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人気・実力ともに若手No.1ジャズ・ピアニスト“桑原あい”を作った10曲

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8月22日にアルバム『To The End Of This World』を発売した気鋭のジャズ・ピアニスト桑原あい(今回のアルバムは様々なミュージシャンが参加していることから「桑原あい ザ・プロジェクト」名義)。

2015年モントルー・ジャズ・フェスティバルのソロ・ピアノ・コンペティションに日本代表ファイナリストとして出場し、クインシー・ジョーンズが「君の音楽こそジャズだ」と絶賛。スティーヴ・ガッドとウィル・リーとのトリオでアルバムをリリースしライヴも開催、JazzLifeの最新号(2018年9月号)では単独で表紙を飾り、国内外で活躍を続けている。

そんな現在26歳のピアニストが発売する最新作のアートワークは、いわゆる“ジャズ”らしくない真っ赤なデザインで、アーティスト写真にも”ジャズ”らしさは感じられないものになっている。そんな人気・実力ともに若手No.1との呼び声も高い彼女を作った音楽とはいったい何なのか?音楽ライターの原田和典氏に彼女に自身を作り上げた10曲を聞いてもらった。


リー・リトナー「Captain Fingers」

この曲のおかげでジャズに出会いました。小学生4年生の時、エレクトーンのコンクールのために選曲したんですけど、アンソニー・ジャクソンのベースに惚れました。このベースが超カッコいいと思って、エレクトーンのペダルでベース・パートばっかり練習していましたね。とにかくそのベースに引きこまれました。

今思えば私が曲を作る時の細かいキメのところとかも、この曲に全部影響されていますね。ギターのフレーズや、エレピのコンピング(和音でのバッキング)とかも1年かかって全部耳コピして、コピーしたものをエレクトーンで弾いていました。初めての耳コピだし、めちゃくちゃ時間がかかる。1日に8小節も採れれば十分くらいなんですよ。それを毎日続けていって、わからないときは何回も同じところを聴いて、100回くらい聴いてやっと理解できるみたいな感じでした。

チック・コリア「The Mad Hatter Rhapsody」

小5の時にときめいた曲です。チック・コリアとハービー・ハンコックのソロを採ったんですよ、全部。これも1年かかりましたよ。びっくりしたんですよね。チックのソロから、ハービーのエレピ・ソロに行くところがあるじゃないですか。あれがヤバすぎて、超感動した気がする。で、この曲はラテンの展開にもなるし、最後はヴォーカルとかも入ってくる。「その展開からここ行くの?」みたいな、その音楽のでかさにもびっくりしたし、なんだこれって思ったんですよ。

そこからですね、チックとハービーに目覚めたっていうか、完全に私はピアニストになるっていうか、絶対ここまでに行きたいってなったのがこの曲です。最初はCDで持っていたんですけど、どうしてもLPで欲しくなって、親に買ってもらって。LPのジャケットは今でも実家のピアノの部屋に飾ってあります。超思い出の1曲です。

オスカー・ピーターソン「Tonight」

チック・コリアやハービー・ハンコックという名前を知ったので、ジャズのCDを買いに行くようになるんですよ。で、行くといろいろ売ってるじゃないですか。ヤマハの近くに新星堂があって、確かレッスンの合間に一人で行ったら、スタッフおすすめ盤みたいなコーナーがあって、オスカー・ピーターソンの『West Side Story』と『Night Train』が面出ししてあった。1枚しか買うお金がなかったので、目をつぶって買って。それが『West Side Story』、初めて聴いたピアノ・トリオ・サウンドなんですよ。

ピアノ・トリオが何かもわかんないまま聴いて、すごくかっこいいと思って、「Tonight」のイントロを聴いた時にめちゃ鳥肌がたっちゃって。それを耳コピしているうちに、私はやっぱりピアニストになりたいと思いました。

Mr. Children「君が好き」

中1のときに初めて聴いた曲です。二番目の姉がミスチルが大好きすぎて、めっちゃMDやCDがあったんですよ。お姉ちゃんが聴いているものをやっぱり聴くんですよね、私は。一番上の姉とは7歳離れているんですけど、二番目の姉とは4つ離れていて、お姉ちゃんでありながら一番の友達みたいな感覚なんです。私はヤマハでジャズをやっていて、姉はクラシックをやっていて、そこは全然違っていたんですけど、普通にお姉ちゃんが聴いているものとして、ミスチルはきっと聴くべきものなんだと思ったんですね。

お姉ちゃんに「ちゃんと歌詞カードを見てごらん」って言われて、歌詞カードを見ると、「君が好き」の一番の終わりが、“缶コーヒーを買って”で終わるんですよ。で、お姉ちゃんが「缶コーヒーを買って何するんだろうね」って言ったのを覚えている。言葉ってそういうことなんだなと思うんですよ。要はイマジネーションさせるっていうか。あと、始まりが“もしもまだ”っていう歌詞なんですよ。

私が言葉に対してすごく興味を持ち始めたのはミスチルのおかげです。全部言わない。“缶コーヒーを買って、なんとかをしました”で歌詞が終わっていたら、過去形で終わってたら、興味も持たなかったはずです。買って・・・っていう余白が大事なんですよね。それで聴き進めていくうちに、桜井(和寿)さんの歌声がすごい好きになって、もう普通にミスチルのファンになりましたけど、やっぱりその後も全部歌詞カードを見て聴いています。私はちょっとすごい勝手にミスチルに感謝してますね。じわじわじわじわ学んでます、ミスチルからは。

West Side Story「Quintet」

オスカー・ピーターソンの「トゥナイト」を聴いたのもあって、本物を見ようと思って『ウエスト・サイド・ストーリー』の映画を観ました。この「クインテット」は、それぞれのキャラクターが自分の持ち曲のフレーズを歌って、それが1曲にまとめられているんです。で、決闘に行く前のシーンなんですけど、例えばマリアとトニーだったら「Tonight」で、アニタは自分のドレッシングルームにいて今から決闘だけどどうなるんだろうって歌ったり、決闘に行くボーイズたちはリズムの強い曲を歌ったりとか、全員キャラクターが立ってる。で、そうした歌が最後にマッシュアップされて1曲になっていくんですよ。構成美というか、それぞれの思いをひとつに全部まとめるっていう、そのすごさ。

最後に「Tonight」が来た時にはもう鳥肌が止まらなかった。どれだけ緻密に作られているのかと。小さい頃、「美少女戦士セーラームーン」のミュージカルを家族で観に行ったのですが、そこにもそういうシーンがあるんですよね。それはおそらく『ウエスト・サイド・ストーリー』の影響なんじゃないかなと私は思ってて。私はその辺の時期からミュージカルというものに興味を持ち始めたんです。レナ―ド・バーンスタインという存在を意識したのも私は『ウエスト・サイド・ストーリー』が初めてで、そこからクラシック音楽もすごく聴くようになりました。

ミシェル・ペトルチアーニ「Looking Up」

これは高1ですね。私が初めてピアニストの演奏で、「音が生きてる」って思った人。私が6歳くらいの時に亡くなっているので、ライヴに行ったことがないんです。ペトルチアーニについては、師匠のユキ・アリマサに教えてもらいました。「絶対、あいちゃん好きだと思う」って『Music』のCDを渡されて、もう1曲目の「Looking Up」でファンになりました。それで、この人のピアノは生きてる、命の音がするって。私も彼のように命の音を鳴らせるピアニストになろうって思った。

それまでにもピーターソン、チック、ハービーとかにすごい影響を受けてきましたけど、「私はこういうピアニストになりたい」って道を提示してくれたのはペトルチアーニです。高1の時に、「September Second」、「Brazilian Like」とか、いろんな曲を採ってCDと一緒に弾いた記憶がすごくありますね。彼の曲は30曲くらい全部ソロ弾けますよ。

エンニオ・モリコーネ「Cinema Paradiso」

これも高校の1年か2年ですかね。昔の私は映画音楽にあんまり興味がなかったんです。でも2番目の姉が、音大の映画放送コースに行ったんですよ。だから映画をすごい見ていて、私も一緒にボーッと「へー、こういうのもあるんだね」みたいな感じで見ていたんですけど、映像より先に曲がぐっと入ってくる体験は、私は『ニュー・シネマ・パラダイス』が初めてだったんですよね。なんかわかんないけど、全然興味がなかったけど、なんでこんなに感動するんだろうって思ったのは音楽のおかげだったっていう。それを初めて体験したのが主題歌のあのメロディなんです。

音楽とともに情景が浮かぶ。映画音楽っていうのは、その映画をより広げるために作るわけで、人の感情を揺さぶるタイミングとか、超プロフェッショナルだと思ったんですよね。やっぱりそれは衝撃だったので、それをきっかけに、映画を観る時に音楽を聴こうと思うようになりましたね。

すごい言い方は悪いですけど、音楽はどうでもいいっていうか、音楽はただの背景だと思って作っている映画と、音楽も一緒に作っている映画は私にはまるで見え方が違うんですよ。ウォン・カーウァイ監督の、アストル・ピアソラの曲がけっこう使われている『ブエノスアイレス』とか。それから私は“本当に音楽を大切にしている映画”がものすごく好きになっていって、そのうち映画音楽にもひかれ始めました。

TOTO「Africa」

TOTOはなんでも良かったんでけど、「Africa」のサビで謎の転調をするじゃないですか。あれに度肝を抜かれたんですよ。てか普通に考えて、♪テーテテテテテテっていうリフと、あのサビは一緒に作ろうと思わないです。私だったら。だけどそこの切り替えのかっこ良さが大事なんですよね、あの曲は。想像つかなかった展開がかっこいいみたいな。私はポーカロ兄弟がいた頃のトトが大好きで、超シンプルなベースラインと、本当にシンプルなスネアとドラム、それだけで蹴りを入れられたみたいな感じになる。

高校の時の通学が片道2時間だったんです。なので4時間なんですよ、行き帰りで。で、その間、どんな音楽を聴くかがすごく大事だったんです。トトはなかでもかなり聴いていましたね。なんでこんなにシンプルでカッコいいんだろうってずっと思ってましたね。

「Africa」がヒットした理由は多分その転調も絶対意味があると思いますね。なんであの調に飛んだっていう飛び方ですよ。だって。もう謎ですよ。なんだろう。それが気持ちいいみたいな。サビに行った時の高揚ですよね。突然来る。“来たー”みたいな。で、またリフに戻った時に、“あ、戻った”みたいな。時空が変わるみたいな。そのくらいの威力を持っていますよ、あの転調は。

YEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly~あいのうた~」

高校生の時に『スワロウテイル』の映画も見ましたけど、これも詞がすごいです。いちばん感動したのは、“青の青さに”っていうところなんです。青が青いっていう。“青の深さ”とかじゃなくて、“青の青さに”。なんかちょっと心の内のことを書いている歌詞なんです。

“青の青さに”っていう表現の仕方、なんかすごいわかるんですよね。青が青いっていう瞬間。奥深いとか明るいとかじゃないんですよね。そういう言葉をまたミスチルとは全然違うベクトルで表現していて、はっとさせられた。あとCharaさんじゃなきゃこれは歌っちゃいけないです。その唯一無二感っていうものを私は本当にすごいと思います。カラオケとかでほかの人が歌ったら変わるんです、曲の世界観が。

自分も料理している時とか、鼻歌でこの曲のサビのフレーズを歌いそうになったりするんだけど、その瞬間に、「うわ、ちがうな」って思うんですよね。Charaさんの歌の、なんかそのこの人じゃなきゃ出せないっていうものが、圧倒的な存在感になるんだということを知らされました。オーラがすごいっていうか。ほんとにこれはもうCharaさんしか歌えないですね。そんな曲を書いた小林武史さんもすごいと思います。

アート・テイタム「Tatum Pole Boogie」

私はコンテンポラリーというかフュージョンから入って、割と古典というよりかは、いろいろなマイルス・デイヴィス以降というか、基本的には新しい方向を聴いていたんです。で、高校生の時、ラグタイムを練習していたんですが、どうしてもうまく弾けない。腕がついていかない。その時に、アリマサ先生から、「セピア色に見るんじゃないよ」って言われたんです。

「古いものだと思って弾くな」って意味。その言葉にハッとしました。確かに私はマイルス・デイヴィス以降を、セピア色にみていたんです。ラグタイムは昔の音楽だと思って聴いていたし、昔の音楽だと思って弾いていた。だから自分の領域じゃないってどっかで無意識的に思っていた。でも「カラーで感じてみろ」といわれて、改めてアート・テイタムを聴いてみた。全然違って聴こえて、アート・テイタムは、全部即興で、多分譜面とかもないだろう。この時は変拍子っていう概念もないし、リズムがなにだとか、テンション・コードがなんだとか、理論書もないだろうしっていう時代にものすごい変拍子なんですよね。

彼の呼吸が。要は、変拍子を弾きたいから変拍子を弾くんじゃなくて、いまここにこの音が欲しいと思って弾いたら、拍子で数えたら変拍子になってしまったっていう結果論ですよ。音楽ってこれなんだと思ったんです。アリマサ先生の「セピア色じゃないでしょ」っていう言葉から自分でたどり着いた答えがそこだった。

本当にこの時期、私はアート・テイタムを10時間くらい聴き続けていました。ピアノ・ソロを特に。すごい勉強させてもらいましたね、「Tatum Pole Boogie」だけでも。とにかくアート・テイタム以上にピアノがうまい人はいないと思います。それは現代においてもです。たどりつけないところにいる人ですね。

Interviewed and written by 原田和典


桑原あい ザ・プロジェクト
『To The End Of This World』

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