アジア系はアメリカ・ポップス界で成功できるのか? 21歳の新人コナン・グレイの挑戦

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Photo by Dillon Matthew

BTSを筆頭とするK-POPの世界的人気、R&BやHIP HOPアクトやダンス系DJ、ロック・バンドなどでアジア系のミュージシャンの活躍が多くなってきましたが、音楽大国アメリカのメインストリーム・ポップで成功するアジア系のソロ・アクトは他のジャンルに比べてまだまだ多くはありません。

そんななか、母親が日本人のコナン・グレイ(Conan Gray)が2020年3月20日に発売したデビュー・アルバム『Kid Crow』は、全米チャート初登場5位を獲得と、アジア系のソロ・アクトとしては珍しくポップスのフィールドで活躍する兆しを見せ始めています。

そんなアジア系アーティストたちのアメリカでの成功と、今注目のコナン・グレイについて、ライターの新谷洋子さんに解説いただきました。

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英米の音楽界でアジア系ミュージシャンはロックスターやポップスターになり得るのか?

このクエスチョンに対する回答は、70年代にフレディ・マーキュリーというパイオニアが登場していたとはいえ、つい数年前までは限りなくノーに近かった。特に東アジア系のアーティストを表舞台で見ることは極めて稀で、“華が必要とされる職業にそぐわない”、“地味で控えめだ”というステレオタイプなイメージが定着していただけに、例えば90年代当時、スマッシング・パンプキンズの一員としてジェイムス・イハがギターを弾く姿は、多くの音楽ファンにとって衝撃的ですらあったはずだ。

それでも、その後リンキン・パークのマイク・シノダやトリヴィアムのマット・キイチ・ヒーフィー、ヤー・ヤー・ヤーズのカレン・O、リトル・ドラゴンのユキミ・ナガノ、ディアフーフのサトミ・マツザキ、はたまたスティーヴ・アオキなどなどスター性を備えたアジア系ミュージシャンたちがぽつぽつと登場し、00年代初めにMCジンがアジア系アメリカ人ラッパーとして初めて大手レーベルと契約。舞台裏ではダン・ナカムラやCHOPSといったプロデューサーがビッグネームの作品にクレジットされるようになり、2010年には日中韓にルーツを持つメンバーが結成したファーイースト・ムーヴメントが、シングル「Like A G6」で全米1位を獲得。坂本九の「上を向いて歩こう」以来、じつに37年ぶりのアジア系アーティストによるナンバーワン・シングルが生まれた。さらに2年後には、韓国から出現したあのPSYの「Gangnam Style / 江南スタイル」が世界を席巻している。

そして、流れが確実に変わったと実感できたのは10年代後半になってからだろうか。映画やテレビ界での同様の動きとシンクロするようにして、アジア系ミュージシャンが各シーンに進出。アーバン・ミュージックならジェネイ・アイコ、ヘイリー・キヨコ、アンダーソン・パーク、リナ・サワヤマ。ダンス/エレクトロニカなら今春相次いで新作を発表するトキモンスタとイェジ、或いはZhu。インディロックではミツキやジャパニーズ・ブレックファーストや(日本人女性のオロノがシンガーを務める)スーパーオーガニズム。ミツキの最新作『Be My Cowboy』は18年を代表する名盤と絶賛を浴び、アンダーソン・パークはすでに3つのグラミー賞を獲得するなど、単に数が増えただけでなく高い評価を得て、どんどん存在感を強めている。

そんな中でメインストリーム・ポップだけは、長らくアジア系にとってやたらハードルの高いシーンだった。しかしここでも、3年前のBTSのブレイクをきっかけに訪れたK⁻POP旋風が、一気に風穴を開ける。BTSはアルバム『LOVE YOURSELF 轉 ‘Tear’』(18年)で、アジア系としては史上初めて全米アルバム・チャートでナンバーワンを記録。他のグループもあとに続き、高い楽曲のクオリティと圧巻のパフォーマンス力を誇る彼らは、ハングル語で歌っているにもかかわらず世界中の若い女性たちを虜にし、ご承知の通りその勢いはいまだ収まる様子はない。

耳慣れない言語で歌うアジア人のグループが世界制覇するという予期せぬ事件を境に、アジア系男子のイメージは、“地味”どころか“クールでセクシー”へと大きく転換。となると次はやはり、英米の生え抜きのアジア系ポップスターの出現を期待せずにいられないわけだが、3月末にデビュー・アルバム『Kid Crow』を送り出したコナン・グレイ(21歳)は、音楽的才能にもルックスにも恵まれ、目下いちばん好位置につけているアーティストなのかもしれない。

アイルランド系アメリカ人の父と日本人の母を持ち、生まれ故郷はサンディエゴ。幼少期の一時期を母の故郷である広島で過ごしたのち、テキサスのジョージタウンで育って、現在はカリフォルニア大学ロサンゼルス校で映画を専攻するシンガー・ソングライターである。その出発点は例にもれずYouTube。ギターを練習して曲作りを始めた12歳の時に、動画ブログと宅録したオリジナル曲をアップするようになり、じわじわとファンを増やしていく。そして17年、自ら編集したシングル「Idle Town」のPVの再生回数が1,000万回を突破して一躍注目を浴び、翌年メジャー・レーベルからEP『Sunset Season』で正式にデビューするに至った。

そんなコナンが学生生活を送りながら制作したデビュー・アルバム『Kid Crow』は、少年時代に遡って自分の苦い体験の数々を辿る、傷だらけの成長期。赤裸々な筆致は、その時々の悩みや関心事をとことん率直に語っていた動画ブログに通ずるものだ。浮遊感に包まれた繊細なサウンドや中性的な歌声も相俟って、どの曲もどことなく寂しげな趣のポップソングに仕上げられ、トロイ・シヴァンやLAUVに重なる部分もあるのかもしれない。今の時代には珍しく、ほとんど共作者を交えずに作詞作曲し、全編をひとりのプロデューサー(ルイス・キャパルディやフィネアスとコラボしている売れっ子のダン・ニグロ)とじっくりレコーディングしたせいなのか、彼のプライベート空間を覗き込むかのような、非常にインティメートな作品でもある。

また、カーリーな黒髪がトレードマークのコナンは、セクシュアリティを曖昧にしている一方で自分を“ガーリーな男の子”と呼んで憚らず、マスキュリニティ(男性性)にまつわるコンプレックスを動画ブログのテーマに取り上げたこともあった。保守的な田舎町だというジョージタウンで、ガーリーなアジア系の少年が異端視されたことは想像に難くないが、今やマッチョな男性像は時代遅れ。男らしさの定義、或いは、魅力的な男性の定義は一様ではなくなった。K-POP勢の快進撃もこうした価値観の変化と無関係ではないだろうし、コナンもまた21世紀の新しいマスキュリニティを象徴する、いたってモダンな男性ポップスター候補だと言えよう。

そういう意味で、アジア系ミュージシャンを巡る一連の動きは、音楽界全体の多様化というより大きな文脈で捉えるべきだ。何しろ“ダイヴァーシティ(多様性)”と“レプレゼンテーション(表象)”は言わば、21世紀のカルチャーのキーワードであり、例えば、LGBTQのミュージシャンたちはここにきて恐れずカムアウトするようになった。自分のセクシュアリティへの誇りを語り、作品にオープンに反映させている。そして人種に関しても、アジア系に先駆けて、17年のシングル「Despacito」のメガヒットを機にスペイン語のラテンポップが各地のチャートを騒がせるようになった。ヒスパニック系アメリカ人や中南米出身のアーティストたちは、今やスタイルを変えずに世界を舞台に活躍し、巨大なシーンを形成している。その点、言語も音楽的アイデンティティも共有しているわけではないアジア系ミュージシャンが、一丸となって独自のカルチャーを世界にアピールすることは難しいのかもしれないが、ひとつの連帯の形を示しているのが、ニューヨークで15年に誕生した88risingだ。

日系アメリカ人のショーン・ミヤシロが主宰するこのレーベルは、アジア系アメリカ人、もしくはアジア諸国出身のアーバン・アーティストに特化。中国系インドネシア人ラッパーのリッチ・ブライアンや大阪出身の日系オーストラリア人シンガーのJojiらが所属し、作品のリリースだけでなく、イベントやコラボレーションを通じて彼らの音楽を幅広いリスナーに届けることを目的に掲げている。Jojiは18年のデビュー作『BALLADS1』で、アジア生まれのアーティストとして初めて全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャートの首位を極めているから、着実に結果を出しているようだ。

ちなみに、BTSのVが米『ローリング・ストーン』誌のインタヴューで「コナンにインスパイアされる」とコメントしたことを受けて、コナンは「ぜひ一緒に曲を作ろう!この世でいちばん悲しい曲を書いてあげるから!」と熱烈なラヴコールを送ったという。それが果たして実現するのか否か定かではないが、横のつながりが強まれば、エイジアン・ウエイヴがさらに大規模になるだろうことは間違いない。

Written By 新谷洋子



コナン・グレイ『Kid Crow』
2020年3月20日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify




 

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