アナログ・レコードの“ブーム”の今、読みたい漫画『レコード大好き小学生カケル』

Published on

レコード・ブームが叫ばれる中、注目を浴びている漫画『レコード大好き小学生カケル』(おおひなたごう)をご紹介。

<関連記事>
漫画『気になってる人が男じゃなかった』レビュー
USアナログ盤と新ドキュメンタリー映画『ビートルズ’64』
どのようにしてビートルズの『Sgt. Pepper’s』は音楽史を変えたのか?


 

盛り上がるアナログ・レコード市場

アナログ・レコードのブームが注目されて久しいことは、音楽ファンの皆さんならご存じだろう。 日本レコード協会が発表している「過去10年間 オーディオレコード アナログディスク生産実績」を見ると、コロナ禍の2020年を除き、毎年洋楽・邦楽ともに前年比110~190%の成長を示している。

このブームを受けて、レコード専門ショップである「HMV record shop 心斎橋」が2024年3月に、「HMV record shop 新宿」が2025年3月にオープン。また、タワーレコード渋谷店では6階フロアをレコードに特化した『TOWER VINYL SHIBUYA』として強化しており、日本人客だけでなく訪日外国人にも人気で、さながら観光地のような賑わいを見せている。

このブームの理由として、まずは供給側の要因が挙げられる。世界の音楽業界をリードするアメリカで先行していたレコード・ブームにより、大物アーティストの最新作がレコードでもリリースされたり、過去の名盤が再プレスされたりして、輸入盤の日本国内流通量が増加した。さらに、1万円もしないスピーカー内蔵型レコード・プレーヤーが多く発売され、レコードを聴くための敷居が下がったことも大きな要因だろう。

もちろん、消費者側の需要の高まりも欠かせない。これまでストリーミングで聴いていた若年層が“暖かみ”のある音を求めて購入するケース、ファンダムの強いアーティストがグッズの延長として販売するケース、そして昔聴いていたアルバムを改めて買い直す音楽歴の長いファンなど、複合的な要因が絡み合ってブームが形成されていると予想される。

しかし、このブームを冷静に見ると、日本全体のフィジカル売上においてアナログレコードが占める割合は、総数のわずか3%、売上枚数にして約300万枚に過ぎないという実態もある(日本レコード協会調べ)。この数字は新譜のみの集計であり、CDよりも中古盤の需要が高いレコードの特性を加味しても、国民的なブームというにはまだ早いであろう。

 

初めて針を落とす時

少し話は変わるが、筆者は今年、都内の中学や高校で、出張授業としてレコードの歴史を伝える機会を何度かいただいた。授業では、音楽の聴き方がどのように変化してきたか、その中でアナログ・レコードの発明がどのような文化的インパクトを持ったかを伝えることを主眼に置き、その一環として実際にレコードで音楽を聴くワークショップも取り入れた。

生徒たちには班に分かれて自らの手でレコードに針を落とすという体験もしてもらったのだが、35名ほどの教室で、これまでにレコードを触ったことがある生徒は1人いるかいないか、いたとしても「家族が聴いているのを見たことがある」という程度だった。そんな彼ら彼女らが、おそるおそる針を落とし、実際に音が流れる瞬間を目の当たりにすると、生徒たちは皆、本当に目を輝かせていた。スマートフォンやパソコン、CDから流れる音とは違い、まさにモノ(フィジカル)から音が出ることへの驚きと、同時にその音がいつも聴いているものとは明らかに何かが違うことを肌で感じ取っていたようだ。10代の若者にとって、音楽を「聴く」という行為が、特別な「体験」になったのだろう。授業後に書いてもらったアンケートでも非常に好評をいただいた。

 

レコードあるあると音楽愛にあふれた漫画

前置きが長くなったが、今回はそんなまだまだ広がる可能性があるレコード・ブームの今にぴったりの漫画を紹介したい。そこには、小学生がレコードを好きになり、音楽を「聴く」ことを通り越して「体験」する様子を刺激的に描きつつ、小学生たちがレコードを通して友情を確かめ合い、大人と交流していく姿も描かれ、レコード愛好家なら思わず頷く「あるある」やそれ以外のギャグも満載の作品だ。

その漫画のタイトルは『レコード大好き小学生カケル』。現在『月間コミックビーム』にて連載中で、単行本は3巻まで発行されている。作者は、アニメ化・ドラマ化もされた食べ方に焦点を当てたグルメ漫画『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』で知られる、おおひなたごう氏だ。

漫画の舞台は、ストリーミングで1億を超える楽曲が聴き放題の現代。主人公は、日本一のレコードショップを開くことを夢見る小学6年生の少年、カケルだ。物語は、カケルがYouTubeで『笑点のテーマ』を聴きながらエアギターを弾いている姿を見た父親が、偶然その曲が収録されたレコードを所有していたことを思い出し、カケルに譲るところから始まり、初めてレコードで音楽を聴いたカケルは、「ゆで卵カッターで全身をスライスされたような」と表現されるほどの衝撃を受ける。

もちろんこれはギャグ漫画ならではの表現ではあるが、これが単なる誇張ではないことは、レコードを聴いたことがある方ならお分かりいただけるかもしれない。絵柄としてはグロテスクにも見える表現だが、その衝撃は読み手にダイレクトに伝わってくる。

これをきっかけに、カケルは小学生ながらレコードの世界にのめり込んでいく。学校でもレコード愛を隠さず、クラスのヒロイン的な存在の女の子から「今度レコード聴かせて」と言われ、レコード部まで作ろうとする。そんなカケルを快く思わないのが、まるで『ドラえもん』のジャイアンが大金持ちになったようなキャラクターのデス夫だ。

ある日、カケルがレコードショップでザ・ビートルズのアルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のUKオリジナル盤を眺めていると、そこにデス夫が現れる。99,000円という値札を見てため息をつくカケルに対し、デス夫は「貧乏人のカケルには到底買えまい」と挑発し、そのレコードをためらうことなく購入してしまう。そして、今までレコードを聴いたことがなかったデス夫が、初めて『Sgt. Pepper’s』に針を落とすのだが、そのシーンにこの漫画のエッセンスが凝縮されているといっても過言ではないだろう。

 

単なるギャグ漫画を超える物語

ほかにも、本作には多彩なエピソードが満載だ。古くは『おれがあいつであいつがおれで』や『パパとムスメの7日間』、近年の『君の名は。』まで数々の作品で描かれてきた「体が入れ替わる」設定を、独自のギャグとSF的解釈で2、3歩先に進めたエピソード。カケルを応援するレコード愛好家の先生とその家族の話。月夜にしかオープンしない謎のレコードショップ店主との交流などなど、それぞれが一本の映画になりそうな読み応えのある物語がいくつも描かれている。絵柄はギャグ漫画的なシンプルなタッチであり、全編にわたって「おおひなたごう印」のナンセンスギャグやレコードあるあるで包まれているが、その根底には音楽にまつわる感動がしっかりと流れている。

また、音が出ない漫画という媒体で、音楽をどのように表現するのかは作者の腕の見せ所である。特に本作では実在のアーティストや楽曲、アルバムを登場させているので、作者にはプレッシャーがかかる部分だと思われる。しかし、例えば『Sonny Rollins, Vol. 2』でのセロニアス・モンクのピアノの表現や、エルヴィス・プレスリーとアーサー・クルーダップをどう表現するのか、そして最高級のプレーヤーでザ・ビートルズの『Please Please Me』を聴いたときなど、それぞれが違ったベクトルの絵でそのサウンドが昇華されている。

小学6年生という思春期の入り口でレコードに出会ったカケルとその仲間たちがどうなっていくのか。その純粋さとレコードが起こす化学反応を絶妙なギャグでコーティングした『レコード大好き小学生カケル』は、レコード・ブームと言われる今だからそこ、すべての音楽ファン、そして実際の小学生や中高生にもおすすめしたい一冊だ。

Written By uDiscover Team


 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了