「音楽は、私にとって最初の夢でした」アンソニー・ホプキンス、自ら語る『Life Is A Dream』全曲解説
アカデミー賞俳優アンソニー・ホプキンスが、88歳にして作曲家としてDecca Classicsよりデビュー。人生を音楽で綴った初アルバム『Life Is A Dream』を、ホプキンス自身の言葉とともに紐解く。
アカデミー賞受賞俳優として世界的に知られるアンソニー・ホプキンス。彼が俳優を志す以前、音楽家を夢見ていたことをご存じだろうか。彼にとって最初の情熱は、演技ではなく音楽だった。
1937年、ウェールズ・ポート・タルボットに生まれた彼は、4歳でピアノを始め、数年後にはベートーヴェンやショパンを演奏していた。さらに6歳頃には即興演奏を始め、10代には地元の演劇作品のために音楽を作曲していたのだ。
「音楽は、私にとって最初の憧れであり、最初の夢でした。私は人生を通してずっと作曲を続けてきました。これらの作品の中には、何十年ものあいだ私とともにあり、今でも繰り返し立ち返る作品があります。」
そんなホプキンスが、88歳にして作曲家として名門レーベルDecca Classicsと専属契約を締結。長年にわたり作曲を続けてきた管弦楽作品の中から厳選した楽曲を収録した初のアルバム『Life Is A Dream』をリリースした。演奏は、世界的指揮者グスターボ・ドゥダメル指揮、フィルハーモニア管弦楽団。ホプキンスが長年育んできた音楽に、新たな命を吹き込んでいる。
©Charlie Gray
本作には、ホプキンスの人生のさまざまな時期に生まれた作品が収められており、その音楽からは、俳優としての活動にも通じる豊かな感情表現と物語性を備えた作曲家としての姿が浮かび上がる。愛する人々への思い、豊かな想像力、そして自身のルーツによって形づくられた“音楽による回想録”ともいえる作品集だ。
本記事では、楽曲解説をアンソニー・ホプキンス自身の言葉を交えながらお届けする。
アルバム『Life Is A Dream』について
アンソニー・ホプキンスは、アルバムのコンセプトについて以下のように紹介している。
「この年齢になると、人生の終わりが近づいていることを痛切に意識します。振り返ってみると、自分の記憶は壮大な幻想なのか、それとも、この人生のすべてが夢なのだろうか、と考えるのです。」
そして、ペルシアの詩人オマル・ハイヤームの詩を引用している。
そこには扉があったが、私には開ける鍵が見つからなかった
そこにはヴェールがあったが、その向こうを見ることはできなかった
しばしの間、“私”と“あなた”について言葉を交わし
……そして、その先は?
もはや“あなた”も“私”もない
― オマル・ハイヤーム
1.《Fanfare and March》
《Fanfare and March》は、人生の勝利と、内なる力を讃える作品だという。
「幼い頃、映画館で耳にした、力強く鳴り響くブラス・バンドの音楽。ファンファーレの力強さは、少年だった私の魂を形づくりました。冒頭のファンファーレは、1940~50年代の映画音楽に典型的な、華々しく鳴り響く金管楽器による序曲をイメージしています。1949年、ウェスト・モンマス・スクールの講堂で聴いた、ウォルトンによる映画『ハムレット』の音楽、なかでも冒頭の重厚な和音は私に強烈な印象を残しました。」
続くマーチには、ホプキンスの祖父が歌っていた童謡も織り込まれている。
カーマーゼン・ロードを行ったり来たり
パンに糖蜜をつけて食べながら
そうやってお金はなくなっていく
ポン! イタチが飛び出した!
2. 《Farewell My Love》
《Farewell My Love》は、ホプキンスが愛する妻ステラへの思いを込めた作品だ。
「愛するステラ、どうか泣かないで。人生とは、長く、永遠に続く別れなのです――。」
ピアノ独奏とオーケストラのためのこの作品は、2025年初頭に作曲された。
静かな木管楽器のモチーフによる、漂うように穏やかな冒頭から始まり、やがてピアノが中心となる旋律を奏でる。音楽はフル・オーケストラによる感情的なクライマックスへと高まり、最後には冒頭のモチーフへと回帰。クラリネットが静かにその余韻を響かせる。
オーケストレーションと和声語法の一部は、リチャード・バートンとエリザベス・テイラー主演の映画『Divorce His – Divorce Hers』でスタンリー・マイヤーズが手がけた、イタリア的な趣を持つ音楽から着想を得た。
3. 《And The Waltz Goes On》
「私たちは生き、愛し、笑い、涙する。それこそが人生というラプソディ。私たちはその調べに乗って、永遠へと踊り続けるのです。」
この作品は、1960年代、リヴァプール・プレイハウスのグリーンルームでホプキンスが書いた旋律に端を発している。
「最初にメロディを書いてから40年ほど経ったある日、ふと思い立ってこの曲の編曲版をオランダのヴァイオリニスト、アンドレ・リュウに送りました。すると翌朝、彼から届いたのは単なるメールの返信ではなく、彼のオーケストラによるこの曲の完全な録音でした。この作品が表しているのは、私たちが永遠へ向かって踊り続ける“人生のラプソディ”です。」
4.《My Fatherland》
《My Fatherland》は、ホプキンスの生まれ故郷、ウェールズに捧げられた作品だ。
この作品の基盤となっているのは、6つのウェールズ伝統旋律で、そのうち4曲はウェールズ語の原詞で歌われている。作品の発想のルーツにあるのは、ホプキンスが子どもの頃にラジオで親しんだレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ、フレデリック・ディーリアス、ジョン・アイアランドらの幻想曲だ。彼らがイングランドの伝統民謡をオーケストラによって新たな芸術作品へと昇華させた、その手法に影響を受けている。
「パン職人だった父の息子として育った私自身のささやかな原点と、ウェールズの人々が大切に受け継いできた、素朴でありながら心に深く響く旋律に敬意を捧げています。」
5.《Margam》
一方、《Margam》は、ホプキンスの父と母に捧げられた作品だ。
この作品の素材は、もともと1996年、ホプキンスが監督・主演した映画『8月の誘惑』の音楽として作曲された。この映画はアントン・チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』を翻案し、20世紀初頭のウェールズを舞台にした作品だ。
「当初、映画音楽の作曲をジョージ・フェントンに依頼しましたが、彼はほかの2つのプロジェクトで多忙だったため、『自分で書いてみてはどうか』と勧めてくれました。そこで彼のスタジオのピアノに向かい、私自身が音楽を書くことになったのです。」
約10年後、コンサート作品へと改作された際、ホプキンスが育ったポート・タルボット郊外の地名にちなみ《Margam》と名づけられた。
「《Margam》は父と母へのオマージュであると同時に、牧歌的な幼少期を振り返る作品でもあります。春、祖父と一緒にブルーベルを摘んだ思い出がそこに息づいています。」
《1947: Suite for Solo Piano and Orchestra》
「1947年の夏は、ウェールズでも記録的な暑さとなった夏のひとつでした。配給制度と緊縮生活が続く厳しく荒涼とした冬が過ぎると、マーガムには長く暑い夕暮れが訪れました。」
ピアノ独奏とオーケストラのために書かれた《1947: Suite for Solo Piano and Orchestra》は、1947年のホプキンスの記憶に根ざしている。
6. I.《Circus》
「第1曲《Circus》は、1944年、祖父と一緒にサーカスへ出かけた鮮明な記憶から着想を得た作品です。曲芸師、象、ジャグラーたちは、幼い私に強烈な印象を残しました。象の力強さと、何ものにも止められないその圧倒的な力は、今も私の人生を象徴する存在であり続けています。」
この作品では大編成の打楽器群に加え、「ライオンズ・ロア」と呼ばれる珍しい摩擦太鼓、金床、ブレーキ・ドラム、鞭などが使われている。また、古いコックニーのミュージックホール・ソング「Let’s All Go Down The Strand」と、その「have a banana」というリフレインへの目配せも盛り込まれている。
7. II.《Bracken Road》
「1940年代のブラッケン・ロード、マーガム。私が生まれた家のあった場所。のどかな午後の美しさ。街を歩き、草原や農地、山々を気ままに巡った記憶。」
《Bracken Road》の旋律は、ホプキンスが1963年、デイヴィッド・スケースに招かれて所属したリヴァプール・プレイハウスで、歌曲として書いたものだ。
「早朝、清掃員たちが舞台裏で仕事をしている時間に、私はグリーンルームにあった小さなアップライト・ピアノで即興演奏をしていました。歌詞は断片的なもので、『もう私は、あなたにとって何の意味もないのだろうか?もう二度と会えないかもしれない……』という言葉で始まっていました。」
ブルースの香りを帯びた気だるい旋律は、ハリー・ジェイムス・オーケストラやジャッキー・グリーソンのゆったりとしたバラードから着想を得ている。また、オーケストレーションは、エルガー《交響曲第1番》の緩徐楽章へのオマージュ。弦楽器の首席奏者たちが旋律を担い、ほかの奏者たちがハーモニーでその旋律に寄り添う。そこにピアノ独奏、ミュート・トランペット、クラリネットが織り交ぜられている。
8. III.《The Plaza》
「故郷ポート・タルボットのプラザ・シネマは、私が映画への情熱に目覚めた場所です。華麗なミュージカル、古典的な西部劇の名作、そして何よりも大好きだったチャーリー・チャップリンの『ライムライト』。夏の暑さから逃れる場所のひとつでもあったプラザ・シネマは、1940年に開館したアール・デコ様式の美しい映画館でした。」
この楽章は、スクリーンの眩い光、興奮、そして映画の魔法を呼び起こす、エキゾチックで熱狂的なサルサとなっている。
9.《Stella Aria》
「愛する妻ステラに、心からの愛を込めて捧げた作品です。彼女のラテン文化に根ざした背景、優雅さ、そして美しさが、チェロをフィーチャーしたこの作品の着想源となりました。」
2004年に妻ステラのために作曲されたこの作品は、もともとギター独奏のために書かれたものだったが、後にチェロ独奏とオーケストラのために改作された。旋律、とりわけカデンツァには、ステラのラテン文化に根ざした背景や、彼女の優雅さ、美しさから受けたインスピレーションが反映されている。
全体を切れ目なく展開する通作形式の作品で、ハープと弦楽器に支えられた穏やかな旋律による「バラーダ(balada)」で始まる。そこから自由な形式のラプソディへと移り、中心となるチェロの旋律に、木管楽器や弦楽器による色彩的な響きが散りばめられていく。
10.《Tara》
《Stella Aria》と対になる作品として作曲され、ステラの姪タラに捧げられている。
「タラの輝くような美しさ、揺るぎない気品、そして穏やかな心から着想を得て、この抒情的で牧歌的な作品を書きました。」
子守歌のような旋律が、宙に浮かぶような幻想的な響きを背景に、オーケストラのさまざまな楽器へと受け渡されていく。
《Two Pieces for Orchestra》
2024年末にロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のために作曲され、2025年にリヤドで同楽団によって初演された作品だ。
実質的には互いにつながり合う2つの交響詩で、古代メソポタミアの寓話に由来する「サマラの約束(Appointment in Samarra)」を、W・サマセット・モームが語り直した物語から着想を得ている。
ある召使いがバグダッドの市場を歩いていると、「死」と出会う。それを不吉な前兆だと恐れた召使いは主人のもとへ逃げ帰り、最も速い馬を貸してほしいと頼み、全速力でサマラへと逃げた。
その日のうちに、主人自身も「死」と出会い、なぜ自分の最も忠実な召使いを怖がらせたのかと怒って問いただす。すると「死」は困惑しながら、バグダッドの市場で召使いを見かけたので驚いただけなのだ、と答えた。なぜなら、その日の夜、彼とはサマラで会う約束になっていたからだ。
11. I.《The Eagle》
「誕生から人生のさまざまな季節を経て、やがて死を意識するまで――鷲は時の果てへと飛び続けます。」
冒頭のファンファーレから、ゆったりとしたハバネラへと移行。やがて不吉な予感と恐怖を募らせながら、フル・オーケストラによるハチャトゥリアンを思わせる雄大な旋律へと発展し、そこに合唱によるスタッカートのフレーズが鋭く差し込まれる。
この楽章で歌われるアラビア語のテキストは、イスラム以前のアラビア詩を代表する傑作『ムアッラカート』に収められた《イムル・アル=カイスの頌歌》から採られている。そこでは、全速力で駆ける馬の姿が猛禽の飛翔に重ねられている。
「突進し、逃れ、進み、退く、そのすべてを同時に――山の奔流によって高みから投げ落とされた巨大な岩のように」
12. II.《Samsara》
この楽章のタイトルには、地名「Samarra(サマラ)」だけでなく、多くのインド哲学や宗教の根幹をなす、生と死、そして再生の循環を意味する「Samsara(サンサーラ/輪廻)」という概念も重ねられている。
この循環のなかで避けることのできない「死」が、モームの物語の感情的な核心となっている。作品では、言葉を伴わない幽玄な合唱、チューブラー・ベル、第1楽章から再び現れるカスタネットによってその世界が描かれる。音楽はチェロ独奏による悲痛な哀歌から壮大なクライマックスへと高まり、最後には静かな受容へとたどり着く。
アンソニー・ホプキンスが人生の旅を音楽で綴った『Life Is A Dream』。一曲一曲に込められた物語とともに、作曲家としての彼の音楽世界をぜひお楽しみいただきたい。
【アンソニー・ホプキンス】デビューアルバムメイキング映像
Written By uDiscover Team
■リリース情報
Life Is A Dream
2026年8月21日発売
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