過去に例がないイレギュラーな大会:今年のユーロビジョン・ソング・コンテストの見どころと出演者

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毎年ヨーロッパ各国を代表するミュージシャンたちがパフォーマンスを披露して、1位を決めるユーロビジョン・ソング・コンテスト(Eurovision Song Contest)。世界中で毎年何億人もの視聴者が見守り、65年以上の歴史を持ち、ABBAやセリーヌ・ディオン、マネスキンといった世界的スターたちもここがきっかけでその人気を爆発させている。

そんな伝統的な大会の今年、2023年の見どころや注目出演者について、音楽ライターの新谷洋子さんに解説いただきました。

準決勝(前半、後半)と決勝戦はともにYouTubeにて生配信予定です。

準決勝前半 First Semi-Final:日本時間 5月10日(水)午前4時~
準決勝後半 Second Semi-Final:日本時間 5月12日(金)午前4時~
決勝戦 Grand Final:日本時間 5月14日(日)午前4時~

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今年は過去に例がないイレギュラーな大会

今年もいよいよあの季節が巡ってきた。

そう、5月と言えばユーロヴィジョン・ソング・コンテストの季節である。正確には5月9日に始まる今年の第67回リヴァプール大会は、紛争によって開催地が変わるという、ユーロヴィジョンの70年近い歴史において過去に例がないイレギュラーな大会であるがゆえに、注目度も非常に高い。

そもそもユーロヴィジョンは前年の優勝者の出身国で開催されるのが慣例で、昨年のトリノ大会で優勝したのはご存知、ウクライナのカルーシュ・オーケストラ(エントリー曲「Stefania」)だった。ロシアによる侵攻が始まって3カ月が経っていた当時、もちろんウクライナ国内での開催が検討されたものの、戦闘の激化を受けて断念。代わりに「Space Man」で準優勝したサム・ライダーの故郷、英国で開かれることになった。

思えば英国が前回ユーロヴィジョンの開催国となったのは1998年のこと。1997年ダブリン大会でのカトリーナ・アンド・ザ・ウェイヴスの優勝を受けてバーミンガムで開かれたのだが、その後の長いスランプで国民の関心はすっかり薄れていたという。そんな白けたムードを一変させたのがサム・ライダーの快挙であり、俄然ユーロヴィジョン熱が呼び覚まされたようで、昨年末に登場した彼のデビュー・アルバム『There’s Nothing But Space, Man!』は全英ナンバーワンを獲得する一方、開催地として20都市が立候補。のちに7つの街に絞られ、最終的に会場のクオリティなど様々な条件を満たしたリヴァプールが選ばれた。

 

ウクライナの代役となった開催地リヴァプール

以来、10万ともされる関係者・旅行者を迎えるべく着々と祭の準備が進められ、まずは4月26日にチャールズ国王の臨席のもとに、会場のリヴァプール・アリーナに設営されたステージをお披露目。5月5日にファンのミーティング・ポイントとなるユーロヴィジョン・ヴィレッジがオープンし、7日にキックオフ・イベント“Big Eurovision Welcome”が行なわれ(2014年コペンハーゲン大会で優勝したコンチータほかユーロヴィジョンOBに加えて、地元からはライトニング・シーズや、オリジナル・メンバーでこの日のためだけに復活するフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドが出演予定)、9日と11日に予選、13日に計26組が出場するファイナル(英・仏・伊・独・西の5つのシード国とウクライナは自動的にファイナルに進む)が控える。

ほかにもこの間、クラブイベントからコメディやドラァグ・ショウ、展覧会、ユーロヴィジョンを題材にした新作ミュージカルの上演に至るまで多数の催しがラインナップされ、特別仕様の市バスとトラム(路面電車)が走り、町はユーロヴィジョン一色になる。

とはいえリヴァプールはあくまで代役であり、関連記事には必ず“on behalf of Ukraine(ウクライナに代わって)”と添えられているように、可能な限りウクライナとの“共催”を意識していることが随所から伺える。

例えば、大会のテーマは“UNITED BY MUSIC(音楽で結ばれる)”。ロゴにはユニオンジャックではなくウクライナの国旗があしらわれ、英国で避難生活を送るウクライナ人3千人が招待されるとか。

司会者についても、グレアム・ノートン(自身の名前を冠した大人気トーク番組のホスト)、アリーシャ・ディクソン(ガールズ・グループのミスティークを経てソロ・アーティスト兼TVパーソナリティに)、ハナ・ワディンガム(ミュージカルからTVドラマまで広く活躍する俳優)に、ウクライナで絶大な人気を誇るハードロック・バンド=ザ・ハードキスのヴォーカリストであるユリア・サニナが加わる。

また、ファイナルでは昨年優勝者カルーシュ・オーケストラが登場するほか、ジャマラ(2016年ストックホルム大会で優勝。エントリー曲はクリミア・タタール人の悲劇的体験を題材にした「1944」だった)やヴェルカ・セルデューチカ(2007年ヘルシンキ大会で準優勝したドラァグ・アクト/コメディアン)ら歴代のウクライナ代表たちによるスペシャル・パフォーマンスが企画されるなど、多数のウクライナ人アーティストがゲスト出演。

面白いところでは、ユーロヴィジョン・ヴィレッジの傍に立つザ・ビートルズのブロンズ像までもがウクライナの民族衣装をまとっているそうで、会場の内外でウクライナに寄り添うメッセージが発信されるとみられる。

そんなわけで、当然ながらロシアは昨年に引き続き出場資格をはく奪され、ほかにも北マケドニア、ブルガリア、モンテネグロがコストを理由に参加を見送ったことで、エントリー国は近年では比較的に少ない37カ国に留まった。しかし、国民的スター(イタリアのマルコ・メンゴーニ)から新人(6歳のギリシャ代表ヴィクター・ヴァーニコス)までリヴァプールに集う各国代表のキャラの濃さについては、今年も期待を裏切らない。まずは、全エントリー曲を聴いてみて筆者の印象に残った4組挙げておこう。

今年期待の出演者

1. レット3(クロアチア代表)

1組目はクロアチア代表のレット3(Let 3)。40年近い歴史を持つ彼らはアヴァンギャルドなライヴ・パフォーマンスに定評があるというバンドで、エントリー曲「Mama ŠČ!」はプログレッシヴにしてダンサブルなロック・オペラ。シュール極まりないPVを見れば、ロシアのプーチン大統領をおちょくる内容であることは明白だ。

 

2. カーリヤ(フィンランド代表)

続いて、音楽性のストレンジさではレット3に負けない、フィンランドのラッパー/シンガー=カーリヤ(Käärijä)も気になる存在。BBCニュースが「フィンランド版『江南スタイル』」と評したエントリー曲「Cha Cha Cha」は、エレクトロニック・ボディ・ミュージック×ヘヴィメタル×インダストリアル・ロック×ヒップホップというエクストリームなジャンルミックスを誇る。

 

3. ブランカ・パロマ(スペイン代表)

またアート性の高さでは、スペインの新人ブランカ・パロマ(Blanca Paloma)のミニマルなフラメンコ・ポップ「EAEA」がずば抜けていると言えよう。

 

4. ヴェズナ(チェコ代表)

そして4組目は、チェコ代表ながらメンバーにはブルガリア人とロシア人も擁するガールズ・バンドのヴェズナ(Vesna)。ずばり、スラヴィック・フェミニスト・ダンスパンクなエントリー曲「My Sister’s Crown」では、フォーキーな匂いがする美しいヴォーカル・ハーモニーで女性同士の団結を訴える。

https://www.youtube.com/watch?v=-y78qgDlzAM

 

他の注目アクトたち

そのヴェズナやレット3のほかにもメッセージ・ソングが普段より多いように感じるのは、やはり乱世だからなのか? 例えば「We Are One」と分かりやすいタイトルを掲げた、アイルランド代表のワイルド・ユースのエントリー曲は差異を越えた絆を称え(アイルランドに関しては、パブリック・イメージ・リミテッドが国内予選に挑んだものの出場が叶わなかったのが、少々残念ではある)、スイスのレモ・フォーラーも反戦歌「Watergun」で予選に臨む。

https://www.youtube.com/watch?v=ak5Fevs424Y

他方、地元ノルウェーで1位を獲得したアレッサンドラのトライバルなエレクトロ・バンガー「Queen of Kings」と、オーストリアの女性デュオ=テヤ・アンド・サリーナの「Who the Hell Is Edgar?」のテーマは、共に女性のエンパワーメント。後者は、エドガー・アラン・ポーの霊に憑依された女性を主人公にした歌詞に、女性ソングライターたちに正当な評価を与えない音楽業界への批判を込めたユニークな1曲だ。

では、サムの快挙を一回きりにしたくない英国はどうか? 自国開催とあって大物に白羽の矢を立てるのかと思いきや、5年前にデビューし地道に活動をしてきたシンガー・ソングライターのメイ・ムラーを抜擢。エントリー曲「I Wrote A Song」は遊び心溢れるブレイクアップ・ソングで好感度は高いが、ほかにも実力派の女性ヴォーカリストが多い中、埋没の危険性がないわけではない。

前述したアレッサンドラ然り、ジャジーなスタイルで独自性を打ち出すフランスのラ・ザラ然り、アルメニアのブルネット然り……。イスラエルにいたっては国民的スーパースターだというノア・キレルを送り込み(昨年の予選敗退に衝撃を受けて鉄板候補を選んだそうだ)、何と言っても大きな話題を集めているのはスウェーデン代表のロリーンだ。2012年のバクー大会でのちに大ヒットを博す名曲「Euphoria」で優勝した彼女は、トランス仕立ての「Tattoo」で貫禄を見せつける。

 

注目男性アーティスト

これに対し男性アーティストはや地味な印象だが、そんな中でアイドル的な華を振りまくのが、「Breaking My Heart」でエントリーするデンマーク代表のライリー。フェロー諸島出身者では初の代表だという彼はメジャー感満々で、アメリカの大手レーベル、アトランティックと契約していると聞いて納得がいく。

同じく大手のユニバーサルからセルビア人として初めてデビューを果たしたルーク・ブラックもアイドル度が高いが、彼の曲「Samo Mi Se Spava」は民族色を帯びたインダストリアル・ポップ。ライリーの対極にある、プリンス・オブ・ダークネスだ。

ちなみに筆者が調べた限りでは、今大会ではこのルーク、アレッサンドラ、ロリーン、90年代リバイバルのハウス・アンセム「Because of You」でエントリーしているベルギー代表のグスタフ、そして司会のグレアムが、LGBTQ+コミュニティを代表。

またLGBTQ+当事者ではないものの、ジェンダー・フリュイドなファッションとグラムやシンセポップの要素を織り込んだサウンドがメタル界で異彩を放つドイツ代表、クリス・ハームス率いるロード・オブ・ザ・ロストにも触れないわけにはいかない。日本で先頃ブレイクしたLenaの優勝以来パッとせず、昨年は最下位に転落したドイツの名誉を挽回するべく、ラムシュタイン×レディー・ガガなエントリー曲「Blood & Glitter」を収めた最新アルバムが大ヒットしている彼らに、希望を託したようだ。

そして最後にウクライナ国民の期待を背負ってステージに立つ男性デュオ、トヴォルチをご紹介したい。西部テルノーピリにある国立医科大学で出会った、ナイジェリア生まれのシンガーのジェフリーとプロダクション担当のアンドリーは、4枚のアルバムが全て地元でナンバーワンに輝くほどの人気を誇る。

洗練されたエレクトロ・ソウル仕立てのエントリー曲「Heart of Steel」は、あのマリウポリのアゾフスタリ製鉄所にウクライナ軍兵士が2カ月間立て籠もった事件を受けて綴ったそうで、“お前が何を言おうと構わない~俺には鋼の心がある”或いは“苦しみに耐えて闘い続ける”といった力強い言葉で兵士の勇気を讃え、抵抗のメッセージを発信。広く支持を集めるだろうことは必至で、英国のブックメーカーたちが発表している優勝国オッズのランキングでもカーリヤらと共に上位につけている。ダントツのオッズ1位はロリーンだ。

果たして彼女が2つ目の優勝杯を手にするのか? それともウクライナが連続優勝を成し遂げるのか? もしくはダークホースが驚かせるのか? 今年からヨーロッパ圏外の視聴者が票を投じることが可能となり、日本からも参加できる可能性が高い。時差に負けずにぜひライヴ・ストリーミングで観戦し、一票を投じて、2カ国共催ユーロヴィジョンをフルに楽しんでみてはどうだろう?

Written by 新谷 洋子



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