ボーイ・ジョージ『Tense Nervous Headache』解説:数奇な運命を辿った挑戦的な意欲作
“洋楽名盤”の魅力を再発見する新企画として、海外及び日本で展開している音楽コンテンツキュレーションサイト「uDiscoverMusic」の名を冠した新シリーズ「uDiscovemusicシリーズ」が始動。
時代を超えて愛される洋楽名盤やアーティストの代表作を数多くラインナップし、「新しい音楽との出会い」の場を提供する新たなスタンダード・シリーズの第一弾として、カルチャー・クラブ&ボーイ・ジョージの全6作品が9月24日に発売される(予約はこちら)。
カルチャー・クラブ
1. Kissing To Be Clever
2. Colour By Numbers
3. Waking Up With The House On Fire
4. From Luxury To Heartache
ボーイ・ジョージ
5. Sold
6. Tense Nervous Headache
このアルバムの解説を順次公開。第6回目はボーイ・ジョージの2作目のソロ・アルバム『Tense Nervous Headache』。解説は音楽ライターの矢口清治さんです。
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成功を収めたソロ・デビュー作『Sold』からその先へ
『Sold』(1987年)でカムバックを果たしたボーイ・ジョージは、次作までの期間に2枚のシングルを発表した。ミュージック・ビデオ制作畑出身のボブ・ジラルディ初監督によるコメディ映画『ウォンテッド・ハイスクール あぶない転校生』(原題:『HIDING OUT』1988年8月日本公開)のサウンドトラックに提供された「Live My Life」(1988年全英62位/全米40位)は、映画のイメージに寄せた明るく跳ねたダンサブルなポップ・ナンバー。
次に、社会的/政治的メッセージ・ソング「No Clause 28」が届けられたのが6月。英マーガレット・サッチャー政権による<同性愛の推進および容認行為を違法とする>地方自治体法案28項への反意を唱えサッチャーのスピーチをサンプリングした、あからさまな抗議の意思表明であった。
むろんそれはジョージ自身のアイデンティティー/自己認識を公にしたものでもある。スクラッチを多用しヒップホップ・カラーを巧みに織り込んだダンス・ナンバーは全英57位。そうした状況の中で着手されたソロ第2弾の制作は、難航を極めた。
プリンスの右腕が率いた新たな制作現場
現場を仕切る立場として仕事を請け負ったのが、ボビー・Zであった。キャリア絶頂期と重なる1978年から1986年までプリンスを支えたドラマーだったボビーは、1956年ミネアポリス生まれ。1986年のザ・レヴォリューション解散を受けザ・サバーブスからプロデュース業を本格化させていた。
セカンド・アルバム『Tense Nervous Headache』は、イギリスで馴染みの鎮痛薬=アナディンのTV-CMに由来したフレーズだそう。ボビーが手を貸したのは結果的に収録13曲中の8曲。共作もこなしメンフィス・ソウル調がグッと来るオープニング・トラック「Don’t Cry」は1988年9月にシングル発売された。
実に刺激的なタイトルでドラマティックな「You Are My Heroin」、抑制の効かせ方がニクいジャズ・テイストの「Girl With Combination Skin」、ゴスペルチックなコーラスも印象的なブルージーな(これも共作の)「Whisper」、キュートなブリット・ポップ「I Love You」、ヘレン・テリーとの掛け合いにも引き込まれるスロー・ナンバー「Mama Never Knew」、フィル・スペクターへのオマージュを思わせる「American Boyz」、そして先述の「No Clause 28」である。
ダンス・サウンドへの模索と迷走
先行リリースされた「No Clause 28」がサウンド面で示していたのは、クラブDJでもあるジョージのアシッド・ハウスやガラージュ・ミュージックへの高い関心だった。ボビーの嗜好だと突出したダンス・サウンドを望むのが難しいと感じたのか、さらにクリエイターを補うことになり、バナナラマやリック・アストリー作品での超売れっ子ピート・ウォーターマンが想定されるも話は流れ、アメリカでニュー・ジャック・スウィングをブイブイ言わせていたテディ・ライリーは4曲作業したところでジョージがハマらず収録却下にブリティッシュ・ハウスの革新者ヴラド・ナスラス(ジャックン・チル)の作/プロデュース曲にはジョージが思うように歌詞を書けず、かろうじて「I Go Where I Go」のみが手元に残る。
結局革新的ダンス・サウンドへの希求をいったん収め、残る3曲のために尽力したのは、ザ・フーやエレクトリック・ライト・オーケストラなどなどで知られたベテラン・プロデューサー/ミキサー=マイク・ピーラとなる。それらはトロピカルな「Something Strange Called Love」、実にパトワなレゲエ「Kipsy」。そして、ジミー・ラフィンによるモータウン・ソウルの超名曲「What Becomes Of The Broken Hearted」(1966年全米7位/全英8位)のカヴァーで、これはコーラス/アレンジ共にコンテンポラリーに仕上げられ、ジョージの深い愛情と理解が息づくヴォーカルが染み入る、本当に泣けるすばらしいリメイクになっている。
後にバンド・エイドでマイクを分け合ったポール・ヤングによる、1992年の映画『フライド・グリーン・トマト』(原題:Fried Green Tomatoes)のための大変優れたヴァージョンもヒットしており、この世代のイギリス人にとってどれほど意味深い曲なのかを感じさせた。最後に、カルチャー・クラブと同時代にロンドンを賑わせた異色のユニット、ハイジ・ファンタイジのメンバーでクラブDJ/サウンドエフェクターとして活動していたジェレミー・ヒーリーがジョージと共作したプロデュース曲「Happy Family」によってピースは埋められ、『Tense Nervous Headache』は完成する。しかし。
幻となったUKリリース
アルバムは1988年10月1日にイギリス発売が設定されるものの、先行した「Don’t Cry」の全英60位という状況を重んじたヴァージン・レコードによりまず3週間の延期、そして本国でのお蔵入りの判断が下される。『Sold』が然るべきセールスをあげたヨーロッパ各国や我が国には無事届けられたものの、それでも実質的な売り上げが期待を上回ったとは言い難い。
ヴァージン・レコードは苦肉の策のように、わずか半年後となる1989年4月に、先述のテディ・ライリー制作曲などで構成されたアルバム『Boyfriend』を(一応)ジョージのサード・アルバムとして発売に踏み切っている。日本盤などで本作に収められた「No Clause 28」は、英盤ではそちらに収録されている。
かように数奇と呼べる運命を宿しながら、ボーイ・ジョージのこの時期の様々な状況を刻んだ意義深い作品集として『Tense Nervous Headache』に、私は得難い感慨を抱いている。
Written By 矢口清治
ボーイ・ジョージ『Tense Nervous Headache』
2025年9月24日発売
購入はこちら
★英国オリジナル・アナログ・テープを基にした2022年DSDマスタリング(一部楽曲を除く)
★SHM-CD仕様
★解説/歌詞・対訳付
- カルチャークラブ アーティストページ
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