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ベイ・シティ・ローラーズ創設者のアラン・ロングミュアーが70歳で逝去

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70年代に社会現象を巻き起こしたスコットランド出身のポップ・バンド、ベイ・シティ・ローラーズの創設メンバーで、ベーシストのアラン・ロングミュアーが2018年7月2日に70歳で亡くなった。

「エディンバラのタータン・ハリケーン」と呼ばれたベイ・シティ・ローラーズは、大西洋の両側で爆発的なヒットを記録し、過去作品のトータル・セールスは1億枚以上と言われている。彼らの時代でいうワン・ダイレクションとして例えられることもある。

アラン・ロングミュアーは1948年6月20日にエディンバラのシンプソン記念産科別棟病院で生まれた。協同葬儀屋の息子だった彼は、カレドニアン・ロードにあったアパートで幼い頃から音楽に囲まれて生まれ育った。

過去のインタビューでは、自分がミュージシャンになったのは当然のことで、彼の叔母も素晴らしいピアニストで、彼の父もアコーディオン奏者だったことを明かし、「いつも僕の周りには音楽があったんだ」と語っていた。

彼は10歳の時に観たエルヴィス・プレスリー主演の映画『監獄ロック』でロックンロールを知り、1965年、17歳の時に弟のデレク・ロングミュアーと従兄弟のニール・ポーティアス、ノビー・クラーク、デイブ・ペティグルーと共にベイ・シティ・ローラーズを結成した。

バンドの顔ぶれは数年で何度も変わり、1976年に一度グループを脱退したアラン・ロングミュアーはその2年後にはグループに戻り、それ以降はベース、リズム・ギター、キーボードなどを担当している。

Bay City Rollers – Saturday Night (Audio)

 

彼らの全盛期には、1976年に全米シングル・チャートでNo.1に輝いた「Saturday Night」をはじめ、3曲が全米TOP10入りを記録し、イギリスでも共に1975年に発表した「Bye Bye Baby」と「Give a Little Love」で全英チャート1位を獲得、10曲がTOP10入りを果たしたが、グループは1981年に解散した。

アラン・ロングミュアーは7月2日朝に、入院先のフォース・バレー・ロイヤル病院で家族に見守られながら、息を引き取ったと報じられた。3週間前に休暇で訪れていたメキシコで体調を崩し、スコットランドへ帰国していたということだ。

ベイ・シティ・ローラーズはソーシャル・メディアを通して、「彼のご家族とご友人、そしてファンの皆様に心からご冥福をお祈り申し上げます」というメッセージと共に、彼の死を報告している。アラン・ロングミュアーの友人で、伝記作家のリアム・ラデンは、「私の知る中で、最も優しく、寛大で、温かい気持ちに溢れた人でした」と彼について語っている。

アラン・ロングミュアーは、2015年の年末に開催された”長年バンドを支え続けてくれたファンの皆さまへの特別なクリスマス・プレゼント”と宣伝された再結成イベントにレス・マッケオンとスチュアート・ウッドらと参加していた。

Written By Tim Peacock



 

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