ザ・キュアー『The Head On The Door』解説:バンドをメインストリームへと押し上げた重要作
ザ・キュアー(The Cure)の6作目のスタジオ・アルバム『The Head On The Door』は、バンドの歴史において、最も重要な転換点となった作品と言える。親しみやすく、自信に満ち溢れた同作は、バンドにイギリスとアメリカの両国で初のゴールド・ディスクをもたらし、そして、カルト的な人気を誇る高評価のバンドから、本格的なメインストリーム・スターへと飛躍するための橋渡しを見事に果たした作品でもある。
しかし、そこへたどり着くまでには、スミスにとって長い時間が必要だった。『Seventeen Seconds』、『Faith』、『Pornography』という、いわゆる初期の“陰鬱三部作”によって評価を確立した一方、80年代初頭には、彼らの名前を挙げること自体が一種のステータスとなるほど、時代を象徴する存在になっていた。ところが、1982年夏の“Pornography”ツアー後、疲労とメンバー間の対立が重なり、バンドは内部崩壊を起こしてしまう。その後、スミスは自分たちの活動を改めて見つめ直す必要に迫られた。
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「完全に解放された気分だった」
そうした状況の中、ロバート・スミスは、ファンが最も予想していなかった方向へと進む決断をする。1983年から84年にかけて、彼はザ・キュアーの名前を掲げたまま、「The Walk」「The Lovecats」「The Caterpillar」といったこれまでとは一線を画す、より明るく、あえてポップに振り切ったシングルを次々と発表し、いずれも全英チャートTop 20入りを果たした。2000年のRolling Stone誌のインタビューで、この大胆な方向転換についてスミスはこう振り返っている。
「完全に解放されたような気分だった。“The Lovecats”では、“おしゃれキャット”をベースにした、ディズニー版のジャズみたいなことをやろうと提案したんだ。すると突然、僕たちがやることが何でも売れるようになった」
この時期の変化は、ザ・キュアーがそれまでの陰鬱で内省的なポストパンクというイメージに縛られず、ポップ・ミュージックの領域へと自ら踏み出していく重要な転機となった。とはいえこの時点では、ザ・キュアーの未来はまだ不透明だった。1982年、スミスはスージー&ザ・バンシーズでギタリストのジョン・マッギオークの後任となり、1984年の『Hyaena』まで同バンドで演奏した。
また、ザ・キュアーの当時のシングルは、元ドラマーでこの時はキーボードを担当していたロル・トルハースト、『Pornography』のプロデューサーだったフィル・ソーナリーのベース、ドラマーのアンディ・アンダーソンを加えた、その場限りの編成で録音していた。さらに1984年には、あまり語られることのないザ・キュアーの5作目のアルバム『The Top』もひっそりとリリースされたが、名義こそザ・キュアーだったものの、実質的にはロバート・スミスのソロ・アルバムであり、ドラム以外のすべての楽器を彼が演奏していた。
再び自身のバンドを求めるようになったロバート・スミスは、『The Top』リリース後にザ・キュアーを再編した。ロル・トルハーストを残しつつ、新たにドラマーのボリス・ウィリアムズとマルチ・インストゥルメンタリストのポール・トンプソンを迎えた。さらに、古くからのファンを喜ばせたのが、ベーシストのサイモン・ギャラップの復帰だった。ギャラップは“Pornography”ツアー終了後にバンドを離れていたが、スミスは彼を再びバンドに呼び戻したのである。新たな編成となったザ・キュアーが次作の楽曲を作り上げていく中で、スミスは新しい仲間たちの可能性に高揚していた。彼はRolling Stone誌にこう語っている。
「ポールは昔から素晴らしいギタリストだったし、ボリスは並外れたドラマーだ。あれほど演奏のうまいバンドにいるというのは、本当に素晴らしい気分だった」
メンバー全員がロンドンでのスタジオ・セッションでその実力を存分に発揮した。プロデューサーのデヴィッド・M・アレンとともに行ったこのセッションで生まれたのが、『The Head On The Door』である。新たなメンバーたちから刺激を受けたロバート・スミスは、次々と新曲を書き上げ、バンドはかつてないほど多彩で豊かな楽曲群を手にすることになった。
「The Baby Screams」、東洋的な趣を感じさせる印象的な「Kyoto Song」、そして『Faith』を思わせる幻想的な「Sinking」といった楽曲は、初期作品の繊細で美しい悲しみを呼び起こすものだった。一方で、それらの間には、「Close To Me」や風変わりな魅力を持つ「Six Different Ways」のような遊び心に満ちたポップ・ナンバーに加え、「Push」や「A Night Like This」といったより大きなステージへと進もうとしていた当時のバンドにふさわしい、スケール感のあるドラマチックなロック曲が並んだ。
一方、スミスが新たに手に入れたスチール弦のアコースティック・ギターが、アルバムを代表するヒット曲の誕生につながった。ボリス・ウィリアムズによる躍動感のあるドラム・ブレイクで幕を開ける「In Between Days」は、美しいメランコリック・ポップの魅力を存分に引き出した楽曲で、やがてラジオでも頻繁に流れるようになり、イギリスのチャートでも存在感を放った。『The Head On The Door』リリースを前に、「In Between Days」は全英チャートで15位まで上昇した。
「今でも素晴らしい瑞々しさが残っている」
1985年8月26日にFiction Recordsからリリースされた『The Head On The Door』は、ほぼ例外なく高い評価を受けた。批評家たちはこぞって、本作をザ・キュアーにとってそれまでで最も大胆かつ完成度の高い作品と評価した。その象徴的なレビューのひとつがNMEで、「メロディーが次から次へと溢れ出している」と本作の豊かな楽曲性を評価したほか、Record Mirrorも熱烈なレビューを寄せ、「成熟した音楽的アプローチ」を称賛した。
商業的にも、アルバムの勢いは衰えなかった。『The Head On The Door』は全英チャートで7位まで上昇し、ザ・キュアーにとって初の全米TOP75入りを果たした。さらに、ブラスを取り入れたキャッチーな「Close To Me」は、バンドにさらなる全英TOPヒットをもたらし、ティム・ポープ監督による同曲の独創的なミュージック・ビデオも高く評価され、MTVで大量にオンエアされた。
こうして『The Head On The Door』の成功は、ロバート・スミスとザ・キュアーをメインストリームへと押し上げる大きな転機となった。そしてその先には、『Kiss Me Kiss Me Kiss Me』と『Disintegration』というさらなる芸術的成功が待っていた。80年代後半を代表する、恐れを知らないスケールの大きな名盤を生み出したことで、ザ・キュアーは地球上で最も重要なオルタナティヴ・ロック・バンドのひとつとしての地位を確立していった。2000年のインタビューで、このザ・キュアーの歴史における重要な時期を振り返ったロバート・スミスは、こう語っている。
「“The Head On The Door”のデモを作っていた頃から、これこそがザ・キュアーなんだとわかっていた。本当に居心地のいい環境で、バンドは以前よりずっと家族のような存在になっていった。今聴いても、このアルバムには素晴らしい瑞々しさが残っている」
Written By Tim Peacock
ザ・キュアー『The Head On The Door』
1985年8月26日発売
CD・LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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