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映画『ソング・サング・ブルー』レビュー:生活手段としてのカバーバンドへの感情移入と曲の強さ

2026年4月17日に日本劇場公開が決定した映画『ソング・サング・ブルー』は、『ハッスル&フロウ』などで知られるクレイグ・ブリュワーが脚本・監督を務め、ヒュー・ジャックマンとケイト・ハドソンが、ニール・ダイアモンドのトリビュート・バンド“ライトニング&サンダー”として活動するマイクとクレア・サルディナ夫婦を演じる感動エンターテインメント作だ。
この映画について、音楽評論家の増田勇一さんのレビューを掲載します。
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ニールとは縁がないと思っていた音楽人生
まさかこの期に及んで、ニール・ダイアモンドについて書く機会が巡ってくるとは思ってもみなかった。シンプルに言えば特に強い興味や思い入れを抱いたこともなく、彼の音楽は自分にとってむしろ無縁なものだと思っていたからだ。
もちろん彼がアメリカを代表するアーティストのひとりであるということは、昔から理解していた。70年代なかばに洋楽ロック全般に興味を持ち始めた十代の頃から、彼のことは「自分とは関係なさそうな大人向けの大物」と認識していたし、アルバム・チャートを眺めながら「ニール・ダイアモンドが上につかえてさえいなければ自分の好きなバンドがトップ10に入れたのに」などと恨めしく思っていたこともあった。たとえばそれは、アイドル歌謡に興味を持ち始めた頃に演歌の大御所たちの存在を邪魔くさく感じるのとも似ていたかもしれない。
歌まねミュージシャンの物語
本稿を書く機会をもたらしてくれたのは『ソング・サング・ブルー』という映画である。まさしくニール・ダイアモンドの1972年のヒット曲のタイトルがそのまま掲げられているが、これは彼の伝記映画ではない。ただ、彼の存在なしには生まれ得なかった物語だ。
この作品のフライヤーには「感動の実話――歌まねミュージシャンが伝説になった日」という宣伝文句が躍っているが、それが示唆するように、これはニール・ダイアモンドのトリビュート・バンドとしての活動で生計を立てていた実在の夫婦を巡る物語である。ニールになりきって歌う主人公を『グレイテスト・ショーマン』のヒュー・ジャックマンが、彼の横でキーボードを弾きながら歌い、時にはパッツィ・クラインと化したりもする妻を『あの頃ペニー・レインと』のケイト・ハドソンが演じている。
生活手段としてのトリビュート・バンド
「トリビュート・バンド」と「歌まねアーティスト」の間には、当事者たちの意識の持ち方、受け止められ方の双方について結構な隔たりがあるようにも思うのだが、この夫婦によるライトニング&サンダーは、まさにその中間のような位置付けにあったようだ。
ウィスコンシン州ミルウォーキーを拠点としながら1989年から2006年にかけて活動していたというこのユニットが主に演奏していたのは、地元界隈のバーや、アメリカではお馴染みのステートフェア(農業振興などを目的とし、品評会やさまざまなアトラクションを盛り込みながらアメリカ各地で開催される“州”のお祭り的イベント)など。そこで求められるのは、マニアを唸らせるようなディテールへのこだわりよりも、むしろわかりやすい面白さだろう。しかし同時に、偶然その場に居合わせた人たちをも惹き付けるようなパフォーマンスをするためには、相当な実力を持っているべき必要がある。
そしてこの夫婦にとってライトニング&サンダーでの活動は、生活手段なのである。もちろん彼らだって才能と運が上手く折り合うならばオリジナルで勝負するミュージシャンでありたかったに違いない。そうした中でさまざまなジレンマや世間の常識とのズレを感じながら、彼らは自分たちなりに上を目指して行くのだが、その過程の中で思いがけない出来事に次々と見舞われていく。そこについては実際にこの映画を観てご確認いただきたいのでこの場で具体的に触れることは避けておくが、そこにはどんな家庭にも起こり得るトラブル、状況的な必然により引き起こされる問題ばかりではなく、良くも悪くも奇跡的レベルと言わざるを得ないような出来事も含まれている。
この物語自体は、ありがちな言い方をすれば「実話に基づいているからこそのリアリティと、とても現実の話とは思えないほどの奇想天外さを併せ持った、心温まる感動的悲喜劇」ということになるだろう。また、登場人物たちがパフォーマンス向上を目指しながら、真剣に、なおかつ楽しみながら試行錯誤していくさまには、音楽を心の支えとしながら生きている人間として共鳴をおぼえずにいられないし、思わず感情移入させられてしまう。彼らに災難が降りかかる場面でも、あり得ないような幸運に恵まれる場面でも、思わず声をあげてしまいそうになるし、笑いながら観ていたはずなのに、気が付けば目のまわりが濡れていたりもする。
なかでもケイト・ハドソンの存在感にはとても惹かれるものがあった。彼女の名を一躍広めることになった『あの頃ペニー・レインと』(アメリカでは2000年、日本では翌2001年に公開)からすでに四半世紀が経過しているわけだが、キャメロン・クロウ監督による半自伝的な内容を含んでいた同作には、彼自身が駆け出しの記者だった頃の体験や当時の時代感がふんだんに盛り込まれていた。
25年前にこの作品を観た筆者としても、インターネットや携帯電話のない時代に初めて単身で海外取材に赴いた頃のことを思い出さずにいられず、そのリアリティに引き込まれたものだが、この『ソング・サング・ブルー』を観て、かつてバンドの取り巻きだったペニー・レイン(=ケイト・ハドソン)が、いつしか自分でも歌うようになっていたかのような妄想が頭をかすめたりもした。
当り前のようにそこにあったヒット曲
そして驚かされたのは、かつて縁のないものだと勝手に思い込んでいたニール・ダイアモンドの楽曲を、意外なくらい自分が知っていたことだった。劇中には彼の代表曲の数々が登場するが「ああ、そういえばこの曲もそうだったか」と感じさせられる場面が多々あった。彼のヒット曲の数々は、それくらい「当り前のようにそこにあった」ということなのだろう。
なにしろ1億3,000万枚を超える累計アルバム・セールスをあげてきたというのだから当然といえば当然だし、それこそ90年代のアメリカ出張時、空き日ができて何か観るべきライヴがないものかと探してみた時に、スタジアムやアリーナ規模での彼の公演があるのを知り「今でもこんなに人気があるのか!」と驚かされたこともあった。記録を調べてみたところ、過去、彼がいちばん多くのライヴを行なっていたのは、70年代でも80年代でもなく1996年のことで、この年には年間124公演が実施されている。グランジ/オルタナティヴがメインストリームを侵食していたような時代に、である。
グランジ/オルタナティヴという言葉をこの文脈に無理やり登場させたかったわけではないが、この映画には、ライトニング&サンダーとパール・ジャムにまつわる興味深いエピソードも盛り込まれている。こちらについても詳しい記述は控えておくが、パール・ジャムが1995年7月8日にミルウォーキー公演を行なった際、アンコール時にライトニング&サンダーがステージに呼び込まれ、ニール・ダイアモンドの「Forever in Blue Jeans」のカヴァーでエディ・ヴェダーとの共演を果たしているのだ。そして、これは単なる偶然でしかないが、この『ソング・サング・ブルー』が日本で劇場公開を迎えるのは、エディ・ヴェダーの来日公演が行なわれている真っ最中だったりもする。
映画繋がりでいえば、エルトン・ジョンの自伝的作品『ロケットマン』(2019年公開)には、アメリカでの初のライヴ当日、ニール・ダイアモンドが来場していることを知らされたエルトンが「あの偉大なレジェンドの目の前で歌うなんて」とプレッシャーに苛まれ、トイレにこもってしまう場面があった。アーティストたちの自伝などを読むと、同じ時代のことがそれぞれの観点から語られていて興味深い繋がりが見えてくることがあるが、音楽にまつわる映画同士にも同じような面白さがあるように思う。
とはいえ、この映画を観て僕がいきなりニール・ダイアモンドの熱心なリスナーになることはなさそうだが、彼の音楽の聴こえ方がこれまでとは少しばかり違ってきたような気はしないでもない。もちろんこの作品を通じて彼の楽曲たちがいかにして生まれてきたのかを知ることはできないが、アメリカに生まれ育った人たちの日常の中でそれがどのような受け止め方をされてきたのかについては、うかがい知ることができる。それによって少しだけ、自分と彼の音楽との距離感にも変化が生じた気がするのだ。
1941年1月24日生まれのニール・ダイアモンドは、85歳になった現在も現役であり、この5月には『Wild at Heart』と題されたニュー・アルバムが発売されることになっている。正直なところ、彼の歴史について改めて一から振り返ってみようとは思っていない。ただ、この新作にはこれまでになく関心を抱いていたりもする。
本稿は同作品のプロモーションを目的とするものではないが、こうして1本の映画との出会いが次なる興味へと繋がっていくことがあるのも、音楽/映画のある生活の楽しみのひとつだと思う。まずはこの『ソング・サング・ブルー』を、音楽を愛するすべての人たちにお勧めしたい。
Written By 増田 勇一
映画『ソング・サング・ブルー』に登場する
楽曲のオリジナルをまとめたアルバム
ニール・ダイアモンド『Neil Diamond Originals – Song Sung Blue』
2025年12月12日配信
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映画『ソング・サング・ブルー』
2026年4月17日 日本劇場公開
公式HP
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