「可愛いベイビー」のヒットで知られるコニー・フランシスが87歳で逝去。その功績を辿る

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Photo: Archive Photos/Getty Images

アメリカの伝説的なポップ・シンガーであり、女優としても活躍したコニー・フランシス(Connie Francis)が2025年7月16日に87歳で逝去した。1950年代後半から60年代初頭にかけて最も売れた女性アーティストの一人として知られる彼女は、その長いキャリアを通じて世界中で2億枚以上のレコード・セールスを誇っている。

人気の絶頂にあった1960年、彼女は「Everybody’s Somebody’s Fool」で全米シングル・チャート(Billboard Hot 100)1位を獲得し、同チャートで1位となった最初の女性アーティストとなった。その後も「My Heart Has A Mind Of Its Own」や「Don’t Break The Heart That Loves You」といったヒット・シングルで全米No.1を記録し、最終的には通算53曲がチャート入りを果たした。

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その生涯

1937年、ニュージャージー州ニューアークでコンチェッタ・ローズ・マリア・フランコネロとして生まれた彼女は、幼い頃から歌の才能を発揮し、1950年代初頭にはすでに“コニー・フランシス”の芸名で地元のタレントショーで注目を集め、1953年からNBCのバラエティ番組“Startime Kids”に出演したことがきっかけとなり、1955年にMGMと契約を結ぶ。

最初の数枚のシングルはほとんど注目されなかったが、1957年秋にカントリー/ロカビリー歌手、マーヴィン・レインウォーターとのデュエット曲「The Majesty Of Love」が全米シングル・チャートに初登場し、100万枚以上を売り上げるヒットとなった。

さらに、1958年1月には、ディック・クラークが司会を務める音楽番組“American Bandstand”で初披露した「Who’s Sorry Now?」が、全米チャートで最高4位、全英チャートで1位を記録し、コニー・フランシスを一躍メインストリームのスターへと押し上げた。

その後も彼女は、1960年代半ばまで全米チャートの常連として活躍し、「My Happiness」「Lipstick On Your Collar」「Among My Souvenirs」「Second Hand Love」などのポップ・ソングで次々と全米トップ10入りを果たした。

ニュージャージー州にあるイタリア系とユダヤ系のコミュニティが混在する地域で育ったコニー・フランシスは、幼い頃からイタリア語とイディッシュ語が堪能で、多言語で定期的にレコーディングを行った最初期のアメリカ人アーティストのひとりとしても知られている。1959年に発表したアルバム『Connie Francis Sings Italian Favorites』は、全米アルバム・チャート(Billboard 200)で最高4位を記録し、81週にわたって同チャートにランクイン。彼女のキャリア最大のヒット・アルバムとなった。

 

女優としての活躍

メインストリームのポップ・シンガーとしてだけでなく、1960年代初頭から半ばにかけては女優としても活躍したコニー・フランシスは、1960年公開の映画『ボーイハント』(原題:Where The Boys Are)で、フロリダ州フォート・ローダーデールで春休みを過ごす女子大生4人組のひとり、アンジー役を演じ、彼女が歌った主題歌は全米トップ5入りを記録。

しかし、1960年代半ば以降、ザ・ビートルズに代表される“ブリティッシュ・インヴェイジョン”の影響もあり、彼女の全米チャートでの成功は徐々に陰りを見せ始め、1964年の「Be Anything (But Mine)」が、彼女にとって最後のトップ40ヒットとなった。

それでも彼女のライヴ・パフォーマンスは高く評価され続け、とりわけ海外での人気は根強かった。日本、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリアなどでテレビ特番が組まれたほか、それぞれの言語での歌唱もリリース。

さらに東欧諸国、つまりかつての“鉄のカーテン”の向こう側でもファン層を築き、冷戦下のソビエト連邦や旧ユーゴスラビアでは、西側のポップ・ミュージックが政府により警戒されていたにもかかわらず、彼女の音源はメロディヤやユゴトンといった国営レーベルからリリースされていた。

 

晩年でのヒット

1970年代後半には、鼻の手術の影響で一時的に声を失うなど、コニー・フランシスはさまざまな私的困難に直面した。しかしその後も、晩年に至るまでレコーディングやライヴ活動を継続。

1984年には自伝『Who’s Sorry Now?』がニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなり、1989年にはキャリアを代表する18曲の再レコーディングに加え、「Are You Lonesome Tonight?」「Torn Between Two Lovers」など、彼女が長年レコーディングを望んでいた新録6曲を収めた2枚組アルバム『Where the Hits Are』を発表した。2004年にはラスベガスでの単独公演で観客を魅了し、2010年には再び同地でディオンヌ・ワーウィックとの共演も実現している。

コニー・フランシスは、2018年に引退を発表していたものの、今年に入ってから再び脚光を浴びていた。1962年のアルバム『Connie Francis Sings “Second Hand Love”』に収録された「Pretty Little Baby(可愛いベイビー)」がTikTokで突如バイラル・ヒットとなり、キム・カーダシアンやカイリー・ジェンナーをはじめとするセレブリティたちの動画で使用されるなど、同プラットフォームで20億回を超える再生回数を記録し、全く新しい世代のファンを獲得した。彼女はPEOPLE誌のインタビューで、この意外な人気の再燃について次のように語っていた。

「63年前に録音した曲が、今こうして何百万人もの心を動かしているなんて、本当に素晴らしいことです。ただただ驚いていますし、心から光栄に思っています」

Written By Tim Peacock


コニー・フランシス『Pretty Little Baby (International Versions)』
2025年5月16日配信
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