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一番最初のBillboardシングルチャートの首位や注目曲とは?

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1958年の8月4日、リッキー・ネルソンの「Poor Little Fool」はペレス・プラードの「Patricia」を押しのけて、新たに導入されたBillboard誌によるホット100(全米シングル・チャート)の最初の1位に輝いた。クラシックなシングル曲や長続きしなかった曲を思い出しながら、歴史的なチャートお披露目時のカウントダウンに入っていた他の注目すべきエントリー曲を振り返ってみようと思う。

Hot-100

まずは91位に入った一風変わったこの曲はどうだろう。それは全米シングル・チャートとなる以前のチャートで1位を獲得したシェブ・ウーリーの「Purple People Eater」へのアンサー・ソングである。「Hush」や「Games People Play(邦題: 孤独の影)」といった曲と共にサザン・ロック・ソウル の名声を得るまでに丸10年かかった10代のジョー・サウスの楽曲「The Purple People Eater Meets The Witch Doctor」だ。

ファッツ・ドミノは、最もヒットしたシングルではない1曲「Little Mary」で95位を記録、とはいえ、彼にとってはわずか3年間で22 度目の全米チャート入りだった。

エヴァリー・ブラザーズは以前のチャート1位の曲「All I Have To Do Is Dream(邦題: 夢を見るだけ)」が48位に下降していく中、新曲「Bird Dog」は92位を獲得。ジャッキー・ウィルソンは「To Be Loved」と共にチャート内に本物のソウルを持ち込み、86位を獲得、最高22位まで上昇した。

すぐに最高傑作となった別の曲は84位に登場したエディ・コクランの楽曲「Summertime Blues」である。後にトップ10入りを果たし、のちにグラミー賞とロックの殿堂入りを果たした。

チャック・ベリーは「Beautiful Deliah」で81位、「Johnny B. Goode」で80位と、立て続けにチャート入りを記録。バディ・ホリーは彼自身の「Early In The Morning」で41位、ザ・クリケッツの「Fool’s Paradise」で58位、「Think It Over」で27位とチャートに3曲登場した。パティ・ペイジはマーキュリーからリリースされたミリタリー・スタイルのシングルで13位の成功を掴んだ。

ボビー・ダーリンはアトコ・レコードからヒットの突破口となった曲「Splish Splash」で最高3位まで達した。

しかし前述の通り、一番最初の全米シングル・チャートのトップを獲得し、他の99曲に影響を及ぼしたのは、弱冠18歳の全米の究極なポップスター、リッキー・ネルソンのシングル曲「Poor Little Fool」だった。

Written by Paul Sexton


 

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