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プッシャ・T『Daytona』解説:暴力的な美しさを見事に体現した極限のラップ・アルバム
HIP HOPの輸入盤アナログ・レコードが音楽サイトuDiscovermusicの名前を冠したシリーズ「uDiscovermusic. VINYL HIP HOP」としてカラー・ヴァイナル、日本語半掛け帯付きとして2025年7月4日に数量限定で発売される(一部タイトルの発売日は除く)。
今回このシリーズで発売されるのは以下の全8タイトル。それぞれのアルバム解説を掲載。このページでは2018年に発売されたプッシャ・T『Daytona』についてライターの渡辺志保さんによる解説を掲載。
<タイトル一覧・クリックすると解説がご覧になれます>
・パブリック・エネミー『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』
・ウォーレン G『Regulate… G Funk Era』
・DMX『… And Then There Was X』
・ジャ・ルール『RULE 3:36』
・50セント『Get Rich or Die Tryin’』
・2パック 『Best of 2Pac, Part 1: Thug』
・プッシャ・T『Daytona』
・ケンドリック・ラマ―『Black Panther: The Album』
暴力的な美しさを見事に体現した極限のラップ・アルバム、とでも評したくなるのがこの『Daytona』だ。2018年5月にリリースされたこの作品だが、当時、カニエ・ウエストが自身のレーベル、G.O.O.D. Musicから毎週異なるアーティストのアルバムをリリースするとアナウンスして話題になった。結果、カニエのソロ作品も含めて計5枚のアルバムが発表されたわけだが、その第一弾作品として口火を切ったのが、プシャ・Tによる『DAYTONA』だった。
兄とともに組んだラップ・デュオ、クリプスの一員としても活動していたプシャ・T。2002年にクリプスとしての1stアルバム『Lord Willin’』をリリースし、2010年にカニエが設立したレーベル、G.O.O.D. Musicと契約を結び、本格的にソロ活動へとシフトする。
EPやミックステープのリリースを挟んで2013年に1stソロ・アルバム『My Name Is My Name』を発表。研ぎ澄まされたビートに乗るシャープなライムが冴えた作品で、音楽界からは高い評価を得た。
『Daytona』:時間の贅沢さ
地元・ヴァージニア時代からの付き合いであるファレル・ウィリアムスやカニエ・ウエストら、トップ・プロデューサーらと共に革新的なスタイルを模索し続けるプシャによる、3作目のソロ・アルバムが『Daytona』だ。
また、このアルバムリリースに先駆けて、プシャ・TはGOOD Musicの社長(President)にも任命されている。音楽的にも、ビジネス的にも(もともと、プシャ・Tはドラッグディーラーとして一時代を築いていた。そのビジネス・センスは折り紙つきだ)彼の実力が求められていた時期でもあった。
当初は「King Push」というタイトルが予定されていた本作だが、直前になってアルバム名が『Daytona』へと変更になった。その真意は「自分は“時間の贅沢さ(the luxury of time)”を所有しており、それは自分のスキルに自信がある時にしか得られないものだ」と、プシャ自身が当時のTwitterにポストしている。
高級時計ブランド、ロレックスのモデル名に由来するタイトルだが、その通り、プシャが大切にしている世界観として「贅沢さ」がある。この頃、ファッション的にもハイブランドのアウトフィットを着込み、タイトかつミニマルに決め込んだスタイルを好むようになった。カニエの盟友でもあったヴァージル・アブローやファレルたちもすでにファッション・アイコンとしてさらに大きな注目を集めるようになっていた頃で、そうした変化もまた、プシャ・Tのスタイルに影響を与えたに違いない。
様々な点で衝撃を与えた『Daytona』だったが、そのアートワークにも触れておきたい。ゴージャスで乱雑な洗面台からは、栄華と衰退を感じさせられる。これは、2012年に亡くなったホイットニー・ヒューストンのドラッグ濫用の様子を報じた写真であり(撮影年は2006年)、カニエ・ウエストが85,000ドル(約1,200万円)を支払ってアートワークに使用したと言われている。遺族からも批判が上がりつつも、プシャ本人は「これは美しく、主張のあるアート作品。このライフスタイルが最終的に行き着く場所を示している。それが現実なのだ」と自ら評している。
ドレイクとのビーフは“贅沢さ”の一片
アルバムの収録曲は全7曲。決して多い曲数ではないが、プシャ・Tの主張を訴えるには十分の内容だ。衝撃、といえば特に騒がれたのは「Infrared」だろう。
かねてからドレイクに対して良い感情を持っていなかったプシャ・Tだが、「Infrared」はドレイクに対して「自分で歌詞を書いていない」と指摘し、はっきりと非難。しかし、ドレイクはその日のうちにアンサー曲「Duppy Freestyle」を出し、さらにその4日後にはプシャが再びドレイクへのディス曲「The Story of Adidon」を発表して、ヒップホップ・シーンにカオスをもたらした。
しかしこうしたゴシップ的要素は、『Daytona』が示す“贅沢さ”の一片でしかない。収録曲の全てはカニエ・ウエストによるフル・プロデュースで、一曲目「If You Know You Know」は、無機質なスネア音の上でプシャがシャープにラップする。途中からビートに加わるループ音、サンプリングのサウンドはそれだけでカニエのトラックであると主張するが、プシャのタイトなラップを引き立てる絶妙な具合で最後までリスナー達を一気に引き込んでいく。
次にどんな鋭いリリックが、そしてビートが飛び出してくるか分からない、上質なびっくり箱(そんなものが実際にあるかどうかはさておき)を開けながらアルバムを聴き進めていくような感覚だ。
メランコリックなビートにリック・ロスのラップが映える「Hard Piano」、乾いたドラム・サウンドが打ち付けられる「The Games We Play」やヘヴィなサンプリング・パートとベースの対比がスリリングな「Come Back Baby」など、カニエのビートも切れ味抜群。
そして、何より特筆すべきなのは、コカ・ラップとも評されるプシャ・Tのシビアでシャープなラップ。
This thing of ours, oh, this thing of ours
A fraternity of drug dealers ringin’ off
I just happen to be alumni
Too legit, they still lookin’ at me with one eye
ああ、俺らの稼業
ドラッグディーラー達のOB会に呼ばれまくる
俺はたまたまそこの卒業生なんだ
正真正銘なのに、まだあいつらは疑ってる
(「If You Know You Know」)
The Warhols on my wall paint a war story
Had to find other ways to invest
‘Cause you rappers found every way to ruin Pateks
俺の壁には戦争を語るウォーホルの絵
新たな投資先を探さないと
お前らラッパーたちがパテック・フィリップの価値を
台無しにしちまったからな
(「Hard Piano」)
などなど…日本語訳にするとその美しさが台無しになってしまうが、ライミングとメタファーを鋭く組み合わせるプシャのラップは他の追随を許さない。
『Daytona』は好セールスを記録し、2019年のグラミー賞ではベスト・ラップ・アルバム部門にもノミネートされた。Billboard誌ではその時の最優秀ヒップホップ・アルバムに選ばれ、Complex誌は2018年のベスト・アルバムに選出。他にも、夥しいメディアがその年の重要作として年末のリストに『Daytona』を選んだほか、NMEやPitchfork、Rolling Stoneといった名だたるメディアも、2010年代のベスト・アルバム選に『Daytona』をピックアップし、プシャ・Tはまさにラップ界のキングとしてその名を知らしめていった。
現在も、プシャ・Tの伝説は現在進行形で塗り替えられている。2025年の夏にはなんと16年ぶりにクリプスとしての新作アルバムがリリースされ、さらにラッパーとしての強靭さを見せつけている。高価なタイムピースのように、何年経っても正確にメッセージを伝えてくれる『Daytona』は、今現在も色褪せない。
Written by 渡辺志保
プッシャ・T『Daytona』
オリジナル: 2018年5月25日発売
再発LP: 2025年7月8日発売
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