カルチャー・クラブは真の意味で“多民族クラブ”だった。デビュー40周年に振り返る彼らの偉業とは?

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ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第32回。

今回は、デビュー40周年を記念して日本限定のベスト盤『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』が発売になったカルチャー・クラブについて。

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風体から「テキーラとマリファナの男」と見なされがちなわたし。しかし、実際には「紅茶とスコーンの愛好家」であって、隠れたUK(ユナイテッド・キングダム、日本でいう“イギリス”)好きである……のだが、そのUKという国家は決して一枚岩ではないし、均質的でもない。

UKを構成する4つの“カントリー”——イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド——のうち面積でも人口でも圧勝しているのがイングランドで、故にイングランドがUKとほとんどイコールのように語られることもしばしば。

でも、先に挙げた「紅茶とスコーン」からして、この連合王国が辿ってきた複雑な歴史を感じさせるものだ。まず、紅茶は中国から盗んできた苗を植民地インドに植えて育てたもの。一方、スコーンはイングランドではなく、同じブリテン島の北方で存在感を放つスコットランドの名物だ。そして、首都ロンドンは今や、インドからのカレーと香港からのディムサム(飲茶)が愛される、世界で最もマルチカルチュラルな都市の一つ。

 

グループ名の意味とは

1981年にロンドンで結成され翌年デビュー、この2022年にデビュー40周年を迎えたカルチャー・クラブは、そんなロンドンの、イングランドの、UKの多様性を象徴する存在だ。

そもそも、バンド名「Culture Club」自体が、メンバーが「あっ! ぼくたち全員、それぞれ出自が違う」と気づいたことから生まれたものだという。

この場合、出自とは民族的なバックグラウンド。それを意味するタームはたくさんあって、すぐに思いつく単語としてヘリテッジ(Heritage)、エスニシティ(Ethnicity)、アンセストリー(Ancestry)あたりが挙げられる。だが「カルチャー(Culture)」も、民族を表す言葉の一つだ。個人個人が体現する文化を定義するのは、その人が背負っている民族的バックグラウンドだから。

つまり、Culture Clubとは「(多)民族集合体」の意味なのだ!

ここでカルチャー・クラブのメンバー構成を見てみると……アイルランド系でゲイのシンガー、ジャマイカ系黒人のベーシスト、ユダヤ系のドラマー(バイセクシュアル)。我々外国人が考える“イギリス人”にカテゴリーされそう(?)なのはギター兼キーボードのロイ・ヘイのみ。

ここからは、このバンドのマイノリティ・メンバーのバックグラウンドを紹介したい(ごめんね、ロイ)。

 

ボーイ・ジョージ(Vocal)

No Irish, No Blacks, No Dogs……というのはセックス・ピストルズのジョニー・ロットンことジョン・ライドン(アイルランド系)の自伝『Rotten(邦題:STILL A PUNK―ジョン・ライドン自伝)』の副題だが、これはかつて実際にUKの賃貸不動産看板によく見られた注意書きである。

つまり、「アイルランド系と黒人と犬はお断り」だ。

この文句が第2次世界大戦後、なんと1960年代に入っても散見されたそうだから驚きだ。元・帝国が元・植民地からの移民を、ここまで露骨に差別するとは。まあ、ここ東アジアも同種の差別には事欠かないのだが。

とはいえ、黒人は見ればわかるとして。例えばイングランド白人は、アイルランド系の皆さんを外見で識別できるものか?  ううむ、顔だけで区別するのは困難かもしれないが、姓を見ればわかってしまうのだ。フィネガン、フラナガン、フィッツジェラルド、マクナマラ、マクギネス、マクラフリン、オブライエン、オコンネル、オニール等。

そしてオダウド(O’Dowd)も。

ボーイ・ジョージことジョージ・アラン・オダウドはケント生まれ、サウスイースト・ロンドン育ち。父はアイルランド系イングランド人、母はアイルランドの首都ダブリンからの移民1世。1920年代にアイルランド独立闘争の中でUK軍に処刑された親戚がいるアイリッシュ・カトリック・ファミリーの一員で、相当なワーキングクラス(この場合は「低所得層」の意味)の出身だ。

そんな彼は、もちろんゲイでもある。1967年になってようやく同性愛が条件付きで非犯罪化された国では、二重・三重にマイノリティだったのではなかろうか。

そのボーイ・ジョージとバンド内交際していたのがジョン・モスだ。

 

ジョン・モス(Drum)

『資本論』のカール・マルクスから『ボラット』のサシャ・バロン・コーエンまで、ロンドンを拠点に活躍してきたユダヤ人は多い。2021年のUK国勢調査では人口の0.5%しかいないが、それでもマーク・ロンソンや故エイミー・ワインハウスといった音楽的才能も生み出してきた。

そして、カルチャー・クラブのドラマー、ジョン・モスことジョナサン・オーブリー・モスもユダヤ系だ(残念ながら2021年に脱退)。

以前に、その名も「ロンドン」というパンク・バンドでデビュー済み、他にザ・ダムドやアダム&ジ・アンツとも仕事してきた彼は、バンド経験面でカルチャー・クラブ内の先輩。バングルスで言えばベースのマイケル・スティール(元ランナウェイズ)、映画『ザ・コミットメンツ』に喩えるならウィルソン・ピケットと共演経験があるトランペット担当のジョーイ的な存在だろうか。当初、in Praise of Lemmings、あるいはSex Gang Childrenという恐るべきバンド名も考案されている中で、「カルチャー・クラブ」案を推したのもジョン・モスだったらしい。

なお、後述する「Do You Really Want to Hurt Me」のMVで、ボーイ・ジョージはヘブライ語が書かれたTシャツを着ているが、そのヘブライ語はCulture Clubをひどく誤訳したものなうえに、文法的にも間違っていたとか。そこはジョン・モスが指導してあげないと……。

 

マイキー・クレイグ(Bass)

18世紀から1962年までUKの植民地だったジャマイカは、結果として元・宗主国のUKに対して多大な影響を与えることとなった。ジャマイカとの関わりを語らずに戦後のUKカルチャーを語ることは不可能かもしれないほどに。UKが誇る映画ヒーロー、007ことジェイムズ・ボンドの原作者イアン・フレミングもジャマイカをこよなく愛し、1年の半分を過ごすジャマイカの別荘でしか『007』シリーズを書かなかった。ボンドがやたらとカリブ海に出かけるのも、それゆえである。

60年代末、本家アメリカのブラック・パンサー党に倣って設立された黒人組織「ブリティッシュ・ブラック・パンサーズ」でも、ジャマイカ系の皆さんが中心となっていた。今やジャマイカ系を含むカリブ海系UK黒人(アフロ・カリビアン)は人口面でアフリカ直系UK黒人に抜かれたが、それでもロンドン英語への影響(後述)で圧倒的なインパクトを持つ。UK特有の音楽カルチャーにブリティッシュ・レゲエが果たしてきた役割も大きい。

マイキーことマイケル・エミール・クレイグは、ウェストロンドンのハマースミスで生まれたジャマイカ系イングランド人。彼が紡ぎ出すベースラインは、特にカルチャー・クラブ初期のナンバーを決定づけていたとも言える。

恋人たちのロック

カルチャー・クラブの音楽性は総じて「ブルー・アイド・ソウル」と形容されることが多いが、デビュー・アルバム『Kissing to Be Clever』はかなりカリビアン寄りであり、レゲエ色も強かった。A面最後の「Love Twist」なぞは、ダブという概念を知らない人が聴いたら失神しそうなエコー&リヴァーヴが凄まじい逸品である。レゲエ版デザイナー(Desiigner)のようなキャプテン・クルーシャルの客演も強烈だ。

同アルバムから大ヒットした「Do You Really Want to Hurt Me」にしても、その曲調はラヴァーズ・ロック(lovers’ rock)、つまりロンドン流儀のソフト&スウィートなレゲエだ。シングルのB面は同曲のダブ・バージョンだし。

問題は、レゲエがホモフォビア(同性愛嫌悪)の傾向が強いジャンルだということ。のちにボーイ・ジョージは「あの歌詞は当時のボーイフレンド、ジョン・モスについてではなく、それまでに交際した全ての男性に関するもの」と明かしたが、「女装したゲイが男男関係の悩みを歌うだと?!」とレゲエ界からの反発はなかったのだろうか……と心配になる。とはいえ、それに怯むようなボーイ・ジョージではないのだ。

 

カメレオンは三色旗の夢を見るか?

カリブ色が薄くなり、60年代〜70年代的なUSソウル寄りの曲が中心となったセカンド『Colour by Numbers』を見てみよう。同アルバムが世界セールス1000万枚を超える原動力となったのは、やはり「Karma Chameleon」の大ヒット。ボーイ・ジョージが提案したこの曲の唐突なカントリー風味に、当初は他のメンバーたちが躊躇したと聞く。

それにしても、なぜ「カルマ(仏教で言う業)」で、なぜ「カメレオン」なのか。ボーイ・ジョージ自身によれば、「差別や疎外されることを恐れて態度をコロコロ変えるようなやつ(カメレオン)は、必ず報い(カルマ)がある」とのことで、被差別者としてハードコアなアティテュードを崩さないオダウドさんなのであった。

さて、この曲のサビには「red, gold and green」と繰り返す箇所がある。カメレオンだから色を変えるのはわかるとして、なぜレッド・ゴールド・グリーンなのか?

NBAロサンゼルス・レイカーズのユニフォームから『スター・トレック』の宇宙艦隊制服まで、「ゴールド」と呼ばれるものの、実質的に黄色であるケースは多い。では、赤・黄・緑の組み合わせだと……?

それはラスタ・カラーだ! レゲエのバックボーンの一つであるラスタファリアニズムは、旧約聖書の独自解釈に基づくジャマイカの宗教。性愛に関しては保守的な価値観を持ち、やはりホモフォビアの傾向が強い。

そんなラスタのシンボル・カラーをサラッと引用するボーイ・ジョージ。差別する側が忘れた頃に繰り出す、さりげなくも効果的イヤガラセは、被差別側だけが使える愉快な特権である。

 

40年早いブリジャートン家

「Do You Really Want to Hurt Me」のMV同様、「Karma Chameleon」のMVには映像の設定年代がわざわざ書いてある。曰く、「1870年のミシシッピ」。

アメリカ南北戦争終結は1865年だから、その直後である。よって、アメリカ南部でも黒人奴隷は解放されていた(大英帝国領内では1833年に奴隷制禁止)が、もちろんほとんどの黒人は白人並みの暮らしはできず、両者が対等に仲良くすることもなかったろう。そこは人種差別が激しいアメリカ南部なのだし。

だが、このMVでは黒人も19世紀後半の華麗なファッションに身を包み、船上パーティーに興じている。

つまり、これはある種の『ブリジャートン家』なのだ。

Netflixで2020年から始まったドラマ『ブリジャートン家』こと『Bridgerton』は、19世紀前半のロンドン社交界を舞台にしたロマンティック貴族ドラマ。時代考証を徹底しようとすれば、ほぼ白人俳優のみのキャストにならざるを得ない。

しかし『ブリジャートン家』の制作陣は「これはドキュメンタリーではないのだし」と割り切って、メインのハンサムどころにジンバブエ系の男前、レゲイ・ジャン・ペイジを据え、他にもアフリカ系やアジア系を社交界の華として登場させることにした。過去をそのまま再現するのではなく「多様な人種が共存できた時代」としてリ・イマジンすることは、差別と格差で分断された現実を見つめ直すための拠りどころとなるから。

「Karma Chameleon」のMVも同種のファンタジー。そこには未来からやってきたと思しき派手な女装ゲイ・シンガーもいるが、彼の存在も受け入れられている……どころか、歓迎されているのが美しい。

 

ロンドン、ナウ

1870年のミシシッピから、現代のロンドンに目を移してみよう。

パキスタン系のムスリムが市長を務めるこの国際都市では、今や300の言語が使われ、50以上の移民コミュニティが存在する。そもそも住民の40%が外国生まれ、移民ではない白人(White British)は36.8%に過ぎない。移民を含めた白人全体で53.8%、アジア系(南アジアが多い)が20.8%、黒人が13.5%、ミックスが5.7%、「その他」が6.3%という内訳になっている。

ロンドンの魂は、もちろん下町にあり。かつてロンドンでは特殊なライミング・スラングを駆使する下町弁「コックニー」が名物だった。

しかし! 今では、下町の白人少年少女も、ジャマイカ英語からの強い影響を受けた新しいロンドン下町英語「MLE」を使うようになっているそうだ。映画『キングスマン』でも、主人公エグジーの親の世代こそコックニー話者だが、若いエグジー自身はMLE使用者だったように。

その「MLE」という名称が意味するところは? Multicultural London Englishの意味なのだ。つまり、「多文化(多民族)ロンドン英語」だ!

40年前にカルチャー・クラブが先導した未来に辿り着いているのかもしれない、今日この頃。

追伸

80年代末、変わりゆく時代の中でボーイ・ジョージがテディ・ライリー制作のニュー・ジャック・スウィングにチャレンジしたソロ・アルバム『Boyfriend』と、それを取り巻く問題についても語りたいが……またの機会に。

Written By 丸屋九兵衛

*月刊丸屋町山オンライン・トークの第2回は【カニエ・ウェストはどこへ行く?/ホイットニーの光と影】は12月28日13時から配信(アーカイブあり)



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