Join us

Classical Features

ドビュッシー〈月の光〉:傑作の背後にある物語

Published on

Illustration: uDiscoverMusic

ドビュッシーの作品の中で最も愛されているピアノ曲〈月の光〉にまつわるエピソードを探っていく。

〈月の光〉はドビュッシーの作品の中で、おそらく最も愛されているピアノ曲だろう―この楽器のために彼が作曲した作品数の豊富さからしても、このことは極めて多くを物語る。〈月の光〉は《ベルガマスク組曲》の第3曲(いわゆる緩徐楽章)であるが、組曲中の他曲を超えた独自の生命力を獲得している。しかしこの曲は、この題名を有する唯一無二の存在ということではない。

Lang Lang – Debussy: Suite bergamasque, L.75: III. Clair de lune

ドビュッシー〈月の光〉:傑作の背後にある物語

ドビュッシーは、実際には3つの〈月の光〉を作曲している。その着想は、ポール・ヴェルレーヌが編んだ詩集『艶なる宴(Fêtes Galantes)』にある一遍の詩に因み、この詩集もまた、ジャン=アントワーヌ・ヴァトー(1684~1721年)の絵画に触発されたものである。ドビュッシーはこの詩を含む6つの詩を、まずは1882年、そして再び1891年に音楽にした。〈月の光〉のピアノ曲はもともと1890年に作曲され、1905年に改訂された。

象徴主義の精神

ヴァトーの絵画は、牧歌的な雰囲気の中での宮廷生活や恋愛を様式化し、繊細に描出したもので、描かれた人々はコメディア・デラルテの登場人物(アルルカン、ピエロ、コロンビーナなど)の仮面で仮装していることもある。

ヴェルレーヌはこうした仮装が持つ暗黙の隠された欲望の雰囲気を感じ取り、19世紀後半の象徴主義の時代に持ち込んだ。象徴主義とは、何事も額面通りに受け取ることはできないとする、芸術・文学におけるムーブメントである。私たちが知覚するものは全て、何か他のものの象徴もしくは隠蔽でしかない。物事の核心に到達するには、私たち自身の心が、潜在意識と繋がりを持たなければならないと考える。

「あなたの魂は選ばれた風景 魅力的な仮面師やベルガマスク師が リュートを奏で踊っているが 幻想的な仮装の下では憂いているかのよう」と、ヴェルレーヌは「月の光」に記す(既にお気づきのように、ドビュッシーのピアノ組曲全体のタイトルはここに由来する)。詩は次のように続く―「彼らは“短調”で 人生と愛の勝利を歌いつつ 幸せを決して信じていないように見え 彼らの歌は穏やかな月の光に溶け込み  “悲しく美しい”月の光は 木々の鳥たちに夢を見させ 大理石の彫像の間では 大噴水が恍惚に啜り泣く」

この詩の終わりには、私たちは最初の一行が意味したところを忘れてしまっているかもしれない。この絶妙で物憂げな光景の全てが、実は詩人の愛する人の魂の中にあるのだ。それはどういう意味か?それは、この曲を聞く私たち一人一人の解釈に委ねられる。

ドビュッシーの音楽に、この詩が聴こえるか?

おそらく、ある程度までは。というのも、この曲には元々〈感傷的な遊歩道〉という全く別のタイトルが付けられていた。これもまた、ヴェルレーヌ『サテュルニアン詩集(Poèmes saturniens)』に因んではいる。しかし、ドビュッシーがより描写的かつ明瞭な〈月の光〉に変更したのは、おそらくそうするに足る理由があったからだろう。この曲は、この詩の持つ繊細さ、荘厳な中にも哀しみと美しさが混ざり合った微妙な暗示を共有しており、あの啜り泣く噴水を彷彿とさせるような中盤の“ブルーノート”は、作品全体を貫く雰囲気を表現している。

解説動画の中でラン・ランは、〈月の光〉の絵画的な特徴を強調しており、ドビュッシーは「世界で最も美しく、芸術的な映画を生み出した」と喩えている。

曲の構成は主に3つに分かれる。まず、囁くようなメロディーから始まり、自由にラプソディックな3連符から豊かで静かなハーモニーへと拡散していく。中間部では、前述の“ブルー”ノートが特徴的な新しいメロディーが、波打つような伴奏に重なる。これが、穏やかなクライマックスを迎えた後に、高音域で演奏される最初のテーマへと戻るに連れて音楽は収束していく。中間部の回想が短いコーダを形成し、曲は冒頭のような見上げる瞑想のうちに閉じられる。

私にも演奏できる?-レッスン

ピアノのテクニックという面では、〈月の光〉はドビュッシーの他の曲よりも比較的シンプルだが、独自の複雑さがある。特に、鍵盤のタッチとサウンドの質、主に静かで落ち着いた色彩の中での、ダイナミクスの微妙なグラデーションに注意を払う必要がある。

Lang Lang – Debussy: Clair de Lune (Track by Track)

※字幕なしの動画(英語)となります。

ドビュッシーの〈月の光〉の冒頭部分は、木々の隙間から、“おそらく半月”を垣間見るようで、時折、明瞭さを増していく、とラン・ランは語る。冒頭部分での、彼のペダルの興味深い使い方に注目して聞いて欲しい。「ペダルを使うと、あの空間の感覚が作り出せる」と彼は示唆している。

〈月の光〉の中間部で、ラン・ランは、“雲が月を追いかけている”時の“朧げ感”を楽しんでいる。柔らかい最初の小節の後、低音から音が強まり、高音が少なくとも一時的に輝きを増すと、新しい色彩が現れる。これこそ、この曲を解釈する上で、私たちが喜んで目指すべきディテールの豊かさなのである。

ドビュッシー自身による〈月の光〉演奏方法のアドバイス

興味深いことに、〈月の光〉の演奏方法について、ドビュッシー自身によるアドバイスも残されている。ピアニストのモーリス・デュメニルは、かつてこの作曲家のもとを訪れて指導を受け、学んだ内容を記事にまとめた。ドビュッシーは序盤の3連符があまりに厳密な拍子で演奏されることを望んでおらず、“全般的な柔軟性”があるべきだとした。デュメニルは更に、作曲者が彼に対して「始める前に2つのペダルを踏むことで、倍音が重なり合った瞬間に振動するように」とアドバイスしたという。

中間部の、この曲の中で最も感情表現が豊かになる瞬間に向かうところについて、ドビュッシーは彼に、大袈裟にクレッシェンドやルバートをつけたりせず、凛とした表現にするように、つまりイタリア・オペラの過剰さを示唆するものは全て避けるように!と助言した。ドビュッシーは中間部を次のように表現した―「左手のアルペジオは、弦楽器の背景とともにハープを演奏しているかのように、流動的で、まろやかで、ペダルに溺れなければならない」。完璧である。

推奨録音

ドビュッシーの〈月の光〉は、ラン・ランのアルバム『ピアノ・ブック』に収録されている。このアルバムは、ラン・ランが幼少期にピアノを初めて弾くきっかけとなり、そこから世界的なスターダムへと導いた作品集である。ラン・ランは、「私の素晴らしい教え子たち、そして私と同じようにピアノを愛する世界中の全ての友人たちに、このアルバムを捧げます」と語った。

Written by uDiscover Team


■リリース情報

ラン・ラン『ピアノ・ブック』
2019年3月29日発売
CD / iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify


Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Don't Miss