずかしくなるくらいに面食らってしまったという。「彼がプロデュースしたなんてまるで知らなかったんです」そう控えめに笑うキャンディス。オーディションから6年後、ウォズ率いるブルーノートからの3作目のアルバム『The Women Who Raised Me』で、その曲はついに収められることになった。

 

「これは私がずっと作りたかったアルバム」

何も知らなかった過去の自分に、身もすくむ思いだったと笑うキャンディス・スプリングスはナッシュヴィル生まれ、現在31歳。彼女の歌はドン・ウォズのハートを掴み、即座にブルーノートとの契約に至った。以来、各方面から高い評価を得た『Soul Eyes』と『Indigo』という2枚のアルバムをリリース。しかし新作『The Women Who Raised Me』はそれら過去作を上回るキャンディス最高の1枚となることはまちがいない。エラ・フィッツジェラルド、ニーナ・シモーン、ビリー・ホリデイといったソウル、ジャズ界の歴史に今も燦然と輝くアイコニックな女性シンガーから、ダイアナ・クラール、ローリン・ヒル、シャーデーら、現代を代表するシンガーまで、全12曲から成るオマージュだ。

「ある意味、これは私がずっと作りたかったアルバムなんです」。今回取り上げたのは、レコーディングの何年も前から歌い続けてきた曲ばかりだと言う。「おかしな話ですが、14歳で音楽を始めた頃、遊ぶように歌い、弾いてきた曲だったんです。いつかアルバムを作ろうと考えてきたわけじゃなくて、ただただ身近にあっただけなんです。気づいたのは、これらの曲にはひとつ共通点があるってこと。つまり、どれも女性たちの曲だったんです。マネージャーたちからも “だったら、それでアルバムを作ってみれば?” と言われました。ライヴでもずっとやってきた曲だから、レコーディングには時間もかかりませんでした。すでに私の体の一部と呼べる曲ばかりだったから」

キャンディスにとって『The Women Who Raised Me』の最大の喜びは、同じブルーノート所属アーティストで、十代の頃からのファンだというノラ・ジョーンズとのコラボレーションだ。キャンディスはそのエピソードを語ってくれた。

「彼女と一緒にやれると知り、本当に興奮しました。でも彼女との出会いは、笑っちゃうような偶然だったんです。私はニューヨークでウィンター・ジャズ・フェスティバルに出演して、ナッシュヴィルに帰ったところ。彼女はウィリー・ネルソンとの仕事を終え、ナッシュヴィルを離れるところでした。飛行機を降り、空港のトイレに向かったら、そこで、偶然はちあわせたんです!電話番号を交換して、デュエットをしてほしいと頼みました。彼女は“もちろん”と言ってくれました。そして、これが運命だったんだとわかったんです。だって私たちのスタジオは、彼女のブルックリンのアパートから400mくらいしか離れてなかったんですよ」

キャンディスとノラがデュエットしたのは、ジャズのスタンダード曲、エラ・フィッツジェラルドへのトリビュート「Angel Eyes」だ。二人は実際にスタジオに入り、一緒にレコーディングをした。個別に録音した音源を送り合う“遠隔レコーディング”が主流の今の時代には、珍しいことだ。

「彼女はスタインウェイを、私は小さなウーリッツァーを弾きながら、マイクを立てて歌いました。1.5m と離れていない近さでね。彼女がピアノを弾き、ソロをとる様子を見られて最高でした」

 

「ニーナ・シモーンのピアノは、最高で超かっこいい」

ノラ・ジョーンズの他にも『The Women Who Raised Me』には著名ジャズ・ミュージシャンが多数ゲスト出演を果たしている。テナーサックス奏者クリス・ポッター、トランペット奏者アヴィシャイ・コーエン、フルート奏者エレーナ・ピンダーヒューズ、さらにはベース界のヴァーチュオーゾ、クリスチャン・マクブライド。「彼がスタジオに来てくれて、“Devil May Care”を一緒に演奏しました。ダイアナ・クラールに捧げたナンバーです。私からは“好きなようにやってください” とだけ伝えました。するとあの冒頭のフックを彼が弾き始めたんです。彼なら、その場でマスターピースを作り出してしまうことも、ごく自然なことでした」

 

ニーナ・シモーンを語る上で欠かせない、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスが作曲した「I Put A Spell On You」のカヴァーに華を添えるのは、アルトサックス界の巨匠デヴィッド・サンボーンだ。ベテラン・サックス奏者との出会いをキャンディスはこう語る

「ブルーノート・ジャズ・クルーズで一緒になって、親しくなりました。その時に約束したんです。私が彼の『Sanborn Sessions』に参加したら、彼も私の曲で演奏してくれる、って」

キャンディスはこの曲にベートーヴェンの「ピアノソナタ14番」を巧みに織り込み、他にないヴァージョンに仕上げている。

「どこかの公演のサウンドチェックでやっている時に、突然アイディアがひらめいたんです。しばらくして、どうやって曲にまとめようかと真剣にとりかかりました。コードを少し変えたりしながら。いかにもニーナ・シモーンがやりそうなことを。彼女の何が好きって、最高で超かっこいいクラシック・ピアニストだったって点ですね」

 

「“Pearls”を聴いた時、全てが止まり、涙が流れてきた」

アルバム『The Women Who Raised Me』はすべて小規模なバンド(ギタリストのスティーヴ・カーデナス、ベーシストのスコット・コリー、ドラマーのクラレンス・ペン)でライヴ録りされた。キャンディス・スプリングスにとって、もっとも快適な環境だった。

「すべてライヴで録られています。ファースト・アルバムもそうだったように。広いスタジオに全員が入り、お互いの顔を見合わせながら演奏するんです。私が大好きな、昔ながらのオールドスクールなやり方。その方がマジックは生まれると思うから」

キャンディスが求めるその感じを音にするべく、『Soul Eyes』を始め、ジョニ・ミッチェルからマデリン・ペルーまでを手がけてきた、グラミー受賞プロデューサー、ラリー・クラインがプロデュースにあたった。

「私のやりたいことをやらせてくれる、そこがラリーの好きな点です。すべてをコントロールしてしまうプロデューサーがいる一方、ラリーは瞬間の中で物事を捉えるのが好きなタイプ。とてもオーガニックで、ありのままのものを好む。ラリーの目には、たとえそれが不完全だったとしても、美しいものとして映っているんです」

『The Women Who Raised Me』の中で、最も心惹かれる曲のひとつが、UKシンガー、シャーデー1992年のアルバム『Love Deluxe』に収められていた「Pearls」のカヴァーだ。

「テネシーのちっちゃなレコード屋でアルバムを買って、車の中で聴いていたんです。“Pearls”が流れた時、一瞬ですべてが止まった。どうにもできなかった。わけもなく涙が流れてきたんです。“一体何、これ?”って思いました。友達にも聴かせたら彼女も涙を流し始めて…。今まで聴いたどの曲よりも好きな曲のひとつです。好きすぎて、私のお葬式で流してほしいほどです」

キャンディスがこの曲を初めてライヴで演奏したのは、数年前、オランダでのことだ。

「メトロポール・オーケストラをバックに歌ったんです。あまりのパワーにステージで泣きそうでした。ニュー・アルバムではどうしてもレコーディングしたかった。ラリー・クラインも気に入ってくれたので、これまでとはちょっと違うひねりを加えてみました」

 

「このアルバムを聴けば、私という人間が説明されるはず」

キャンディス・スプリングスの独特なスタイルを作り上げるのは、ジャズ、ソウル、ブルース、ゴスペルから抽出され、蒸留された強力な音楽のハイブリッドだ。それらは彼女の音楽を聴く耳や好み、特にこの新作でトリビュートされた、彼女が愛してやまない女性アーティストたちによって形作られてきた。

「今日、私がある姿でいられるのは、それらの女性達、そして彼女たちのストーリーを私が受け止めてこられたから。とても嬉しいことです。彼女達はそれぞれにユニークな歌唱方法を持っている。このアルバムを聴けば、私という人間が説明されるはずです」

ミュージシャンとして、自分の期待に添えるキャリアを築けたか? とキャンディスに問うと「そうとも言えるし、そうでないとも言えます」と答えが返ってきた。「仕事ってそうじゃないですか? “ああ、最低だ” と思う瞬間って必ずあるものです」。

キャンディスがこの仕事で嫌いなのは、飛行機内、もしくは空港で過ごさねばならない、終わりのない時間だ。「移動や飛行機は嫌いなんです」と彼女は笑う。「あとは時差。例えばロスからアジアは15時間の時差があるから、着いたと思ったらすぐに“はい、5公演分の演奏があります” と言われるんです」それにどう対処するのだろう?「コーヒー、食事、そして睡眠—とにかく眠れる限り—-が親友になってきます。あとはポジティヴになること。バンドのメンバーといっぱい笑ったりして」

現在、キャンディスは新しいミュージシャンとツアー中だ。「今、全員女性の美しいバンドでツアーをしています。ドラムにテイラー・ムーア、そしてベースはアリシア・ストリングス。二人とも本当に素晴らしいんですよ」

 

「第二弾を作りたいと思っています」

ステージを降りたキャンディスにとってのリラックス方法。それは、昔から大好きだという車だ。「メカにはかなり詳しいんです」と彼女は笑う。最近購入したばかりの、迷彩柄四駆多目的軍用トラックがご自慢なのだという。「ハンヴィーの高性能ジープなんです。すごくかっこいいですよ」

ニュー・アルバム以降も、いくつかのプロジェクトが進行中だとキャンディスは言う。

「新曲を書いているので、いずれリリースしたいです。デューク・エリントンの楽曲だけを集めたアルバムも作ってみたいです。他にも好きで聴いている女性アーティスト達は大勢います。今回はスペースの都合上、サラ・ヴォーンやエヴァ・キャシディにトリビュートできず、残念でした。なので、いずれ第2弾、ボリューム2を作りたいと思っています」

Written by Charles Waring



キャンディス・スプリングス『The Women Who Raised Me』
2020年3月27日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify




 

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