ブルーノートを代表する女性ミュージシャン10人【全曲試聴付き】

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Photos: Francis Wolff/Mosaic Images (Sheila Jordan, Dodo Greene), Jeff Forney (Kandace Springs), Danny Clinch (Norah Jones)

現在ではブルーノート・レーベルにはさまざまなアーティストが所属している。しかし1950年代に世間の注目を集めたころのブルーノートはある特定のジャンルのジャズ、つまりハード・バップ専門のレーベルだった。創設者であるアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフが世に広めようとしていたのはハード・バップだったのである。

当時のジャズ(特にインストゥルメンタル)の世界は男性中心の環境であり、このレーベルに所属するミュージシャンもその事実を反映した顔ぶれになっていた。言うまでもなく、女性ジャズ・シンガーは既にたくさんいたが、ライオンとウルフはジャズ・ヴォーカルにさほど魅力を感じていないようだった。しかし1954年、彼らはユタ・ヒップという若いドイツ人女性ピアニストを発見した。彼女はブルーノートと契約した女性ミュージシャン第一号となった。それを皮切りに、このレーベルはさらに女性ミュージシャンと契約していくことになる。

けれども、ライオンとウルフが二人目の女性アーティストと契約するのはその8年後のことだった。そのアーティストの名前はドド・グリーン。ブルーノートが男女の別を問わずシンガーと契約を結ぶのは、それが初めてのことだった。R&Bスタイルで歌うドドは、1962年にブルーノートで唯一のアルバムを録音している。同じ年、ブルーノートはジャズ・シンガーのシーラ・ジョーダンを獲得。彼女もこのレーベルで1枚だけアルバムを作っている。

それからしばらく時が過ぎた1970年代、ハード・バップが下火になったころになって、ブルーノートはようやくソウル・ジャズ・シンガーのマリーナ・ショウと契約。ブルーノートとしては前代未聞のことだったが、彼女はここで5枚のアルバムを録音し、今もこのレーベルの歴史を飾る有名女性ミュージシャンのひとりとなっている。同じ時期にはベテラン歌手のカーメン・マクレエもブルーノートに加わり、アルバムを3枚録音している。

ブルーノートが勢いを復活させた1980年代、社長にはブルース・ランドヴァルが就任し、このレーベルは女性にもより広く門戸を開くようになった。1984年から2010年までのあいだに、ランドヴァルは素晴らしい顔ぶれの女性ミュージシャンたちをブルーノートに迎え入れた。その中にはシンガー(ダイアン・リーヴス、カサンドラ・ウィルソン、レナ・ホーン、ノラ・ジョーンズ)もいれば、ピアニスト(ジェリー・アレン、リニー・ロスネス、エリアン・エリアス)もいた。

今のところ、「ブルーノートの女王」といえばノラ・ジョーンズということで衆議一決している(ノラは2001年から契約を結んでおり、在籍期間も長期にわたっている)。とはいえ、現社長のドン・ウォズは最近になってエキサイティングな新人シンガー / ピアニストのキャンディス・スプリングスと契約を結んだ。キャンディスはソウル・ジャズ・R&Bを魅力的な形でフレンドしており、ブルーノートの女性ミュージシャンの新時代を切り開いている。

今回は、ブルーノートを代表する女性ミュージシャン10人をご紹介して行こう。

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1. ユタ・ヒップ/Jutta Hipp (1925-2003)

ユタ・ヒップはジャズが禁止されていたナチス統治下のドイツで育った。それゆえ、アメリカの音楽に惹かれていたことを隠さなければならなかった(彼女は、第二次世界大戦中の空襲の最中にジャズを聴くことがよくあったという)。第二次大戦が終わると、ヒップはジャズ・ピアニストになり、その才能の素晴らしさは口コミでジャズ評論家のレナード・フェザーの耳に入った。そしてフェザーはヒップをアメリカに連れて行った。

彼女は1954年にブルーノートのコンピレーション盤『New Faces –New Sounds From Germany』に参加し、さらに1956年には2枚のライヴ・アルバム『At The Hickory House Volumes 1 & 2』を録音。同じ年、ブルーノートから彼女の唯一のスタジオ録音盤『Jutta Hipp With Zoot Sims』が発表されている。しかしヒップはあがり症でステージ恐怖症もあったため、その後はジャズの世界から引退して縫製工場で働くようになった。とはいえブルーノートと契約した女性ミュージシャン第1号である彼女は、決して忘れられることはないだろう。

代表曲 : 「Don’t Worry ’Bout Me」

 

2. ドド・グリーン/Dodo Greene (1924-2006)

ドド・グリーンはニューヨーク州バッファロー出身のヴォーカリスト。そのクリアな発声法のおかげでダイナ・ワシントンと比較されることがよくあった。彼女は、アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフがブルーノートで契約した初めての女性ヴォーカリストとなった。

ブルーノートでは1962年のアルバム『My Hour Of Need』を1枚だけを吹き込んでいる。このアルバムには、テナー・サックス奏者のアイク・ケベックやギタリストのグラント・グリーンといった有名ミュージシャンが参加している。ブルーノートと契約する前のドドは、1959年にアルバム『Ain’t What You Do』をタイム・レーベルで吹き込んでいた。

ブルーノートは彼女をR&B系のヴォーカリストとして売り出したが、『My Hour Of Need』はヒット作にはならず、その結果としてこのレーベルはしばらくのあいだヴォーカリストとの契約を敬遠するようになった。ドドは長らく忘れ去られた存在だったが、ブルーノートと契約した最初のヴォーカリストという輝かしい称号を持つ人物であることに変わりはない。

代表曲 : 「Not One Tear」

 

3. シーラ・ジョーダン/Sheila Jordan (1928-)

ドド・グリーンと契約を結んだのと同じ年に、ブルーノートは35歳のデトロイト生まれのヴォーカリスト、シーラ・ジョーダンとも契約を結んだ。ドドと同じく、彼女もこのレーベルで吹き込んだアルバムは1枚のみ(1963年に発表された『A Portrait Of Sheila』)。とはいえその評価は時代が下るにつれどんどん高くなり、現在ではこのアルバムは1960年代を代表するジャズ・ヴォーカル・アルバムの傑作のひとつに数えられている。

シーラ(ピアニストのデューク・ジョーダンと結婚していた)はブルーノートでデビュー盤を吹き込むずっと前から演奏活動をしており、ビバップ・スタイルをジャズ・ヴォーカルに取り入れたことでかなりの尊敬を集めていた。チャーリー・パーカーは彼女の友人であると共にファンでもあり、「100万ドルの耳を持つ歌手」という表現で彼女を褒め称えていた。

シーラがブルーノートと契約したきっかけは、アルフレッド・ライオンが聴いた彼女のデモ・テープにあった。それに興味を惹かれたライオンが、彼女のライヴを見に行って契約を決めたのである。残念なことに、アルバムは評論家から好意的な評価を受けたものの、その後の彼女は10年以上表舞台から姿を消し、1970年代に入ってからようやく再び姿を現した。それでもなお、『A Portrait Of Sheila』は彼女の傑作として聴き継がれている。

代表曲 : 「Dat Dere」

 

4. マリーナ・ショウ/Marlena Shaw (1942-)

ニューヨーク州ラロシェル出身のマリーナ・ショウは、アルフレッド・ライオンが離れた後のブルーノートと契約した。1972年、当時の制作部長だったジョージ・バトラーが彼女をスカウトしたのだ。それまでのマリーナは、カウント・ベイシーのバンドでジャズを歌っていた。また、1960年代後期にはチェス・レーベルの子レーベル、カデットでもR&B指向のアルバムを2枚吹き込んでいる。

その特徴的なヴォーカルは、ジャズ、ソウル、ゴスペルといったスタイルを融合させたものだった。マリーナは、1970年代にブルーノートで4枚のスタジオ・アルバムとライヴ盤を1枚発表している。このライヴ盤に収録された「Woman Of The Ghetto」は、後にヒップホップ・プロデューサーに人気のサンプリング素材となった。その後マリーナがブルーノートで録音したアルバムは、より売れ線のディスコ風のスタイルに路線変更している。とはいえ、ブルーノートに在籍した女性ミュージシャンの中でも特に知名度が高いひとりである彼女は、ソウルフルな自分の持ち味を決して失っていない。

代表曲 : 「Me And Mr. Jones」

 

5. ボビ・ハンフリー/Bobbi Humphrey (1950-)

ボビ・ハンフリーはダラス生まれのフルート奏者で、ブルーノートと契約した初めてのアフリカ系アメリカ人の女性インストゥルメンタル奏者となった。1971年にブルーノートと契約したのは、当時の社長でプロデューサーだったジョージ・バトラーのたっての頼みによるものだった。

非常に聴きやすいファンキーなフュージョンの先駆者でもあったハンフリーは、新進気鋭のプロデューサー / ソングライター・チーム、マイゼル・ブラザーズと組んで、サード・アルバム『Blacks And Blues』を録音。そうして「Chicago, Damn」や「Harlem River Drive」といった曲をR&Bチャートでヒットさせた(この2曲はどちらもサンプリングされることが多い)。

ハンフリーはブルーノートで合計6枚のアルバムを録音した。そのうち最大のヒット作となったのが1974年の『Satin Doll』である。さらに重要なことに、彼女は女性インストゥルメンタル奏者がジャズの世界で冷遇されていた時代に黒人女性ミュージシャンのロール・モデルとなった。

代表曲 : 「Virtue」

 

6. ダイアン・リーヴス/Dianne Reeves (1956-)

デトロイトで生まれコロラド州デンバーで育ったダイアン・リーヴスは、伝説的なジャズ・トランペット奏者クラーク・テリーの教え子だった。1987年にブルーノートと契約する前に、既にインディーズ・レーベルでアルバムを2枚録音している。いとこのジョージ・デュークをプロデューサーに迎え、ブルーノートで初めて録音されたアルバムでは、数オクターブにも及ぶ声域を持つ彼女の歌唱力が存分に発揮されていた。ここでは、フュージョン色の強いファンクからR&B風のポップス、ストレートなジャズまでさまざまなスタイルで録音が行われている。

ダイアンは1987年から2009年までのあいだにブルーノートで15枚のアルバムを録音。自らの力強いジャズやソウルのルーツから大きく逸脱することなく、新鮮で多種多様な音作りを常に展開してきた。同じ世代のジャズ・シンガーの中でも、最高の歌手と言って良いだろう。ブルーノートに長らく在籍している間に、彼女はグラミー賞を3度受賞している。

代表曲 : 「Company」

 

7. カサンドラ・ウィルソン/Cassandra Wilson (1955-)

ミシシッピ州ジャクソン出身のカサンドラ・ウィルソンは、1986年からレコードを録音し始めた。それから7年後の1993年にブルーノートと契約するまでのあいだに、既に8枚のアルバムを発表していた。とはいえ、1993年にブルーノートでの第1弾アルバム『Blue Light ’Til Dawn』を出してからの彼女は、ジャズ、ブルース、フォークといった要素を刺激的な形でブレンドした独自の音楽性で以前よりも高いレベルの作品を発表するようになった。

ブルーノート所属の女性ミュージシャンの中でもカサンドラは独特な存在であり、その特徴あるヴォーカル(ハスキーで、官能的で、物憂げ)のおかげで、新たなカテゴリーの音楽を作り出すことに成功した。彼女は他の人の曲を自分の持ち歌のようにできる能力を持つシンガーであると同時に、実に有能なソングライターでもある。

ブルーノートで出した2枚目のアルバム、1995年発表の『New Moon Daughter』は初めてのグラミー賞を彼女にもたらした。そして2009年の『Loverly』によって、2度目の受賞を果たしている。カサンドラは2009年にブルーノートから離れたが、ここで発表したアルバムは彼女のカタログの中でもとりわけ印象的なものとなっている。

代表曲 : 「Skylark」

 

8. イリアーヌ・イリアス/Eliane Elias (1960-)

サンパウロ生まれのイリアーヌ・イリアスも、ブルース・ランドヴァルが社長を務めていた時期にブルーノートと契約した。彼女は天才少女ピアニストであり、1985年のデビュー以来、着実にアルバムを発表してきた。ビル・エヴァンスに影響された技巧派ピアニストであると同時に、イリアスは聴く者を虜にするような魅惑的なヴォーカリストでもあり、同じくブラジル出身のアストラッド・ジルベルトを思わせるデリケートで繊細な歌声を披露してくれる。

ブルーノートでの第1弾アルバム『So Far So Close』は1989年に発表。彼女は2000年に一度はこのレーベルから離れるが、2008年に再び短期間であったが再契約している。

彼女の作品の中で最も高く評価されているのは、ブルーノート在籍時の1994年に録音した『Solos And Duets』である。ここには、ハービー・ハンコックとの素晴らしいピアノ・バトルが収録されていた。その他のブルーノート時代の作品は非常にバラエティに富んでおり、バップに影響されたジャズから、ブラジルのボサノバ・アレンジの作品まで多種多様だ。

代表曲 : 「I Love You」

 

9. ノラ・ジョーンズ/Norah Jones (1979-)

ギリシア神話に登場するセイレーンのような魅惑的な声の持ち主であるノラ・ジョーンズはニューヨークで生まれ、テキサスで育った。2001年、当時のブルーノートの社長ブルース・ランドヴァルが彼女に注目し、ブルーノートと契約が結ばれた。

ベテラン・プロデューサーのアリフ・マーディンと共にスタジオ入りしたノラはデビュー・アルバム『Come Away With Me』を録音。ここにはヒット・シングル「Don’t Know Why」が収められている。このアルバムは、たちまち彼女をジャズ界の新星という立場に押し上げた。活動を進めるにつれ、ノラはソングライターとしての才能を開花させると共に、さまざまな音楽ジャンルにも手を広げた。

2016年、彼女は再びピアノ中心のジャズ的なアプローチに回帰したアルバム『Day Breaks』を発表。このアルバムには、ウェイン・ショーター、ロニー・スミス、ブライアン・ブレイドといったジャズ界の伝説的なミュージシャンたちが参加している。ノラがブルーノートと契約して18年になるが、その活動は今も輝きを放ち続けており、若き女性ジャズ・シンガーたちのインスピレーションの源となっている。

代表曲 : 「Don’t Know Why」

 

10. キャンディス・スプリングス/Kandace Springs (1989-)

まだ30代前半のキャンディス・スプリングスは、ファッションの面でも、音楽の面でも、趣味の面でも型破りの存在だ(彼女の好きな余暇の過ごし方は、車を修理することだという)。キャンディスは、新世代の女性ブルーノート・ミュージシャンの代表格である。

元々ノラ・ジョーンズに影響を受けたシンガー / ピアニストだったが、そこからまったくオリジナルな独自のサウンドを編み出すに至った。ジャズ・スタンダードを歌う場合も、ソウルの名曲をカヴァーする場合も、自ら書き下ろした新曲を歌う場合も、決してありきたりの型に収まることがない。

ブルーノートで発表した最初の2枚のアルバム、『Soul Eyes』と『Indigo』を聴けばわかることだが、彼女はジャズやソウル・ミュージックの伝統を受け継ぐアーティストだということを自ら認めている一方で、ヒップホップやR&Bの要素を取り入れ、コンテンポラリーな最先端の音作りも大胆にこなしている。

代表曲 : 「Don’t Need The Real Thing」

 

Written By Charles Waring




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