“歌う”親善大使として70年、日本とオーストリアを繋ぐウィーン少年合唱団 2025年日本公演の見どころ
伝統と実力を誇る、世界で最も有名な少年合唱団として人々から愛され続けているウィーン少年合唱団。
今年もカペルマイスター(※日本語で“楽長”と訳される各組の指揮者兼指導者)と共に「モーツァルト組」24名のメンバーが来日し、4/27(日)の千葉県松戸市「森のホール21」を皮切りに6月半ばまで、全25公演からなる日本ツアーをスタートさせたばかり。実は2025年は初来日から70周年の記念すべき節目。
この機会に彼らのこれまでの歴史や来日公演の聴きどころなどを紹介したい。
合唱団のあゆみ
ウィーン少年合唱団が誕生したのは今から527年前の1498年。ハプスブルク家出身の神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世によって創設された6人からなる少年聖歌隊がその前身である。彼らは宮廷楽団の一員として活動。その長い歴史の中で、グルックやモーツァルト、サリエリ、ブルックナーなどの作曲家とコラボし、あのシューベルトは元団員。ヨーゼフとミヒャエルのハイドン兄弟も補欠メンバーとしてたびたび参加していたという。
転機が訪れたのは1918年。第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国が敗北し、ハプスブルク家が崩壊したことで大きな庇護者を失った彼らは解散を余儀なくされる。この危機を救ったのが当時宮廷楽長を務めていたヨーゼフ・シュニット神父で、彼は私財をなげうって聖歌隊を生まれ変わらせる様々な改革を実施。団員選抜のオーディションを行い、当時流行していたセーラー服を制服に採用して、レパートリーを教会音楽以外にまで拡大。1924年には支援者の協力も得て自主的な団体として再始動させた。この時からウィーンの外でのコンサート活動も運営資金調達のために欠かせないものとなり、1927年からは外国への演奏旅行も始まったのだ。
現在、合唱団には10歳~14歳まで約100名の少年が所属し「シューベルト組」「ブルックナー組」「ハイドン組」「モーツァルト組」の4グループにわかれて活動。ウィーンで行われるオペラやコンサート、王宮礼拝堂での日曜日のミサへの出演に加え、近年は団員それぞれが年間9~11週間を演奏旅行に費やし、世界中を訪れている。彼らの目標のひとつは各地の様々な音楽と接し、それを他の国にも紹介して国際交流の輪を広げていくことにある。
初めて日本を訪れたのは前述のように70年前。1955年12月20日、南回りで3日間かけて羽田空港に到着した彼らは全国を駆け巡り、お正月を東京駿河台の「山の上ホテル」で過ごして2月上旬まで滞在し、各地でたいへんな人気を集める。以来、毎年のように来日公演を開催して絆を深めてきた。
2011年のツアーは東日本大震災のために見送られたが、ウィーンで史上初の全4グループによる震災復興のためのチャリティ公演が行われ、その収益が被災地の学校に贈られたのも忘れられない。日本とオーストリアの国交樹立から150年目にあたる2019年には記念プログラムも披露された。しかしこの後、深刻なパンデミックが拡大して「ブルックナー組」による2020年のツアーは中止に。日本のファンが“天使の歌声”と再開できたのは2023年、合唱団の創立525周年となる年で、4年振りの少年たちの歌声が心待ちにしていた観客を熱狂させたのもまだ記憶に新しい。
来日公演の聴きどころ
2025年日本公演ではProgram A「僕たちの地球 そして未来へ」とProgram B「生誕200年記念 シュトラウス・フォー・エバー!」の2つのプログラムを用意。どちらも休憩を挟んで計20曲以上の名曲が披露されるが、ウィーン少年合唱団の定番曲であるヨハン・シュトラウス(※以下、J.シュトラウス) 2世:《美しく青きドナウ》や岡野貞一:《ふるさと》といった人気曲はAでもBでも楽しめる。では、その内容(抜粋)を見てみよう。
Program A「僕たちの地球 そして未来へ」
第1部
前半は母なる地球への賛歌を集めたラインナップ。砂漠の民の海への憧れを歌うヨルダン民謡:《海の上で》に始まり、讃美歌としても親しまれているオーレン:《夏の賛歌》、リンドグレーン原作のTVシリーズから夏を満喫するためのリーデル:「いたずらっ子エーミル」より《イーダの夏の歌》。クラシック曲ではメンデルスゾーン:オラトリオ《エリヤ》より〈目をあげよ〉やフンパーディンク:オペラ《ヘンゼルとグレーテル》より〈夕べの祈り〉など。アルプス民謡のシュタイアーマルクの牛追い歌:《再び雪解けになり始めるころ》も楽しい。久石譲:映画『千と千尋の神隠し』より〈いのちの名前〉やジェンキンス:《アディエマス》(聖なる海の歌声)もこのテーマにぴったりだ。
第2部
後半は地球の生き物たち題材にした歌が、豊かな未来への想いを込めて歌われる。犬や猫からカッコウたちも登場する…バンキエーリ:《動物たちの対位法》を幕開けに、オーストリア民謡:《ハエ狩り》、日本民謡:《ほたるこい》、ボサノヴァ・ギタリストによるコミカルな…ジルベルト:《アヒル》など盛り沢山。もちろん…ロイド・ウェバー:ミュージカル『キャッツ』より〈ジェニエニドッツ~おばさん猫〉やリチャード/ロバート・シャーマン:ディズニー映画『ジャングル・ブック』より〈君のようになりたい〉もこのテーマにぴったり。またブリテン:《神の子羊を喜べ》より〈わが猫ジェフリーを顧みますれば〉〈鼠こそは偉大にして独特な勇気ある生物なり〉も20世紀に書かれたユニークなカンタータなのでお楽しみに。そして…メンケン:ディズニー映画『美女と野獣』より〈美女と野獣〉を聴けば、明るい未来と愛の力を信じたくなるはず。
Program B「生誕200年記念 シュトラウス・フォー・エバー!」
第1部
こちらはウィーン少年合唱団のレパートリーに欠かせない、オーストリアを代表する作曲家で“ワルツ王”のJ.シュトラウス 2世のアニヴァーサリー・イヤーに因んだ特別プログラム。前半は(※Program Aでも第2部で歌われる)J.シュトラウス2世の2歳下の弟、ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ《永遠に!》を皮切りに、チロル地方の民謡:《私の愛しい娘、巻き毛の娘》やオーストリア民謡:《万歳、チロルの仲間》を挟みつつ、《皇帝円舞曲》、ワルツ《春の声》、ポルカ《アンネン・ポルカ》といったJ.シュトラウスの王道ダンス・ナンバーがずらり。
第2部
後半は打って変わって、その王道ダンス・ナンバーの大胆な“編曲もの”が大集合。ポルカ《永遠に!》をボサノヴァ風にアレンジした《フォー・エバー・ボサノヴァ!》を手始めに、J.シュトラウス作品ではポルカ《アンネン・ポルカ》をスイング・ジャズにした《スウィング・アンナ》、《皇帝円舞曲》をタンゴにした《皇帝タンゴ》、《美しき青きドナウ》をブルージーにした《青きドナウのブルース》、そしてウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの定番曲《ラデツキー行進曲》のサンバ版《ラデツキー・サンバ》といったご機嫌な楽曲が勢揃い。また、映画『天使にラブソングを2』で使用されたゴスペル・チックなベートーヴェン〈歓喜の歌〉やソウルフルなヘンデル〈ハレルヤ〉も必聴だろう。
なお、一部の日程では開演前の20分間に今回の協賛企業が主催する「住友生命 ウェルビーイングイベント」を実施。これはウィーン少年合唱団が歌う前に行っている発声練習や身体をリラックスさせる方法をカペルマイスターに教えてもらうという内容で、ステージと観客との距離がよりいっそう近く感じられる、ファンには嬉しい試みとなっている。
来日記者会見も盛況
ツアーに先立つ4月24日には東京オペラシティで「2025年日本公演 来日記者会見」も開催され、駐日オーストリア共和国・大使のミヒャエル・レンディ、ウィーン少年合唱団・団長のエーリッヒ・アルトホルト、モーツァルト組の24名と、カペルマイスターのマヌエル・フーバーが登壇。
様々な合唱団を指揮した豊富な経験を持ち、2019年5月にモーツァルト組のカペルマイスターに就任したフーバーは会見のすべてを流暢な日本語で行い(※オンラインレッスンと、京都で日本語学校に通った成果とか)来日公演をずっと心待ちにしていたこと、自分はフランス語で歌うよりも日本語で歌う方が得意なので今回のプログラムでは特に日本語歌唱に期待してほしい、と語った。
また大阪・関西万博での特別出演にも触れ、5月23日のオーストリア・ナショナルデーには、モーツァルト愛用のヴァイオリンが公式に披露される予定であること、その歴史的価値と共に、ウィーン少年合唱団との共演を楽しみにしてほしい、と重ねた。
今回の来日メンバーの中には日本にルーツを持つ団員も2名おり、質疑応答ではそのうちのひとりであるハズムくんの語る(お祖母ちゃんの作る)“日本食への愛”が会場を和ませるひとコマも。会見の最後にはモーツァルト組による圧巻の《ふるさと》と《フォー・エバー・ボサノヴァ!》も披露された。
来日記念盤CDも発売中
最新ベスト・アルバム『天使の歌声 ~ウィーン少年合唱団 2025ベスト』も好評発売中。こちらにはJ.シュトラウス 2世によるお馴染みのワルツやポルカの名曲を筆頭に《のばら》や《ます》といったドイツ歌曲、《さくら、さくら》《荒城の月》《ほたるこい》などの日本の歌、《もろびとこぞりて》《オ・ホーリー・ナイト》《きよし、この夜》〉等クリスマス・ソングから、映画『サウンド・オブ・ミュージック』のナンバーまで、ウィーン少年合唱団を語る上で外せない18曲が曲目解説と一緒に収録されている。
2025年来日公演情報はこちら
Written by 東端哲也
■リリース情報
ウィーン少年合唱団
『天使の歌声~ウィーン少年合唱団2025ベスト』
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