ABBA「SOS」解説:ユーロヴィジョン優勝後、英国で再びヒットを掴んだ名曲

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1974年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストで「Waterloo」によってセンセーショナルな優勝を果たしたABBAだったが、その世界的な成功がすぐに、そして長く続くことが約束されていたわけではなかった。その後1年以上にわたり、スウェーデンの4人組を最も熱心に受け入れた海外市場はオーストラリアとニュージーランドで、スカンディナヴィアでもいくつかのシングルが成功を収めるにとどまっていた。

そんな状況を一変させ、彼らの世界的な運命を決定的に変えるシングルが登場する。1975年9月、イギリスがABBAの「SOS」に応えたのである。

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1975年9月6日に全米チャート入りした「SOS」は、グループ名と曲名の両方が回文になっている唯一のヒット曲としても知られている。一方で、この曲がメンバーのアグネタ・フォルツコグによってスウェーデン語でもリリースされていたことは、あまり知られていない。

ABBAのベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースが作曲し、マネージャーのスティグ・アンダーソンが歌詞を手がけたこの曲は、ABBA版がヒットした直後の1975年後半に発売された、アグネタのソロ・アルバム『Elva Kvinnor I Ett Hus (Eleven Women In One House)』にも収録されている。

その後のABBAの驚異的な成功を知る現在から振り返れば、「SOS」は抗いがたい魅力を持った曲のように思える。しかし、発売直後から大ヒットしたわけではない。9月のその日、イギリスの全英チャートに初登場した際の順位は47位という控えめなものだった。翌週には31位まで上昇し、初めてTOP40入りを果たす。そして、ここから一気に勢いに乗っていくことになる。「SOS」はさらに16位まで上昇し、その後13位で一度足踏みするかに見えたが、再び順位を上げて7位でTOP10入り。最終的には最高6位を2週連続で記録した。

当時の上位には、デヴィッド・エセックス、デヴィッド・ボウイ、スモーキーといったイギリスのヒットメーカーたちが並び、アメリカ勢もドリフターズからアート・ガーファンクルまで顔を揃えていた。首位に立っていたのは、「I Only Have Eyes For You」をカヴァーしたアート・ガーファンクルだった。

そして、この後ABBAはイギリスでさらに17曲ものTOP10ヒットを送り出すことになる。

Written By Paul Sexton


ABBA「SOS」
1975年9月5日発売(英国)
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