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ホールジー、最新作『If I Can’t Have Love, I Want Power』解説:妊娠の喜びと恐怖を歌う芸術作

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Photo: Capitol Records/IMAX

2021年8月27日に発売されたホールジー(Halsey)の4作目となるニュー・アルバム『If I Can’t Have Love, I Want Power』。このアルバムについて、様々なメディアに寄稿されている辰巳JUNKさんに解説いただきました。

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【和訳】Halsey – I am not a woman, I'm a god / ホールジー – アイム・ノット・ア・ウーマン、アイム・ア・ゴッド

 

挑戦的な”ロック”アルバム

「愛が得られないなら、力が欲しい」。4thアルバム『If I Can’t Have Love, I Want Power』のタイトルは、そのままホールジーの人生のモットーだったという。恋愛できないなら仕事をする。対人関係で愛されないのならインターネットで何百万人から愛をもらったり、他の場所で注目を浴びればいい……こうした「Aが駄目ならBを選ぶ」オルタナティブ精神は、音楽キャリアにも生きている。

なにせ、「男の世界」だったパンクロックコミュニティに見切りをつけて「女性が安全に受け入れられる」ポップフィールドに移行したことで成功した出自なのだから前作『Manic』期には、そうした生き方から編み出された折衷的ポップサウンドを一端に「わかりにくい存在」として紹介したわけだが、今回のアルバムでは、余計わかりにくくなったかもしれない。

かのテイラー・スウィフトをして「その芸術性とリスクテイクに圧倒された」「私たちまるごと勇敢な新時代に吹き飛ばしてくれる」と言わしめたように、ホールジーの4thアルバム『If I Can’t Have Love, I Want Power』はチャレンジングな一作だ。

まず、音楽業界の慣例となっている先行シングルカットを行わない、アルバム丸々一本勝負に出た。ナイン・インチ・ネイルズ(以下「NIN」)のトレント・レズナーとその盟友アティカス・ロスによるプロデュースも話題を呼び、既存ファン層を超えるかたちでロックアルバムとしての期待も集めていった。加えて、フー・ファイターズのデイヴ・グロール、フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムも客演参加している。加えて、フー・ファイターズのデイヴ・グロール、フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムも客演参加している。さらに、自身の妊娠、出産経験をもとに、キリスト教的な女性像、ホラー、ゴシックファンタジーをモチーフとするコンセプトアルバムときたものだから、前情報からして難解そうなオーラを放っている。

しかしながら「ロックへの大転換」と予想された『If I Can’t Have Love, I Want Power』を聴いてみると、ホールジーのアルバムとしか言いようがない仕上がりになっている。インディポップデュオAly&AJが「最高にクールなポップ」と評したように、ときにポップネスも備えるこのレコードは、むしろ原点回帰とも言えるかもしれない。

 

原点を強化し拡張した到達点

まず大きいのは、インダストリアルロックバンドNINとして知られるプロデューサー、トレント・レズナーだ。そもそもホールジーには、デビューアルバム『Badlands』時点で「NIN流のインダストリアルポップ」を志向していたものの「勇気と経験」が足りず不完全燃焼に終わった経験がある。挑戦の片鱗は、十二分に「インダストリアルポップ」と言えそうな同作のオープニングトラック「Castle」からもうかがえるだろう。その後7年間「勇気と経験」を積んで成熟したシンガーソングライターが、憧れのヒーローとともに己の原点を強化し拡張した到達点こそ『If I Can’t Have Love, I Want Power』のロックサウンドなのだ。

Halsey – Castle

もう一つの原点の拡張に、同名のIMAX映画(日本未公開)まで制作されたコンセプトアルバムということがある。3rd『Manic』では意識的に離れていたといえ、元々ホールジーはパーソナルな体験と感情を内包したシネマスティックな世界観を築きあげてファンを惹きつけたアーティストだ。1st『Badlands』ではディストピア社会、2nd『Hopeless Fountain Kingdom』は『ロミオとジュリエット』およびシェイクスピア作品に基づいた世界観が形成されている。

何が歌われているのか?

『If I Can’t Have Love, I Want Power』のコンセプトを探求してみよう。まず、今回もやはり、アーティスト当人が語った「女性アーティスト」としての体験が色濃く影響している。大きな出来事となったのは、26歳となった2020年末の妊娠発覚、そして翌年初旬にそれを発表したことで「まだ若いのに」「キャリアはどうするのか」とバッシングに見舞われたことだという。この数ヶ月間の人生の旅路、感情をもとに「妊娠の喜びと恐怖」のテーマが打ち立てられた。

アルバム前半で際立つのは、女性に対して「性的な存在」か「母親的な存在」どちらかを求める社会の重圧だ。こうした傾向は「聖母と娼婦の二項対立」として古来から今日まで存在するとして、クラシックなキリスト教およびゴシックファンタジーのモチーフが機能している。たとえば、オープニングトラック「The Tradition」は「わずかな金額で買われる孤独な娼婦」が大金で買われて王冠を被ろうと過酷な環境におかれる無情を描き、それが「伝統」だと歌う……捉えようによっては、いくらキャリアを積もうと「女性アーティスト」として「聖母」か「娼婦」のイメージを求められつづけるホールジーの立場でもあるのかもしれない。

Halsey – The Tradition (Lyric Video)

 

妊娠の恐怖をホラーとして歌う

妊娠によって性別二元論的視点から更に離れたと語ったクィアアーティストたるホールジーが「『If I Can’t Have Love, I Want Power』はガールズパワー・アルバムではない」と念押ししていることも重要だ。

「このアルバムにガールズパワーはありません。女性であること、母親であること、女性らしさを語るときはいつだって苦い気分になっています。”go be a big girl”、”a girl is a gun”(といったリリック)を口にするときは、いつだって血の味を噛み締めてるのです」

例えるなら、血反吐を吐くかのように「女性」像にまつわる事象や体験を描くアーティストこそ、ホールジーなのかもしれない。その業火のような苦しみを主題の一つに据えた本作にインダストリアルサウンドが採用されたことは理にかなっているだろう。

同時に、その不穏な音は、妊娠の恐怖をも際立たせる。出産を祝福として描く音楽スターが多いなか、あえてホラーテーマをとったことについて、ホールジーは語る。

「このアルバムがホラーテーマをとった理由は、妊娠の経験が、ある面ではホラーなためです。私が母親になることを長らく望んでいたと知ってる人たちは、感謝に満ちたアルバムを書くと思っていたでしょう。だけど、私はこんな感じでした……『違う、本当に怖くて、恐ろしい。自分の身体が変容してなにもコントロールできなくなる』。妊娠は、ある女性にとって夢であり、ある人にとっては悪夢なのです。そのことを誰も語っていませんでした」

この体験と視点にもとづくホラー表現は、早くも妊娠を経験した人々から共振を得ている。もちろん、本作が「喜びと恐怖」をテーマに掲げているように、妊娠と出産の暗い面だけが描かれてるわけではないし、アルバム全体がダークテイストに満ちているわけではない。アルバム後半に入る「Darling」では「あなただけが生きる喜びを教えてくれた」と歌われるが、これは自身の子どもに宛てた詩ともとれる。つづいて、妊娠を知った日にちを冠した「1121」でも、恐怖に苛まれがら「あなたに心を捧げてもいい」と愛を提示している。その後も、ワイルドな女性なロマンスをつづる「Honey」や自己破壊的な精神状態を描く「Whispers」など、ホールジー作品らしく一本調子にはいかない物語が展開されるが、最終的に行き着くのは静かなる「Ya’aburnee」だ。「あなたが私を埋葬する」ニュアンスを意味するアラビア語レバノン方言が題されたこの曲では「私があなたを埋葬する前に、あなたが私を埋葬して」という、切なる願いが告白のように響いていく。

Halsey – Ya'aburnee (Lyric Video)

「愛が得られないなら、力が欲しい」というタイトルにしても、不動の哲学というわけではなさそうだ。これまでの彼女の人生観であることは冒頭に記した通りだが、作中の物語としては「そうした考えで生きてきたなか、人生を通して愛を捧ぐべき赤ん坊が舞い降りたらどうなるのか?」という、人生を揺るがす問いかけとしても機能している。人生が大きく変わった数ヶ月をコンセプチュアルに表現した『If I Can’t Have Love, I Want Power』はまだまだ考える余地がある作品であるし、新たな情報が提供されるかもしれない。ただ、ひとまず、問いかけの結論は出ているようだ。ホールジーはこう語っている。

「アルバムを最後まで聴けば、私が愛を選んだとわかるはずです」

Written By 辰巳JUNK



ホールジー『If I Can’t Have Love, I Want Power』

2021年8月27日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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