Columns
世界最大のロック・バンドとなったエアロスミスと向き合ってきた日々

オリジナル・アルバム全20タイトルが、ミニLP仕様の紙ジャケットのスタイルで復刻されることが発表され、2025年7月から11月にかけて全4回にわたって発売されたエアロスミス。
そんな彼らのキャリア後期の時代について、音楽評論家の増田勇一さんにコラムを執筆いただきました。
<関連記事>
・エアロスミスのアルバム全20タイトルが日本限定のミニLP仕様/紙ジャケで発売
・70年代のエアロスミス:「クイーンに対するアメリカの解答がこれだ!」
・エアロスミス、ゲフィン時代の4枚を振り返る
世界最大のロック・バンド、エアロスミス
10月29日に『Nine Lives』(1997年)、『Just Push Play』(2001年)、『Honkin’ On Bobo』(2004年)、『Music From Another Dimension!』(2012年)の4作品、そして11月26日には『Live! Bootleg』(1978年)をはじめとする5枚のライヴ作品が紙ジャケ仕様での再発に至り、これにて去る7月から4回に分けて継続されてきたエアロスミス作品の復刻シリーズも完結となった。
こちらのサイトでは、そのリリースの流れに沿いながら過去2回、筆者自身の個人的な体験と照らし合わせながら歴史を綴ってきた。初回は、70年代に登場したこのバンドが、不良願望を抱く少年にさまざまなものを植え付けたこと、第2回には、憧れの対象と仕事で向き合うことになったからのこその体験談などを綴ってきたが、今回はどう考えても「世界最大のロック・バンドとしてのエアロスミス」と向き合ってきた日々について書くことになる。
エアロスミス最大のヒット・アルバムといえば、彼らにとって初の全米No.1作品となり、全世界で2,000万枚以上のセールスをあげてきた『Get A Grip』(1993年)ということになる。ただ、アメリカ国内での累計セールスのみを比べてみると、同作と『Pump』(1988年)が700万枚超で横並びであるのに対し、『Toys In The Attic』(1975年)のそれは900万枚を超えている。
『Toys~』の場合、70年代の発売当時に高い実績を上げていたばかりではなく、80年代にはRUN D.M.C.との共演による「Walk This Way」のヒットもあり、同楽曲のオリジナル音源が収められたこのアルバムの売れ行きも二度目のピークを迎え、以降もずっと数字を伸ばしてきた。ただ、厳密に言うと、実はそれをも上回る1,200万枚超の売り上げを記録しているのが『Greatest Hits』(1980年)だったりもするのだが。
日本で最高位の『Nine Lives』
そして日本でのセールス記録に目を向けてみると、オリコンの総合アルバム・チャートで最高3位を記録している『Nine Lives』が群を抜いている。当然ながら作品自体が素晴らしかったからでもあるが、前作にあたる『Get A Grip』がバラード系のシングルのヒットを連発しながらロングセラーになり、彼らの存在がそれまで以上に広く浸透したうえでリリースを迎えることになったからでもある。
当然ながら発売元は『Get A Grip』の実績を超えることを目指しながらすべてを計画立てていくことになるし、それに伴う公演規模も拡大されていく。実際、『Get A Grip』に伴うワールド・ツアーの一環として行なわれた1994年春のジャパン・ツアーにおいて、彼らは追加公演も含めて全7回もの日本武道館公演(ツアー自体は全13公演)を行なっている。
そして『Nine Lives』発表翌年にあたる1998年、彼らは洋楽アーティスト史上初となる全国4大ドーム(東京、大阪、名古屋、福岡)を実現させているのだ。少なくとも実績面においては、日本におけるエアロスミスの絶頂期がその当時だったと言っても差し支えないだろう。
『Nine Lives』でのプロモーション
『Nine Lives』に伴うプロモーション規模がいかに大きかったかについては、それこそ発売前月にあたる1997年2月、メンバー全員が初めて宣伝活動だけのために日本上陸を果たしている事実からもうかがえる。もちろんそれは日本に限ったことではなく、彼らはその年の2月から3月にかけてベルリン、バルセロナ、ロンドン、ミラノ、パリ、ストックホルム、東京、トロントの各地を廻り、アルバムの試聴会を行なっている。
東京での開催会場は、当時の赤坂BLITZだった。なにしろこのアルバムは、バンドが80年代の復活後のホームとなっていたゲフィンを離れ、古巣の米コロムビア/ソニーに戻ったうえで世に出したもの。当然ながら発売元の宣伝面での力の入れようも半端ではなかったのだ。
時代的な流れとしてひとつ見逃せないのは、このアルバムの発売日にあたる1997年3月18日、エアロスミスの公式ウェブサイトがスタートしていることだ。同日にニューヨークのハマースタイン・ボールルームで開催されたアルバム発売記念パーティの模様はインターネット中継され、同サイトは開設からわずか24時間のあいだに50万ものアクセスを記録することになった。そして実際、『Nine Lives』は前作に続き見事に全米アルバム・チャートで1位を獲得している。
しかもこのアルバムの発表翌年にあたる1998年には映画『アルマゲドン』の主題歌として録音された「I Don’t Want To Miss A Thing」が空前の大ヒットに。この曲はエアロスミスに全米シングル・チャートでの初の首位獲得をもたらし(それまでは「Angel」の3位が自己最高記録だった)、彼らの名前はロック・ファンの領域を大きく超えた地点まで浸透していくことになった。ここ日本でもそれは同じことで、彼らは“あの映画の曲をやっているバンド”として、70年代はおろか80年代のエアロスミスさえ通過してこなかった世代にまで知られるようになったのだった。
そうしてバンドが肥大化していくにつれ、取材のハードルはどんどん高くなっていく。ただ、インターネットが普及しつつあったとはいえ、まだまだそれは音楽史上における情報拡散手段の主流にはなっていなかった。
2001年ボストンでの取材
私事で恐縮だが、僕は1998年の春にミュージック・ライフ誌の編集部から離れ、フリーランスになっている。だから2001年の『Just Push Play』当時には雑誌編集者ではなくフリーランスのライターとしてそのプロモーションに関わることになったのだが、同作の発売に先駆けて同年2月に彼らの地元であるボストンで取材した際の体験は、まさに当時の状況を裏付けるものだ。
2001年1月28日、エアロスミスはその年の『スーパーボウル』のハーフタイム・ショウに出演し、ブリトニー・スピアーズやイン・シンク、ネリー、メアリー・J・ブライジをゲストに招き入れながらのパフォーマンスを披露。その際には「新作アルバムからの先行シングル曲」として「Jaded」も演奏されている。
そして僕がボストンに飛んだのはその直後にあたる時期のことだった。もちろん僕だけがその場に赴いたわけではなく、取材者や媒体関係者、発売元の担当者など、ちょっとした団体旅行に匹敵するくらいの人数での渡航だった。
そして到着早々、スタジオに集められてその場で初めて『Just Push Play』の音源を試聴し、『スーパーボウル』でのパフォーマンスの録画映像を視聴し、その翌日にインタビューするという流れになっていた。取材場所となったホテルのフロアには世界各国からのプレスが集められ、メンバーはいくつかのチームに分かれて対応。しかも1本のインタビュー枠は確か20分だったように思う。
僕が質問を始めると同時にマネージメントの担当者がストップウォッチを押し、制限時間まぎわになると肩を叩きにやってくるという徹底ぶりだった。正直な話、あの時ほどスティーヴン・タイラーに対して「余計な話はいいから!」と思ったことはない。過去のインタビュー動画などを見て知っている読者もいるだろうが、彼は質問に回答しながら「そういえば今の言い回しはあの歌の歌詞にもあったな」みたいなことを言いながら突然歌い始めたりすることがある。この時にもそれと同じようなことが起きた。そのあいだもストップウォッチは刻々とゼロに向かいつつあるというのに。
そしてそのボストン出張から帰国後、僕はわずか20分間のインタビュー素材を基にしながら20本近くの記事を書き分けている。掲載先は音楽誌ばかりではなく一般情報誌、男性誌、店頭誌なども多かったが、その際にWEB用の記事を書いた記憶はない。まだ音楽専門誌、情報誌もたくさんあり、依然として紙媒体での情報拡散がプロモーションの王道だったのだ。
取材のハードルが高くなった中でのトムとの取材
以降も取材のハードルはどんどん高まっていき、2004年に『Honkin’ On Bobo』がリリースされた際には、いわゆる企画色の濃い作品ということもあってバンド側の取材対応がほぼ皆無という状況になっていた。その前年の夏にはKISSとのジョイントによる北米ツアーが実現しており、僕は幸運にもそのラスヴェガス公演を目撃しているが、その際もインタビューの機会には恵まれなかった。
そして2012年11月には、『Music From Another Dimension!』が登場している。この頃にはすでにWEB媒体でのプロモーション展開が当たり前になっていて、僕はトム・ハミルトンに電話インタビューを行ない、彼にアルバム収録曲の全曲解説をしてもらい、そこでの発言を小出しにしながらWEB上で記事を連載する、という形での記事作成をした。
このアルバムについては、70年代に彼らの作品を手掛けていたジャック・ダグラスが久しぶりにプロデューサーとして起用されている事実からも過去と関連付けながら評されることが多かったが、取材開始早々に僕が「これは過去のどんな時代のエアロスミスにも作り得なかった作品ではないかと思います」と告げると、トムは嬉しそうな反応を示し、次のように語っていた。
「今作をすでに聴いている人たちのほとんどは、70年代のエアロスミスに戻っているようだと言っている。確かにジャックと一緒に作っていることも含め、あの時代と関連性があることは間違いない。ただ、それだけではないんだ。80年代や90年代、そして2000年以降に自分たちがやってきた音楽からの影響もここには反映されている。だから俺は、このアルバムこそまさに自分たちのキャリアの集大成だと思っているし、このバンドが生きてきたすべての時代が網羅されたものになっていると感じているんだ」
このアルバムの発表当時、メンバーたちは異口同音に満足を語り、逆に『Just Push Play』についてネガティヴな発言をしがちな傾向にあった。『Just Push Play』ではプロトゥールスをはじめとする今日的なテクノロジーに精通したマーティ・フレデリクセンが制作チームに迎えられ、それまでのような「使用料の高い立派なスタジオを長期間押さえてのレコーディング」ではなく、きわめてコンパクトな制作環境で作業が進められていた。
そして同作完成当初、彼らはそうした手法について新鮮さを口にしていたが、「常にメンバー全員が同じ場所にいて、作品が完成に至るまでの過程を共にする」という往年からのやり方とは掛け離れていたこともあり、のちにジョー・ペリーの口からは「全員で一緒にプレイしてこそ最大の力を発揮するバンドなのに、制作時に5人が同じ部屋に揃っていたことが一度もなかった」といった発言もこぼれている。要するに「アルバムを作ったという気がしなかった」ということなのだろう。
それに対して『Music From Another Dimension!』はむしろ昔ながらのスタイルに近い形で制作されており、その意味では原点回帰的ともいえるのだが、トムの発言にもあるように、単純に70年代的な作品とは呼べないものになっているのは、その後のさまざまな時代の経験、反省といったものがこの作品に活かされているからだろう。
ただ、あくまで個人的見解ではあるが、『Just Push Play』がエアロスミスらしからぬ作品だとは、僕は少しも思っていない。むしろ、あらゆるものが盛り込まれていた『Nine Lives』よりもこのバンドの本質に忠実で、なおかつそれがアップデートされた作品だったと考えている。
ライブ・バンド・エアロスミス
さて、冒頭にも記したように、こうした4枚のスタジオ作品に続いて、11月には彼らの歴史を彩ってきたライヴ・アルバム5作品がリイシューされている。これらの作品についてはまさに「聴けばわかる!」としか言いようがないのだが、今になって改めて触れてみると、初めて聴いた頃の興奮が蘇ってくると同時に、時間経過を経ているからこその印象変化も少なからず感じさせられる。
たとえば『Live! Bootleg』(1978年)を高校時代にリアルタイムで手に入れた当時には、むしろチープなその音質について「タイトルどおり、本当にブートレッグみたいだな」と感じさせられたものだが、今やその生々しさには当時以上に興奮させられる。程好いバランスで整えられた音にはもたらし得ないスリルがここには詰まっているのだ。
また、80年代の復活劇以降の人気再燃に乗じて登場したアイテムという印象も強かった『Classics Live』(1986年)、『Classics Live Ⅱ』(1987年)についても、コンパクトさのなかに味わい深さがある。ライヴ・ベストと呼ぶに相応しい『A Little South Of Sanity』(1998年)の濃密すぎる内容には眩暈をおぼえるほどだし、怪物バンドとしてのスケール感が伝わってくる。
そして逆に、『Rockin’ The Joint』(2005年)には成熟しきったバンドのリアルな姿が誇張なく収められていて、2000年代の彼らの姿を70年代的な手法で伝えてくれるかのような趣がある。
さて、2025年はこうして全20作品の新たなリイシューを経てきたわけだが、そんなさなか、エアロスミスからは新たな作品も届けられることになった。言うまでもなくヤングブラッドとのコラボによる新作EP『One More Time』のことである。
そしてこの作品は全米アルバム・チャートに9位での初登場を果たし、エアロスミスは70年代から2020年代に至るまでの6つのディケイドすべてにおいてトップ10入りを果たすという偉業を成し遂げることになった。これはザ・ローリング・ストーンズに続いて史上二番目の快挙である。
すでにエアロスミスはツアー活動からの引退を宣言しているだけに、彼らの未来にあれこれと期待することには無理があるかもしれない。ただ、今回のヤングブラッドとの共演が引き起こした化学反応の大きさ、去る7月に『Back to the Beginning』に出演した際のスティーヴンのパフォーマンスの素晴らしさなどについて考えるたび、思いがけない形でこの先の物語が綴られていくことになるのではないかとも思えてくる。
こうして本稿を書いている今は、改めてこのバンドの長い歴史と向き合いながら、そうした自分勝手な期待感を膨らませている次第である。
Written By 増田 勇一
ミニLP仕様CD復刻シリーズ全20タイトル
約13年ぶりエアロスミスの新曲
エアロスミス&ヤングブラッド『ONE MORE TIME』
2025年11月17日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music
- エアロスミス アーティストページ
- エアロスミスとヤングブラッドコラボEP『One More Time』を11/21発売
- ツアーからの引退を表明したエアロスミス:奇跡的な生命力を信じたい
- 『アルマゲドン』主題歌:バンド初の全米1位になった曲の当時の反応を振り返る
- エアロスミスのベスト・ソング20





















