ケンドリック・ラマー豪州ライブレポ:何かをより良いものに変えようとする真摯なアティテュード

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Photo: Gregory Shamus/Getty Images

2025年は、グラミー賞にて主要2部門を含む最多5部門受賞やスーパーボウル・ハーフタイムショーでの出演などで話題をさらったケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)。その彼が4月から実施しているワールドツアー「Grand National Tour」の一環としてオーストラリアにて、フェス「Spilt Milk」に出演した。このライブについて松永 尚久さんによるレポートを公開。

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豪州フェスのヘッドライナー

<世界で最もキレイで孤独な都市>と呼ばれ、市街地から離れると広大な自然や貴重な野生動物たちが生息する、オーストラリア・パース。音楽フェス「Spilt Milk」が開催された瞬間だけは、間違いなくそこは世界で最も興奮に満ちた街になったような気がする。そのヘッドライナーを飾ったのが、ケンドリック・ラマーである。

2025年は、2月に第59回スーパーボウルのハーフタイムショーでヘッドライナーを務め、全世界で1億3,000万以上の視聴数を獲得。その後、2024年にリリースされたアルバム『GNX』を携え、シザとともにグランド・ナショナル・ツアーを敢行。年内の最終地として、オーストラリアで公演するなかにおいての、本フェス出演となる。

登場前はドーチーが豪華なセットでオーディエンスを魅了したが、終演すると瞬く間にそれらは撤収。ステージ上には、何の装飾もないシンプルなステージになる。さまざまな要素を交えてエンタテインメントを魅せるドーチーも素晴らしい(特に日本のように言葉の意味、背景などをよく理解していない人にとってはわかりやすい)が、逆にケンドリックはマイクひとつで芸術を表現しようとする姿勢を感じた。筆者は、ドーチーで盛り上がりすぎてしまい、ひと休みしようと思い、前方を離れたのが大失敗。戻ろうとしても、その隙間が見当たらないほどの人で埋め尽くされており、結局後方から全体を俯瞰で観ることに。

 

ステージへの登場

そして、開演時間から5分程度早くステージが暗転。スクリーンに「昨日、誰かが私の壁画を破壊した(Yesterday, Somebody Wacced Out My Murals)」という文字が映し出される。モノクロームな雰囲気に包まれるなか、ケンドリックが<壁を破壊して>登場。すると会場からは、興奮の歓声があがるというよりも、この貴重な時間を聴き逃すまいという緊張・ワクワク感が強く伝わる雰囲気に。

一缶(350ml) 1500円以上もするビールをバキュームのようにがぶ飲みして大騒ぎしていた酔っぱらいたちも静観する様子のなか、最新アルバムに収録の「wacced out murals」のスペイン語のヴォーカルが響きわたると、会場はさらに荘厳な空気に包まれ、ケンドリックが語りかけるようにフローを響かせる。そしてサビで<自分の人生は自分で決める。他人の指図など受けない>というメッセージからは、自身の信じる世界をこのステージで表現するという強い決意を感じさせたと同時に、それを体感できる特別な高揚がジワジワ上昇した。

そして、「squabble up」や「tv off」といった最新作からのシングル曲を立て続けにパフォーマンス。モノクロームの映像や複数のバック・ダンサー、さらに炎や花火を惜しみなく駆使し、ゴージャスでありながらも、自身から滲みでるのであろう<品のよさ>を感じさせる演出になっていた。その品格で会場を魅了させるだけではなく、一体感をあおる場面も。

最新作からの「hey now」はもちろん、ヘヴィーなギターのイントロからスタートした「HUMBLE.」(2017年発表)では、<謙虚にしていろ、座っておけ>と伝えておきながらも、会場はそれとは真逆の現象。全員が思い思いのダンスをしながら、合唱していた(筆者は隣にいたグループの渦に巻き込まれる)。

続いて「Backseat Freestyle」(2012年)の印象的な<アリギンギン>のイントロが響くと、ヒップホップのステージでは珍しい一体感が生まれていたような気がする(筆者は隣の酔っぱらいと強制ハイタッチ)。さらに「Swimming Pools (Drank)」(2012年)で文字どおり酩酊状態にさせたあと、「m.A.A.d city」(2012年)においては、アニタ・ベイカーの名曲「Sweet Love」(1986年)をサンプリングし、女性ダンサーを交えて官能的な雰囲気へと変える。

その後、「Alright」(2015年)や「Bitch, Don’t Kill My Vibe」(2012年)などで会場をさらに盛り上げると、ステージはついにクライマックスに。

スクリーンには、シザが映しだされ、もしかしてサプライズ登場!?という仄かな期待もあったが、残念ながらそれはなく、米ビルボード・チャートで13週1位を獲得した「luther」(2024年)をパフォーマンス。途中の<ファ>の部分での大合唱を交えながら、この場所・楽曲でしか生まれないはずの柔らかな愛のヴァイブに包まれた瞬間になった。

その流麗な時間を経て、ケンドリックは「みんなといい時間を過ごすことができた」と感謝を伝え、ラストに最新作から「tv off (part2)」と「not like us」を披露。この日1番の花火が打ち上げられて、スクリーンには「Fin」の文字が映し出される。

基本的に、ケンドリックからのMCは少なく(途中で「パースはとても好きな場所」という発言や、インタールードでインタビュー映像が流れる場面などがあったが)、自身のマイク・フローだけで展開した1時間超えのステージ。筆者は英語圏で生活した経験がないので、なかなかそのすべてを理解することはできないが、音楽で何かをより良いものに変えようとする真摯なアティテュードが強く伝わってきたステージだったと思う。きっと、それは会場にいるすべてのオーディエンスに伝わっていたに違いない。

しかし、フェス自体はコンパクトで非常に楽しみやすい内容だったものの、終演後の会場内は、日常の鬱憤をここですべて晴らしたかのように、スピルト(Spilt/吐きだ)されたさまざまなものが散乱した風景が広がる。<世界で一番美しい都市>のはずなのに、何本のビール缶を踏み潰し、紙コップがスニーカーにはまったことか。それらを自主的に集める素晴らしい人々もいたが、こういうところは日本のフェスや生活環境の素晴らしさを改めて感じられた瞬間である。

ケンドリックも言葉の壁を乗り越えて、ぜひライヴを通じて日本の美しさを感じてほしいものであるが。

Written by 松永 尚久


ケンドリック・ラマ―『GNX』
2024年11月22日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music


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