ジェイ・Z『4:44』解説:公開謝罪、告発、自戒、遺産をラップした最も私的なアルバム

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ラッパーのジェイ・Z(Jay Z)ことショーン・カーターは、ヒップホップ界を代表し、その中でも屈指のセールス数を誇るアーティストとして長年に亘りシーンに君臨してきた。それゆえに、これだけのキャリアを積み重ねてきた彼が過去の栄光に満足したとしても文句は言えないはずだ。

しかし、現時点での彼の最新作である13thアルバム『4:44』を聴けば明らかなように、彼は決して現状に甘んじてなどいない。この作品はおそらく、彼のこれまでのキャリアでもっとも複雑で、非常に私的な内容のアルバムだ。そのため同作が発表されると、音楽業界はまたもジェイ・Zの話題で持ちきりになった。ここでは、そんな名作を形作った主な影響源について紐解いていこう。

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2016年には、4月に発売されたビヨンセのアルバム『Lemonade』がポップ・カルチャーを席巻していた。その作品には黒人にとっての社会的・政治的問題や、妹との関係、そして……夫であるジェイ・Zの不貞などが歌われていたのである。彼は『4:44』で個人的な想いをかつてないほどに吐露したわけだが、その決断に至った最大の理由が妻からの暴露にあったことには疑いの余地がない。

『4:44』の表題曲 ―― タイトルは彼がアルバム制作のために起床した時刻から付けられた ―― で彼は、過去の悪事に関して妻と幼い娘たちへの“公開謝罪”をしている。また、それと同時に彼は、そうした過去によってもたらされ得る最悪の結末にも考えを巡らせている。

And if my children knew, I don’t even know what I would do
If they ain’t look at me the same
I would probably die with shame
‘You did what with who?’
What good is a ménage à trois when you have a soulmate?
もし子どもたちが知ってしまったらどうするか、自分でもわからない
俺を見る彼女たちの目が変わってしまったら
俺は恥とともにこの命を断つだろう
「お前は誰と何をしたんだ?」
運命の人がそばにいるなら、愛人など要らないはずだろう?

私的な事柄を歌った楽曲はそれだけにとどまらない。「Legacy」では彼のおばが牧師であった祖父から受けていた虐待について告発し、「Smile」では母のグロリア・カーターが同性愛者であることを明かした。

Mama had four kids but she’s a lesbian
Had to pretend so long, she’s a thespian
母は4人の子どもを産んだが、彼女はレズビアンだった
それをずっと隠してきた彼女は、ある意味役者なんだ

それから彼は、幸福感に満ちた現在の彼女について喜びをあらわにしている。

Cried tears of joy when you fell in love
Don’t matter to me if it’s a him or her
あなたが恋をしたと聞いて、俺は涙が出るほど嬉しかった
相手の性別なんてどうでもいいんだ

そして同曲は、グロリアによる詩の朗読で幕を下ろすのである。

そのほかの曲では、ジェイ・Zの自戒が主なテーマになっている。オープニング・ナンバーの「Kill Jay-Z」では、コカイン中毒の兄を銃撃した過去や、作品の海賊盤を巡ってレコード会社の重役を刺したことなどが語られる。また、同曲では彼が胸の内を明かそうと決心したときの心情も歌われている。

You can’t heal what you never reveal
What’s up Jay-Z
You know you owe the truth
To all the youth that fell in love with Jay-Z
隠したままでは傷も癒えない
どうしたんだ、ジェイ・Z
本当のことを話さなきゃいけないとわかっているだろう
ジェイ・Zを愛してくれる若者たちに

要するに同作は、“すべてを手に入れた音楽界のヒーロー”としての彼の仮面を剥ぐことで、謙虚で思慮深く、成熟した一人の男としての彼の姿を浮き彫りにしたアルバムなのだ。

 

たった一人のプロデューサーとプレイリスト

近年のヒップホップ界には珍しく、このアルバムではたった一人のプロデューサーが作品全体を手がけている。その重責を担ったのは、カニエ・ウェストの「Heartless」や「Black Skinhead」、コモンの「I Used To Love H.E.R.」、ドレイクの「Find Your Love」らとの仕事で知られるシカゴ出身のNo I.D.だ。

彼はプロデューサーとしての一般的な責任範囲を超えて、ジェイ・Zと綿密に連携しながらアルバム制作にあたった。彼は“私的な内容のアルバム”という方向性を強く後押しするとともに、トラックの制作にも手を貸すようジェイ・Zに働きかけたのだという。No I.D.本人はニューヨーク・タイムズ紙の取材にこう話している。

「“普段は何を聴いてる?それをサンプリングしたいんだ”と彼に聞いてみると、彼はプレイリストを渡してくれた。それを基に、彼の聴いている音楽を使ってトラックの断片を作っていった。俺は、彼の日常や生活スタイル、彼の好みに合わせた音楽を作りたいと考えていたんだ」

No I.D.はジェイ・Zの敬愛するアーティストたち ―― スティーヴィー・ワンダー、ニーナ・シモン、ボブ・マーリー、マーヴィン・ゲイなど ―― の作品をサンプリングしつつ、それと生の楽器の音を組み合わせてトラックを制作。ソウルやレゲエを基調とした温かく素朴なサウンドは、ジェイ・Zの率直なリリックを邪魔することなく見事に引き立てている。

 

人間としての成長、ビジネスへの野心、未来への遺産を残すという野望

当時47歳を迎え、立派な子どもを持つ父親、そして音楽史に名を残す業界のベテラン(アルバムのリリースと同じ時期に、ラッパーとして初めてソングライターの殿堂入りを果たした)となったジェイ・Z。以前は成功を渇望していた彼だが、いまでは未来への遺産を残すことに主眼を置いているようだ。

『4:44』を締めくくる「Legacy」でジェイ・Zは、娘たちやその子孫の未来を保証するための財産の使い道について考えを巡らせている。実業家としても大成功を収めている彼はこの作品でも、財産やビジネスといったテーマをたびたび取り上げているのである。

その中で彼は、自身が経営する具体的な事業に関しても歌っている。その最たる例が、ジェイ・Zの所有するストリーミング・サービスのTidalだ。

『4:44』が初めてお披露目された場でもある同サービスについては、アルバムの中で何度も言及されている。特に、その一つである「Caught In Their Eyes」では一つのヴァース全体をプリンスの遺産問題に割いており、その遺産を管理していたロンデル・マクミランを名指しで批判している。

I sat down with Prince eye to eye
He told me his wishes before he died
Now Londell McMillan, he must be color blind
They only see green from them purple eyes
俺はプリンスと膝を突き合わせて話した
彼は亡くなる前に、遺志を伝えてくれたんだ
ロンデル・マクミラン、あいつは色弱に違いない
あの“パープル”の瞳には“グリーン”しか見えていないんだから
[訳注:最後の一節は、”紫色が代名詞だったプリンスを利用して、金儲け (英語でgreenはお金を意味することもある) をしようとしている”という批判の言葉と解釈できる]

他方、「Family Feud」では自身のシャンパン・ブランド、アルマン・ド・ブリニャックが黒人コミュニティからの支持を得られなかったことについて振り返っている。

Hundred per cent, black-owned champagne
Y’all still drinking Perrier-Jouet, huh?
正真正銘、黒人が作ったシャンパンなのに
お前らはまだペリエ・ジュエなんかを飲んでるのか?

だが、同じテーマをそれ以上にうまく表現した1曲が「The Story Of OJ」だ。同曲でジェイ・Zは、一種の“黒人解放”としての黒人たちの経済的自立に関して説得力のある持論を展開している。

Written By Paul Bowler



ジェイ・Z 『4:44』
2017年6月30日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music




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