ナイン・インチ・ネイルズの新たな挑戦 -『トロン:アレス』のサントラは映画音楽を変えるのか

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ナイン・インチ・ネイルズ(Nine Inch Nails)が音楽を担当した新作映画『トロン:アレス』(Tron: Ares)のサウンドトラックが、2025年9月19日に発売された(国内盤CDは10月1日発売)。

2025年10月10日に日米で同時公開されるこの映画のサントラ、そしてナイン・インチ・ネイルズについて、鈴木喜之さんによる解説を掲載。

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「『トロン:アレス』は、レズナーとロスがバンド名義で初めて手がけた映画音楽だ。これは事件だ。比喩的にも おそらくは文字通りの意味でも 地殻変動を引き起こすような出来事だ」
(Empire誌)

トロン・シリーズ最新作『トロン:アレス』に関する情報が公開となり、その音楽を「ナイン・インチ・ネイルズ」が担当することがアナウンスされると、世界中のメディアがザワつく空気が伝わってきた。

いうまでもなく、ナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)とは、鬼才トレント・レズナーが1988年にスタートさせたバンドであり、優秀なライヴ・メンバーを参加させつつも実質的にはトレントのソロ・プロジェクトであり、これまでに数々の傑作アルバムをリリースし高評価を得てきた、オルタナティヴ・ロック・シーンを代表する存在である。

 

トレント・レズナーとアティカス・ロスによる映画音楽

そんなNINに、2005年頃からレコーディング・スタッフの立場で関わってきたアティカス・ロスが、正式に2人目のメンバーとして迎えられたのが、2016年のこと。その間にトレントとアティカスは、デヴィッド・フィンチャー監督の映画『ソーシャル・ネットワーク』(2010)でサウンドトラックを手がけ、アカデミー賞の作曲賞を受賞。

その後も、名作・話題作と呼ばれる映画のスコアを数多く引き受けてきている。初のピクサー作品での仕事『ソウルフル・ワールド』(2020)では、アカデミー賞やゴールデングローブ賞をはじめ、様々なアワードのベスト・スコア部門を総ナメにしたことも未だ記憶に新しい。

『ソーシャル・ネットワーク』以降、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011)、『ゴーン・ガール』(2014)、『Mank/マンク』(2020)、『ザ・キラー』(2023)と、すでにデヴィッド・フィンチャー監督とは切っても切れない関係性を築き、さらに近年では、ルカ・グァダニーノ監督作品についても『ボーンズ・アンド・オール』(2022)、『チャレンジャーズ』(2024)、『クィア/QUEER』(2024)、そして『After the Hunt』(2025)と、これまた連続で重要な役割を担っている。

 

ナイン・インチ・ネイルズでの映画音楽

そんなトレントとアティカスが、これまでのように連名ではなく、初めて「ナイン・インチ・ネイルズ」という看板のもとに作り上げた映画音楽が、この『トロン:アレス』だ。本作は、実質的に同じ2人の人間が作った音楽ではあるものの、サントラであるのと同時に、ロックの殿堂入りも果たした大御所ロック・バンドの最新アルバムでもある。

もともと『トロン』シリーズのファンだったというトレントは、『ソウルフル・ワールド』制作時に知り合ったウォルト・ディズニー・ミュージックの社長トム・マクドゥーガルから、『トロン:アレス』のサントラをオファーされ、即答で快諾。さらにマクドゥーガルは「クレジットはトレント&アティカスじゃなくて、ナイン・インチ・ネイルズでどうか?」と訊いてきたという。そしてトレントは、その提案を受けることにした。

予想外のアイディアに乗れたのは、バンドで鳴らす音楽と、映画のために作る音楽の境界について、かなり以前からトレントが考え無しではなかったからだろう。2014年に筆者がインタビューした時、以下のようなやり取りがあったことを覚えている。

── 昨夜のライヴでは、映画『ソーシャル・ネットワーク』のサウンドトラックから「Hand Covers Bruise」が演奏されましたね。今後は、サントラ用にトレント・レズナー&アティカス・ロス名義で提供した曲とナイン・インチ・ネイルズとしての作品との境界は薄くなっていくかもしれないという予感を持っていますか?

トレント・レズナー「おそらくそうなるだろうね。最初はそれぞれ違う容器に入れて区別するつもりだった。ただ、実際どれも俺が手がけたものであり、繫がりがある感覚は持っている。だから、境界線は少し薄まっていくだろう。今夜もNINとは別名義で出した曲をやろうと考えてるんだけど、そういう柔軟性があってもいいと思っている。(中略)やったら面白いんじゃないかと思ったんだ。『ソーシャル・ネットワーク』用に書いた曲をNINでやったのは昨日が初めてだよ」

 

『トロン:アレス』でのアプローチ方法

『トロン:アレス』の創作作業に取り掛かるにあたり、これは「ナイン・インチ・ネイルズの」スコアだという点を強く意識すると、アプローチの仕方にそれまでとは異なる感覚が加わったという。それなりのプレッシャーがかかるプロセスでもあったようで、アティカスは、以前のサントラ仕事より不眠気味の日々を過ごしたりしたらしいが、実際に完成したアルバムを聴いてもらえれば、2人が見事にやり遂げてみせたことがわかるだろう。

トレントは『Empire』誌の取材に、こう明言している。

“You’ll be able to put on the record and listen to it thinking it’s a Nine Inch Nails album,” “It feels like a Nine Inch Nails album that is also Tron.”
レコードをかけて聴けばまるでナイン・インチ・ネイルズのアルバムかと思うだろう。これはNINのアルバムでありながら同時にトロンでもあると感じられる

ともあれ、『トロン:アレス』オリジナル・サウンドトラックは、エレクトロニック・サウンドで作り上げられたアルバムとなった。前作『トロン:レガシー』でサントラを担当したダフト・パンクが、オーケストラの導入を決断したのとは対照的だ。

また、先行シングル「As Alive as You Need Me to Be」をはじめ、「I Know You Can Feel It」、「Who Wants to Live Forever?」(※スペインのシンガーソングライターであるJudelineをフィーチャー)、「Shadow Over Me」と、ヴォーカルをフィーチャーしたトラックも4曲ある。これまでのサントラでも、主題歌的な位置付けで、ヴォーカル曲(『チャレンジャーズ』の「Compress / Repress」や『ボーン・アンド・オール』の「(You Made It Feel Like) Home」など)はあったが、その割合が若干増している。

加えて、同じようにエレクトロニック色が濃かった『チャレンジャーズ』のサントラ・アルバムが、途中でブツ切りになったり「映画の素材のまま」という印象を与えるものだった(そのためか、このサントラにはボーイズ・ノイズによるミックス・アルバムも制作されている)のに対し、『トロン:アレス』の収録曲は、より一般的な楽曲として仕上がっていると感じる。

それでもなお、インストゥルメンタルの割合が多いと思う人もいるかもしれない。だが、NINは過去に全曲インストのアルバム『Ghosts I-IV』(2008)が絶賛され、2020年には続編の『Ghosts V: Together』と『Ghosts VI: Locusts』も発表していることを知るファンにとっては、それほどイレギュラーではないと受け止められるはずだ。

さらに言うと、NINはオリジナル・アルバムに対応するリミックス作品集を定期的に発表しており、その辺りを把握しているNINリスナーが本作を聴いた時には、「Infiltrator」と「Target Identified」は「As Alive as You Need Me to Be」のリミックス・ヴァージョンと解釈されるのではないだろうか。

本作の1曲目と最終曲のように、映画音楽では、特定のテーマを別パターンで流用する「変奏」は珍しくないことだが、それをリミックスという自らが得意とする手法にて対応したと捉えることもできる。つまり、普通のロック・バンドの枠には留まらない表現領域へと切り込み続けたNINの活動実績が存分に生かされ、あたかも集大成的に機能しているようにさえ思えてくるのだ。

 

劇中で演出を担う初のオリジナル・アルバム

歴史を振り返ってみれば、劇中で流れるロックやポップスを(時には流れないものまで)並べて「サウンドトラック」を称するようなアルバムも過去にはたくさんあった。しかし、実際に劇伴として機能する音楽は、それとは別個に用意されていたりして、厳密な意味でのサントラとは乖離した内容のものがほとんどだったと思う。例えば、『バットマン』(1989)には、プリンスの作ったオリジナル・アルバムとは別に、ダニー・エルフマンによるスコアもあって、2種類のサントラが存在したりした。

筆者は現時点で『トロン:アレス』の本編を見ていないので鑑賞後に追記するつもりだが、おそらく、特定のアーティストによるオリジナル・アルバムが、そのまま劇中で演出を担う役割を普通に果たしている、映画音楽史上でも初の作品になっているのではないかと思う。

この11月にはトレントとアティカスがオーガナイズする、FUTURE RUINSというイベントも開催される。ダニー・エルフマンやマーク・マザーズボーといった、ロック畑の出自を持つスコア作家の先達に、ジェフ・バーロウ、クエストラヴ、ジョン・カーペンター、ゴブリンといった強烈な面々を加え、さらに現在の映画音楽界で才能を発揮している多様なアーティストが一堂に会し、その音楽を映画と切り離してライヴで聴かせるという斬新な試みになるようだ。

90年代にロック・ミュージック、ひいてはポピュラー・ミュージックを革新したと言われるNINだが、今度は映画音楽の世界でも地殻変動を起こそうとしているのかもしれない。

もうひとつ付け加えておくと、この『トロン:アレス』オリジナル・サウンドトラックで達成したことが、現在進行中のNIN最新ツアー=Peel It Back Tourに大きな影響を与えた気配もうかがえる。今回のショウでは、フロアの中央にミニステージが設置され、サポートを務めるボーイズ・ノイズを参加させた形で、エレクトロニック・ビートがメインとなるセクションが設けられており、そのサウンド・ヴィジョンには本作に通じるものが感じられるのだ。公式SNSなどを通じて断片的なライヴ動画を見ただけでも、「Closer」や「Came Back Haunted」といったナンバーが、更新されたビートを獲得した様子が伝わってきて非常に興味深い。

最新のニュースでは、どうやらその形態(ナイン・インチ・ノイズ!)で2026年のコーチェラ・フェスティバルに出演することも決定したようだ。その頃には、来日決定の報も聞こえてくることを心から願う。

Written By 鈴木喜之


ナイン・インチ・ネイルズ『TRON: ARES (Original Motion Picture Soundtrack)』
2025年9月19日発売
CD&LP /  iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music


映画『トロン:アレス』

劇場公開日:2025年10月10日
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

監督:ヨアヒム・ローニング (『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』、『マレフィセント2』)
キャスト:ジャレッド・レト (『スーサイド・スクワッド』)
公式サイト




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