春の訪れを喜ぶクラシック音楽作品:ショパンやモーツァルトなど聴くべき作品12選

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春の季節といえば、どんなイメージがあるだろうか。人との出会いや物事の芽生え。寒い時期を終え暖かい季節を迎えると、自然と心までも浮き立ち、未来への楽しい予感さえ生まれてくる。一方で、区切りの季節を迎えたことでナーバスになったり、強い決意で体がこわばったり……。そんな多様なさまを表現しているのも、クラシックである。今回は、「春の訪れを喜ぶ作品」をテーマに、クラシック音楽をセレクト。喜ぶのはもちろんのこと、憂いや焦り、悲しみなど、喜びと表裏一体でもある感情をすくいとった作品も含めて紹介するので、それぞれの作曲家の見つめた「春」を感じ取っていただきたい。音楽ライター 桒田 萌さんによる寄稿。



シューベルト:春の信仰

ドイツ・リートの名手であるシューベルトによる歌曲作品。優しく穏やかなピアノの伴奏に乗せて歌われるのは、春への喜び。どうやら詩の主は心が沈んでいるみたいだが、春を機に心を奮い立たせようとしているようだ。この季節を節目に、「心を入れ替えて、今日からまたがんばろう」と前向きに奮起する人が多いだろう。そんな人には、「今、すべてを変えなければならない」と強く歌うこの作品がピッタリではないだろうか。

ドビュッシー:交響組曲《春》

ドビュッシーが20代のころに書いた作品。イタリアのボッティチェリの描いた名画「プリマヴェーラ」に着想を得て書かれている。40種類以上もの花が咲き乱れている絵画にふさわしく、妖艶さと瑞々しさを兼ね備えながら春への喜びが花開く作品だ。ちなみに原版は一度火災によって消失してしまっているが、晩年のドビュッシーの指示によって、作曲家・編曲家のビュッセルが再度オーケストレーションを完成させたものが今日でも演奏されている。

モーツァルト:弦楽四重奏曲 第14番《春》

モーツァルトは1782年、ハイドンに向けて6つの弦楽四重奏作品を献辞しており、その1曲目となるのがこの作品だ。特に第1楽章や第4楽章で半音階がふんだんに用いられながら旋律が展開されており、音楽の表情の機微が柔軟かつカラフルに変化していく。華麗なる春の訪れが音楽を通して伝わってくるようで、聴いていると心が華やいでくる。

ピアソラ:《ブエノスアイレスの四季》より〈ブエノスアイレスの春〉

アルゼンチンに生まれ、クラシックに傾倒しながらタンゴに革命を起こしたピアソラ。日本やヨーロッパとは赤道を隔てて反対側にある南半球・アルゼンチンで生まれ育った。その地の四季が表現されたのが、組曲《ブエノスアイレスの四季》だ。

ブエノスアイレスでは1年が夏から始まるため、組曲も〈夏〉から始まる。ブエノスアイレスにおける春は、大体9月〜11月ごろ。年間を通して日本より温かく、夏は高温多湿。どの季節の音楽を通しても独特の熱量を帯びているのは、そうした気候状況によるものだろうか。特に〈春〉は、他の季節の音楽よりもひときわ熱くグルーヴ感があり、日本と違う季節観が見えてくるようである。

モーツァルト:歌曲〈春への憧れ〉

「来ておくれ、愛しい5月よ」。春を待ち焦がれるような、はやる気持ち。ドイツの詩人であるクリスチャン・オーヴァーベックの童詩集『フリッツヒェンの歌』の詩が歌われている。モーツァルトは、同じ季節の歌曲で〈すみれ〉を書いているが、〈春への憧れ〉では生き生きとした春への想いが綴られている一方で、〈すみれ〉は「死」を連想させる。2曲を合わせて聴いてみることで、モーツァルトの中にある春への二面的な価値観が垣間見えるようで興味深い。

ショパン:《17のポーランドの歌》より 第2番〈春〉

ピアノの詩人と呼ばれたショパンは、作品の大多数をピアノ曲で占めているが、歌曲も多く残している。《17のポーランドの歌》は、ポーランドの詩を採用した歌曲集。

第2番〈春〉は春の喜びを噛み締めようとしているものの、自らの心の孤独や哀しみの沼から這い出しきれぬさまが歌われている。そんな葛藤を抑え込むかのように、歌もピアノも淡々と静謐に奏でられる。明るい季節を目前にしながら、無理して前を向くのではなく、現在地をしっかり踏み締め、時には後ろを振り返る。そんな春があっても良いだろうと、ショパンの音楽が教えてくれる。

チャイコフスキー:《四季》より〈4月〉

1月から12月までの季節や風習の様子が、月ごとに1曲ずつピアノで描写された曲集《四季》。それぞれの月に副題が付けられており、4月は「待雪草」。英語で「スノードロップ」と呼ばれるこの花は「春を告げる花」と言われており、下向きに控えめに咲く姿が非常にかわいらしい。

淡々と刻む和音の上で奏でられる、美しく可憐でどこか物憂げな旋律。高音と中低音を行き来するように歌われる。その一方で軽やかにピアニズムを発揮したりする場面もあり、さまざまな表情のスノードロップが見え、聴いていて心が安らぐ一曲だ。

ラフマニノフ:《12の歌曲》より〈リラの花〉

ラフマニノフが妻のナターリヤと結婚した年に書かれた歌曲集が、《12の歌曲》。彼女に捧げた〈ここはすばらしい場所〉などが収録されているが、〈リラの花〉も外せぬ逸品だ。「リラ」は英語でライラックと呼ばれ、春に木から垂れ下がるように咲く紫のかわいらしい花のこと。「ライラックの花の中に、自分の幸せがある」と、ささやかな幸せを希求する心情を、ライラックの花を介して控えめに表現している。物事の始まりや芽吹きを予感させる春の季節に、明るい未来を祈る。この季節にぴったりの歌だ。

マーラー:《大地の歌》より第5楽章〈春に酔う人〉

マーラーにとって9つ目の交響曲。6つの楽章から成り、いずれも李白や孟浩然、王維といった中国の詩を元にハンス・ベートゲが編纂した『中国の笛』のテキストが歌われている。時には世を憂いたり、謳歌したり——第5楽章〈春に酔う人〉も同じく、酒に溺れながら人生を謳歌しているが、一方で「春が何だって言うんだ」とむしゃくしゃする一面もあり、この世を生きる人間の多面的な心情が歌われているともいえる。第5楽章の詩は、李白による漢詩『春日醉起言志』のテキストが元になっている。

ラヴェル:ダフニスとクロエ

ラヴェルが活躍した20世紀初頭、興行主のディアギレフが率いるバレエ団体「バレエ・リュス」がエンターテイメント業界を席巻していた。《ダフニスとクロエ》は、「バレエ・リュス」から依頼を受けて書かれたバレエ作品。

2〜3世紀の古代ギリシャの詩人であるロンゴスの書いた原作を採用し、羊飼いの男女であるダフニスとクロエを取り巻く妖艶な恋愛物語が描かれている。ラヴェルと同時代を生きた画家のジャン・フランソワ・ミレーも、「春(ダフニスとクロエ)」という油彩画を残している。成熟しきっていない男女の出会いと、愛の芽生え。それを「春」という季節に見立てるのは、ごく自然なことであるともいえる。ラヴェルの思い描いたダフニスとクロエの恋愛は、ミレーのそれよりも少し艶っぽい。しかし、1組の男女の愛が形になるさまを描いたことを考えると、ラヴェルの作品もまた「春」という季節にぴったりだ。

シューマン:交響曲 第1番《春》

シューマン独特のロマンティックな表情はもちろんのこと、晴れやかさと爽やかさも兼ね備えた作品だ。詩人のアドルフ・ベトガーが春について書いた詩にインスパイアされた作品で、初演時にはそれぞれの楽章に「春の始まり」「夕べ」「楽しい遊び」「たけなわの春」と標題がつけられていた。

この作品が書かれた1841年、シューマンは最愛の妻であるクララと念願の結婚を果たした直後であり、歌曲をはじめとするさまざまな代表作が多く生まれた豊作の時期でもあった。まさに、シューマンの人生における「春」。そんな時期に生まれた傑作だ。

コープランド:アパラチアの春

20世紀アメリカ生まれの作曲家、コープランドによるバレエ作品。舞台は、1800年代のアパラチアの地域にあるペンシルベニア州。アメリカの開拓民が新たな農地を開いた人々の祝いの場で、とある新郎新婦の門出を祝うさまが描かれている。中でも「シンプル・ギフト」と呼ばれる、アメリカのキリスト教宗派であるシェーカー派の讃美歌が用いられ、喜ばしい場面を美しく爽やかに彩っている。

Written By 音楽ライター 桒田 萌



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