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映画『アラジン』で観客から最も支持を受けた新曲「スピーチレス」が生まれた背景とは by 長谷川町蔵

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2019年7月18日の時点で日本国内の興行収入が100億円越え、全世界興行収入は1,000億円を超えている大ヒット映画『アラジン』。映画とともに大ヒットとなっているサウンドトラックと、その中で新たな書き下ろし楽曲として収録された楽曲「スピーチレス〜心の声」について、映画や音楽関連だけではなく、今年3月には2作目となる小説『インナー・シティ・ブルース』も発売されるなど幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。


90年以上の長い歴史を持つウォルト・ディズニー・カンパニー。ピクサーやルーカス・フィルム、マーベル・エンターテイメントといったグループ各社を含むヒット連発ぶりから、昔からずっと絶好調だったと思いがちだけど、大抵の老舗がそうであるように何度かの浮き沈みがあった。特に深刻だったのが70年代後半から80年代前半にかけて。というのも、テレビアニメーションに押されて新作の劇場用アニメーションの製作が殆どされなくなっていたのだ。

こうした状況を打ち破ったのが、1984年に映画部門の責任者に就任したジェフリー・カッツェンバーグだった。彼はスティーブン・スピルバーグ(製作)とロバート・ゼメキス(監督)とのコラボで実写とアニメを巧妙に合成した『ロジャー・ラビット』(1988年)の大ヒットを足がかりに、自ら陣頭指揮を執った新作アニメの製作に乗り出していく。

その第一弾こそが、アンデルセンの童話をベースにした『リトル・マーメイド』(1989年)。劇場用アニメにしか出来ない作品とは何か? その問いへのカッツェンバーグの答えは、大音量を前提とした映画だからこそ映えるミュージカル・シーンだった。

The Little Mermaid – Under the Sea (from The Little Mermaid) (Official Video)

 

それを実現すべく起用されたのが、ブロードウェイ・ミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1986年に映画化された)で注目されたアラン・メンケンである。ロック世代のメンケンは、ディズニーの伝統に敬意を払いながら、ポップ・ミュージックのイディオムを楽曲に導入。結果、カリプソのフレイバーを漂わせた『アンダー・ザ・シー』はアカデミー主題歌賞を受賞したのだった。これ以降、『ターザン』(1999年)までの”ディズニー・ルネッサンス”と呼ばれる時代に製作された10作のうち、メンケンが挿入曲を手がけた映画は6作に及ぶ。

中でも多くの人に愛されているナンバーが、『千夜一夜物語』の一編を原案とした『アラジン』(1992年)の主題歌「ホール・ニュー・ワールド」だろう。主人公アラジンとヒロインのジャスミン姫が魔法の絨毯に乗って空を飛ぶシーンで流れるこのムーディーなナンバーは、メンケンにとって前作にあたる『美女と野獣』(1991年)の主題歌「美女と野獣」に続くアカデミー主題歌賞連続受賞をもたらしたほか、R&Bシンガーのピーボ・ブライソンとレジーナ・ベルによるシングル・バージョンは全米ナンバーワンを獲得。しかもその年の最も優れた楽曲に与えられるグラミー賞最優秀楽曲賞まで受賞したのだ。

そんな『アラジン』が27年の歳月を経て、ガイ・リッチー監督によって実写リメイクされた。もちろんアラン・メンケンの楽曲も再び歌われている。ところが意外にも観客から最も支持を受けたナンバーは「ホール・ニュー・ワールド」ではなかった。今作のために新たにメンケンが書き下ろした「スピーチレス〜心の声」だったのである。

オリジナル版では、主人公アラジンに「ひと足お先に」、ランプの精ジーニーに「フレンド・ライク・ミー」とひとりで歌うナンバーが用意されていたのに対し、ヒロインのジャスミンのソロ曲は存在しなかった。そのためバランスの悪さを是正すべく作られた曲だったわけだが、「バランスを取る」どころか、アニメ版には無かったジャスミンの“強さ”を鮮明に打ち出した楽曲に仕上がっていたのだ。

私は黙らない。誰も私を静かにさせることなんて出来ない。

こうした歌詞をジャスミンは、アグラバー王国を乗っ取ろうと企む大臣ジャファーに幽閉されそうになるとき、衛兵の手を払いのけてひとりで歌い上げる。このシーンはワンカットで撮影されているため、ジャスミン役のナオミ・スコットの表情の切迫感も凄まじい(しかも歌の前半部はライブで歌っているそうだ)。

Naomi Scott – Speechless (from Aladdin) (Official Video)

 

今回、メンケンの楽曲に歌詞を提供したのはブロードウェイ出身で、『ラ・ラ・ランド』(2016年)の作詞家として注目されたベンジ・パセクとジャスティン・ポールのコンビ。インタヴューによると、ふたりは詞の着想を得ようとアニメ版をあらためて見直したとき、ジャファーに結婚を強いるジャファーの口から漏れる「喜びで声も出ないようですな」というセリフに「これだ!」と閃いて詞を作り上げたそうだ。

ふたりの作品としては『グレイテスト・ショーマン』(2017年)で歌われる「ディス・イズ・ミー」の系譜を汲んだ「自分を愛するアンセム」であり、近年のMe Tooムーヴメントとも共振したナンバーと言えるだろう。

もともとジャスミンは、ディズニー初の有色人種ヒロイン、しかも王子からプロポーズされる女性ではなく最初からプリンセスだった点でも画期的なキャラクターだった。今回のリメイク版ではそんな彼女がさらにアップデートされている。アニメ版では自由恋愛による結婚を望んでいただけだったのに対して、今作のジャスミンは歴史始まって以来の女性サルタンとして国を統治したいとの野心を抱き、その実力も兼ね備えた人物として描かれたのだ。その変貌を端的に示したのがこの曲だったというわけだ。

ちなみに『アラジン』の舞台となった中東の多くの国では、女性の権利は今も厳しく制限されている。特にサウジアラビア(2017年に世界経済フォーラムが発表した世界男女格差指数では144カ国中131位)では、女性が自動車を運転できるようになったのはたった2年前、不特定多数の男女が同じ空間にいる映画館が35年ぶりにオープンしたのは昨年のことである。

ラストシーンでジャスミンがサルタンに就任する『アラジン』が、サウジアラビアの映画館で上映されることはおそらくないだろう。しかし同国ではアメリカ映画のDVDの売り上げは好調と聞く。おそらく将来、男女同権が実現されたとき、ジャスミンが歌う「スピーチレス〜心の声」が状況を変えるきっかけだったと語られるのではないだろうか。もちろん、同じことが日本(世界男女格差指数101位)で将来語られても、全然おかしくはないわけだけど。

Written By 長谷川町蔵


『アラジン オリジナル・サウンドトラック』
発売日:2019年6月5日
・英語盤:英語歌+スコア収録
・日本語盤:日本語歌+スコア収録
・デラックス盤:DISC1英語歌+スコア、DISC2 日本語歌+カラオケ音源

「アラジン」本予告編

ディスニー映画『アラジン』公式サイト
https://www.disney.co.jp/movie/aladdin.html



 

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