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クラウス・マケラ、パリ管弦楽団との初アルバム『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》《火の鳥》』について語る

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© Mathias Benuigui_Pasco And Co

27歳の若さでパリ管弦楽団の音楽監督、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、オランダの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の芸術パートナーを務め、「数十年に一度の天才指揮者の登場」とも評される注目を集める若手指揮者、クラウス・マケラ。

昨年10月のパリ管弦楽団との来日公演で披露し好評を博した、ストラヴィンスキーのバレエ曲《春の祭典》(1947年版)と《火の鳥》(1910年版)を収録したアルバムが3月24日に発売となった。今回は新作の聴きどころや、日本ツアーに込められた想いについて語ってもらった。木幡一誠さんによるインタビュー。


パリ管弦楽団との初録音に、ストラヴィンスキーの《春の祭典》と《火の鳥》を選んだ理由からお聞かせください。

ロシア・バレエ団にちなんだ作品を今シーズンの演奏会で取り上げたのです。《春の祭典》と《火の鳥》、そしてドビュッシーの《遊戯》。次のシーズンにもやはりロシア・バレエ団の演目を飾っていた《ペトルーシュカ》と《牧神の午後への前奏曲》を演奏します。デッカと話し合いながら、このレパートリーが私たちにとって理想的なスタートとなると思いました。

《春の祭典》はパリ管弦楽団の中に“DNA”が宿されている類の作品です。数えきれないほど演奏し、これこそ自分たちの作品だという意識を抱いている。《火の鳥》もポピュラーには違いありませんが、主に組曲版で知られてきました。全曲版は物語性や雰囲気の点でまったく別物。これを《春の祭典》と組み合わせる意味は大きいでしょう。

《火の鳥》は、後期ロマン派の様式の中にまだ片足を置いています。和声法は込み入っているけれども表出力に富み、半音階的な彩色が随所で耳にとまる。ロシア音楽であると同時にフランス的な要素があり、その一方で土臭さのような民族性も備わる。そんな豊潤な世界に対して、《春の祭典》は屈強さと執拗さが特徴。《火の鳥》に比べて物語の流れを具体的に追うという面が少なく、ひとつひとつ異なる場面を描いた絵画が並んでいるような印象を受けます。短く簡潔なモチーフの反復が多く、それが私たちの脳裏に何かを喚起するまで続くのです。

クラウス・マケラとパリ管弦楽団 ©Mathias Benuigui_Pasco And Co

《春の祭典》には宗教儀式的な要素があり、《火の鳥》は民話に基づくという題材面の違いも大きいのでしょうか?

もちろんです。《春の祭典》では、呪術的な何かを繰り返すことでテンションを高める場面が、それも音量の激しい部分に先立って置かれています(「祖先の儀式」の一部分を口ずさむ)……。こうした緊張感が曲の重要な側面をなすのに対し、《火の鳥》が醸し出すテンションはロマン派の美学に立脚し、音楽的な素材はロシア民謡集からとられたといっても通じるものです。そこに認められる、ある種の軽やかさや心地よさといった要素は《春の祭典》で消え去り、すべてが暗く重い方向に傾く。2曲とも巨大編成のオーケストラを用いながら、音のパレットは対照的なのです。

《火の鳥》はオフ・ステージの金管楽器まで用いて、それも吹く音符が少ないから、コストの面では割高かもしれません(笑)。逆に《春の祭典》はコストに見合っていると思う。いわゆる特殊楽器も適材適所的に使われます。第2部の「乙女の神秘的な踊り」ではアルト・フルートに印象的な旋律のソロが与えられ、「祖先の儀式」でもこの楽器の音色感が見事に活かされます。そこにバス・トランペットが加わって(上昇音型を口ずさむ)……。こんな響きは、それまで存在しなかったものです!

思うに、ストラヴィンスキーの音楽が要求することに対して、完璧なまでにふさわしいオーケストラがパリ管弦楽団。オーケストラの能力が、特に管楽器セクションの素晴らしさが最大限に発揮されるのです。フルートやオーボエの美しいソロ……、そしてもちろん《春の祭典》の冒頭のファゴット。他のオーケストラには求め難いサウンドの世界ですね。

次のシーズンには《ペトルーシュカ》と《遊戯》と《牧神の午後への前奏曲》の録音が予定されています。ロシア・バレエ団をテーマにしたアルバムの完結編。その興行主のディアギレフが残した足跡の大きさや、偉大なダンサーとして多くの作品に関わったニジンスキーの存在感も伝わってくるものになるでしょう。そしてまた、《火の鳥》の依頼を受けたときのストラヴィンスキーはまだまだ若くて経験不足で、与えられた時間も短かったのに、信じられないような霊感と共に傑作を書き上げて、一気に才能を開花させたことが感嘆を誘いますね。

クラウス・マケラとパリ管弦楽団 ©Mathias Benuigui_Pasco And Co

ストラヴィンスキーがその後たどった創作スタイルの変化をどのように感じますか?

彼が常に新しいものを探求していた作曲家であることは確かで。自己変革の姿勢として素晴らしいと思います。「三大バレエ」より優れた曲を残さなかったという批判もなされますが、彼がたどった道には私も興味を覚えます。音列技法を採用した時期の作品にはそれほど惹かれないとしても、新古典主義時代に書かれた、よりドライなタッチで知的な設計の音楽は非常に魅力的です。

しかしやはり《春の祭典》は私の愛する曲ですし、ストラヴィンスキーから何か1曲を選べといわれたら《火の鳥》を挙げます。そこにはすべてが存在し、美しい旋律はもちろん、細部の音型に至るまで、ストーリーと密着しながら深い意味を伝えてくれます。組曲ではカットされた部分も然りです、たとえばカスチェイが死んだ後に、弦楽器のコードが低音域から次第に上昇を遂げ、やがて霧が晴れ渡るような雰囲気のもとに訪れる祝福の瞬間。これほど見事な音楽が他にあるかと思えてきますね。

この2作品をプログラムに組んで、2022年10月にパリ管弦楽団と果たした日本ツアーをどのように振り返りますか?

本当に有意義で、オーケストラにとっても特別な思いのある作品を聴衆と共有する場になったと思います。多くの楽団員が「これまでで最高のツアーだった!」と口々に語っていました。訪れたホールの音響もすべて素晴らしい。そして実は、病気で長らく入院していたコンサートマスターのフィリップ・アイシュが、パリで息を引き取ってしまったという報せを受けたのが、名古屋での演奏会の直前でした。その日のプログラムに組まれていたドビュッシーの《海》は、1985年から在籍していたフィリップが1000回は弾いていた曲です。彼の思い出と共に、深く心に刻まれるツアーとなりました。

【ダイジェスト映像】クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団 日本ツアー

ORCHESTRE DE PARIS / KLAUS MÄKELÄ JAPAN TOUR 2022

パリ管弦楽団との共同作業についてはどんな感想を?

彼らの特徴的な点といえば、音楽的な知性でしょうか。あらゆるオーケストラでも最も優れたレベルにあると思います。既に幅広いレパートリーを一緒に演奏してきましたが、順応性の高さは常に変わりません。たとえばブーレーズの作品や、昨年3月に取り上げたトーマス・ラルヒャーの交響曲のように非常に複雑な譜面を前にしても、パッと読んだままに演奏できてしまう。フランスの音楽教育の伝統につちかわれた鋭敏なソルフェージュ能力にものを言わせて、難なく形にしてしまうのですね。

そこにある種の自由度が備わりながらも、フレーズはただ漂うだけでなく、方向性を持って進んでいく。そんなオーケストラとの対話を心から楽しんでいます。音楽作りとはピンポンのようなもので、こちらがアイデアを出せば、向こうから何かが返ってくる。それに私がまた……。

つまりは演奏者と交わす知的な音楽的対話。

はい。それが常に命を持って変化を遂げていくことが大事なのであって、固定化されてしまっては何も生まれません。

【サントリーホールでのアンコール映像】クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団

Klaus Mäkelä – Glinka's Ruslan and Lyudmila Overture

そしてマエストロにとってのもうひとつのオーケストラ、オスロ・フィルとの来日が10月に予定されています。

また別の個性を持った素晴らしい楽団です。マリス・ヤンソンスが20年にわたって首席指揮者をつとめながら、集中力の高い合奏体に育て上げました。パリ管弦楽団の華やかな音色に比べて、そのサウンドにはより重厚な深みがあります。彼らの最良の面が発揮できるプログラムを用意しました。そのひとつがシベリウスの交響曲で、第2番と第5番を取り上げます。

私たちフィンランド人の指揮者にとっても、シベリウスの演奏では本当に様々なアプローチが可能です。背景の声部にまで音符が多いのが特色で、それをどう生かすかで曲の姿が変わってきます。たとえば交響曲第5番でも、普通なら目立たないパートを浮き彫りにしたくなる場面があります。しかし逆にオーケストラの側には、演奏を重ねた上で得た自分たちの型というものがある。そうした要素が重なって、多様な解釈が生まれるのですね。私が幼い頃から敬意を抱いてきたシベリウス指揮者といえば、レイフ・セーゲルスタム。記憶に残る演奏を幾度も聴かせてくれました。そしてもちろん名匠パーヴォ・ベルグルンド……。

オスロ・フィルとは交響曲全集の録音をリリースされています。7つの交響曲を通じて、シベリウスがシンフォニストとしてたどった軌跡をどうご覧になりますか?

ある意味でベートーヴェンに通じるものを感じます。古典派の様式から伝統を受け継ぐ形で出発しながらも、最終的には他の誰でもない境地に達した。それと同様にシベリウスは、交響曲第7番でまったく独自のフォルムを、すべてが簡潔な言葉で語られるような形で極めています。ひとつの交響曲に対して、時間的な長さと音楽的な内容に適切なプロポーションを与えていくのは作曲家にとっても至難の技です。彼はその点で本当に無駄なく、あらゆる音符が然るべき役割を果たしながら世界を形作る作品を書き上げました。これが彼にとって最後のシンフォニーになったのも納得がいくことですね。

クラウス・マケラ©Mathias Benuigui_Pasco And Co

そしてもうひとつのプログラムがショスタコーヴィチとリヒャルト・シュトラウス。

オスロ・フィルの持ち味が生きる後期ロマン派の音楽でも、《英雄の生涯》はオーケストラを聴く醍醐味といえるレパートリーでしょう。エリセ・ボートネスが披露するヴァイオリン独奏にも、ぜひ注目してください。彼女はヨーロッパのオーケストラでもベストのコンサートマスターの一人だと思います。

オスロ・フィルとは現在、ショスタコーヴィチの交響曲全集のプロジェクトに取り組んでいます。精確無比な演奏を聴かせるだけでなく、そこに深い人間性や温もりを感じさせる点で理想的なオーケストラですね。今回のツアーでは同じショスタコーヴィチでも、交響曲とはまた別の顔を持った作品を演奏します。溌剌として明るい祝典序曲、そして機知に富んでいて親密な空気感もたたえたピアノ協奏曲第2番……。

そのソリストにお迎えするのが辻井伸行さん。彼は鋭敏な音楽性の持ち主ですね。CDやビデオで演奏はよく聴いており、日本でも何回か会う機会がありました。共演の機会は本当に楽しみにしていますよ!

Written By 木幡一誠(音楽評論家)


■リリース情報

クラウス・マケラ『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》《火の鳥》』
2023年 3月 24日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify /Amazon Music

来日公演情報詳細


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