メタルとホラーの関係とその歴史:ブラック・サバスからスリップノット、ゴーストまで

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Photo: Rob Stothard/Getty Images

ヘヴィ・メタルとホラーは、メタルの誕生当時から常に共存して来た。ドラキュラを演じたベラ・ルゴシやフランケンシュタインを演じたボリス・カーロフは現実世界の一般大衆のズボンを汚させるほど震え上がらせたものだが、彼らの映画にはスクリーン上で繰り広げられるアクションに匹敵するほど恐怖心を煽るような音楽はついてなかった。

近年こそメタルとホラーの関係性は、マスクの怪人や反キリストのスーパースターたち、ポルノチックなドイツ人銀行強盗等々のキャラクターを生み出しているが、そもそもメタルとありとあらゆる禍々しいものとの不埒な関わりは、最初から定石だったのであろうか。

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70年代から80年代

「That’s Not Metal」とは、何がメタルで何がメタルでないかというジャンル分けに、今や誰ひとりとして同意できなくなっている時代であることを皮肉って名付けられたポッドキャストだが、それでもメタル・ファンがすべからく賛同するであろう数少ない事実のひとつは、ブラック・サバスこそがこのジャンルの出発点であるという点だろう。

事情通ならブルー・チアーを推すかも知れないし、この記事の読者の親父殿の中にはレッド・ツェッペリンこそ元祖だとする向きもあるかも知れないが、メタルの世界でヘヴィ・メタルとしてお馴染みになったものの本質は、人生の闇の部分に目を向けていたバーミンガム出身の4人の若者たちによって形作られたものである。

これだけ堂々と意見表明するには、それなりに満足のいくとっかかりが必要だ。その意味で、「Black Sabbath」という曲のオープニングに聴こえてくる音は、この後ヘヴィ・メタルとホラーの関係がどの方向に向かうのかを完璧に示唆するものだった。曲そのものはフラワー・パワーや平和や同胞愛といったムーヴメントの全盛時代に生まれたが、考えても見て欲しい、あのイントロは今も変わらず、不吉で威嚇的で、得体が知れない不気味さと脅威を感じさせるではないか。

曲の冒頭の歌詞、 「What is this that stands before me? Figure in black that points at me(俺の前に立っているのは一体何だ? 黒装束の姿が俺を指差している)」は、身の毛もよだつようなサウンドを抜きにしても、昨日の夜にキミがネットで観ていた何かしらに対する支払いを迫る魔王閣下のイメージを想起するには十分だ。

 

ブラック・サバスのメンバーたち自身はただ悪魔とたわむれていたつもりだろうが(トニー・アイオミはステージではいつも十字架を身に着けており、バンドはいつも躍起になって、自分たちのオカルティズムへの傾倒は面白半分の冗談に過ぎないと主張していた)、彼らが父と見なされているヘヴィ・メタル・サウンドとその題材の核は、ごく初期から明確に打ち出されていた。

もっとも、大抵の人がヘヴィ・メタルとホラーという2つの要素から連想するものは、ブラック・サバスよりも遥かにシアトリカルなバンドの面々だろう。ここからが本当に興味深いところなのだ。このメタルとホラーの時代を定義づけた2組のアーティストをご紹介するとしよう。それはKISS、そしてアリス・クーパーだ。

KISSとアリス・クーパー

例えば、映画『エルム街の悪夢』を思い出して欲しい。オリジナル第一作目に登場したフレディ・クルーガーと言えば、発電所で生きながら焼かれた連続殺人犯という背景を持った純然たる醜悪な殺人鬼だった。後に子供用の弁当箱や様々なグッズに登場することになる可愛いげのあるキャラクターとはまるでかけ離れている。80年代の子供たちにとって、フレディ・クルーガーは恐ろしいけれど魅力的な登場人物だったのだ。

同様に、かつてランチボックスにキャラとして使われた経験のあるKISSは、年端のゆかないファンたちにとっては謎に満ちた魅力的な存在だった。ブラック・サバスとアリス・クーパーが、自分たちと視線を合わせた人間は片っ端から怖がらせてやろうという姿勢だったとすれば、KISSは徹頭徹尾エンターテインメントが身上だった。スタイリッシュな宇宙人ポール・スタンレーは、トニー・スターク(訳注:マーベル・コミックス『アイアンマン』の主人公)と並んで得意げにポーズを取ったとしても何の違和感もない。

人間離れしたスケールを誇るジーン・シモンズは「God Of Thunder」に合わせて地響きを轟かせる魔物だ。この曲を聴いてみるがいい。あれが近隣を破壊して回り、行く手に立ち塞がろうとする人々に断末魔の叫びをあげさせている超人ハルクの発する音ではないと誰が言えるだろう。エース・フレーリー、ザ・スペース・エースは? マイティ・ソーは宇宙からやって来たではないか。我々の考察に間違いはないのだ。

アリス・クーパーはまた話が別だ。KISSは彼らのグループ名がKnights In Satan’s Service(悪魔に仕える騎士たち。メンバーたち自身が唱えた説と比べて格段に悪意に満ちている)の略だとキイキイ主張して譲ろうとしない親たちに散々苦しめられたものだが、アリス・クーパーの“恐怖のカーニバル”的なライヴ・ショーを観れば、マリリン・マンソンロブ・ゾンビからラムシュタイン、スリップノット、更にその先に至るまで、後の時代に非公認の秘蔵っ子たちが大いなる発展形を見せつけることになるメタルとホラーの婚姻関係の青写真が示されているのが分かる 。

何故アリス・クーパーの方がKISSよりも大きな脅威なのか? ジーン・シモンズは血を吐いていたが、ボクシングのリングの中ではそれより大変なことが起こり得る。一方アリス・クーパーは自分の頭をフルサイズのギロチンで斬り落とした後、アンコールで 「School’s Out」を演るのだ。

 

80年代とモトリー・クルー

80年代のメタルとホラーとの関係の始まりにおいて、最も恐れられていたバンドがモトリー・クルーだったというのは、今となっては何とも笑える話だろう。彼らのイメージと言えば、逆立てたロングヘアでストリッパーたちを侍らせた酒浸りの暴走マシーンだったかも知れないが、当時のキッズ世代の心を掴んだのは、彼らが初期に打ち出していた反キリスト主義への傾倒だった。

そもそも1983年の彼らのアルバム『Shout At The Devil』はタイトルからして、そのままメタルとホラーのクロスオーヴァーの証明のようなものだった。そしてアートワークに描かれたペンタグラムでその印象は決定づけられた。当時はこうした行為がまだ圧倒的にタブー視されていた時代であり、次にどの街に行くことになっても間違いなく物議を醸すことになること請け合いだったのだ。しかもアルバムのイントロは何とも悪趣味な、差し迫った黙示録の強迫的な予言になっている。

バンドのヴィジュアルも、元は『マッド・マックス』のようなアクション映画にインスパイアされたものだろうが、 「Looks That Kill」のビデオが連想させる昔ながらのいけにえの儀式は完全に『ウィッカーマン』[訳注:1973年に製作された英国のサスペンス・ホラー映画。行方不明の少女を探しにスコットランドの離島に向かった敬虔なキリスト教徒の警官が、原始宗教を信仰する島民たちによって祭りの生贄にされるというストーリーで、2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクされている]の範疇である……たとえロケ地がレヴロンの工場だったとしてもだ。

アンダーグラウンドのシーンでは、ヴェノムが更に一段と宗教的な意味で冒涜的なゾーンへと向かっていた。この記事の中に登場する他のどんなものよりも速くハードな(喩えて言うならモーターヘッドを高速回転するコンバイン刈り取り機の刃の中に放り込んだような)サウンドのみならず、ヴェノムはあからさまに悪魔崇拝的な歌詞を書いた最初のメタル・アクトでもあるのだ。その影響はポゼストやスレイヤーといった80年代のバンドから、21世紀のメタルバンド、クレイドル・オブ・フィルスやベヒーモスにまで及んでいる。

70年代のKISSにとってのアリス・クーパーのように、80年代のメタルとホラーの物語において、ヴィジュアル的にもキャラ的にも更に際立った存在だったのが、マーシフル・フェイトのフロントマンであり、本人そのものが既にレジェンドと化しているキング・ダイアモンドである。

懐古趣味的な時代がかり方と、呪われた水辺でリンダ・ブレア[訳注:映画『エクソシスト』で悪魔に憑りつかれる少女を演じた女優]と共に一晩過ごすのと同じくらい愉快なダイアモンドの逆さ十字のマイクと暗黒の主を讃える頌歌は、メタル界屈指の人気ホラー・ショウである。現在も、彼のライヴ・パフォーマンスは必見のイベントだ。キング・ダイアモンドの出で立ちはさながら映画『モンスター・ホテル』から脱け出してきたキャラクターだが、真面目な話、 80年代には彼が本当に棺桶に住んでいると思い込んでいる人々がいた。

この時点まで、熱いセッションを楽しんでいたメタルとホラーだが、そこにライヴ・エイドによるカルチャーの変容が驚くべきインパクトをもたらした。当時としては未曽有のスケールで開催されたあの世界規模のコンサートの及ぼした影響は凄まじく、それまでほぼ神格化されていた(この世ならぬ存在)デヴィッド・ボウイとそれに類するミュージシャンたちは、あのステージで演じた不手際や失態によって一気に権威を失墜し、世間は音楽を作り出しているのが所詮は人の手であるという戒めを与えられることとなったのである。

90年代

さて、ではここから話はどこへ行くのか? 80年代から90年代に突入すると、親たちはまた別の敵に悩まされることとなった。70年代のデヴィッド・ボウイを知らない世代にとって、ペリー・ファレルはまるでセクシーな異星人のように見え、女性にとってと同じく男性にとっても魅力的な存在に映った。アラバマで暮らしている子供が、ジェーンズ・アディクションの『Nothing’s Shocking』のレコードをむき出しで持って歩いて、ドン引きのリアクションにも平然としているところを想像してみるといい。

ナイン・インチ・ネイルズも独特のサイバー・マフィア的な雰囲気を漂わせ始めていたが、それでもまだこの頃は「Happiness In Slavery」のようなPVを作るようになるバンドとはまるで別物だった。ご覧になったことがない方に説明すると(件のビデオはMTVから放送禁止を喰らっている)、歪んだ精神状態をモノクロで描いたデヴィッド・リンチの傑作映画『イレイザーヘッド』に影響を受けており、映画『ホステル』が持っているすべてが、あの映画が完成する丸13年前には既に映像化されていたということだ。パトリック・スウェイジに歌手デビューを許した年代としては、終わり方は上出来である。

 

グランジとデス・メタル

90年代の始まりは、恐らく、ザ・ビートルズが最初にシーンに登場した時に匹敵するほどの重要な変革を携えて訪れた。ニルヴァーナとグランジ・ムーヴメントによるロックとメタルの過去の軍勢に対する焦土作戦はつまり、それまでのファンタスティックな大言壮語と過剰なまでの不摂生が、ほぼ一晩の間にもっと飾り気なくパーソナルで孤独なイメージに取って代わったことを意味していた。

この衛兵の交代式は、今や完全に時代遅れと見なされるようになったホラー的美意識に耽溺する願望を持っていたすべてのバンドに、特異な問題を抱えさせることとなった。だが、そこからの影響を更に発展させることで、この問題に対するひとつの回答を提示した勢力があった。

デス・メタルは殆どの大部分と比較するとかなり安易に成立したジャンルと言える。ミュージシャンたちは当然のようにジーンズとTシャツという当時流行のイメージに従い、湿っぽくてブルータルな彼らの音楽には、先祖返りや恐竜呼ばわりされずに済む程度の目新しさがあった。だが、90年代初期のフロリダで生まれたデス・メタル・シーンがメタルとホラーの融合を更に押し進めたのは、もっぱら歌詞の内容と視覚的な過激さにおいてである。

オビチュアリーのようなバンド、とりわけカンニバル・コープスは、モービッド・エンジェルのような複雑で難解な神秘主義をあえて避け、胸が悪くなるようなヴィデオから連想される通りのショッキングなまでに生々しくどぎついヴィジュアル表現を採用した。『Eaten Back To Life』のアルバム・アートワークだったか、あるいは 「A Skull Full Of Maggots」「Submerged In Boiling Flesh」  「Chopped In Half」といった曲の歌詞を読めば、デス・メタルが真に恐怖を催させるテーマの定義を決めようとしていたことは明白だ。

とは言え、皆が揃って着飾ることを放棄したわけではない。ヴァージニア州リッチモンド出身のGWARもそうしたバンドのひとつで、宇宙の戦士たちの集団というコンセプトで自らをスタイリングし、その当時までのロック界では誰も見たことがなかったような悪趣味なショウをぶち上げた。

恐ろしくかさばる怪物コスチュームを身に着けたメンバーたちは、スライムと血と、巨大な男根から放たれる精液にまみれながらギグを展開するのである。音楽的にはさしたる新味があるわけではなく、彼らのスカトロジー的ユーモアのセンスと奇抜なショウも殆どの人々にはジョークとしか思われていないが、ステージの上で繰り広げられる生々しい暴力性により、GWARがある一定の名声を手に入れたのは間違いない。

GWARや同世代のグリーン・ジェリーなどはあくまで色物扱いだったが、90年代初期に登場した中で一組、B級ホラーの要素と純粋に優れた音楽性とを真の意味で見事に融合させたバンドが存在した。ニューヨーク出身のホワイト・ゾンビだ。

80年代半ばにアート・パンク・プロジェクトとして結成された彼らは、90sにはホワイト・ゾンビとしてメジャー・レーベルと契約を交わし、メタル・ファンとオルタナティヴの支持層の両方にアピールできる独自の個性に磨きをかける一方で、ホラー的美意識への傾倒も深めていった。彼らの最高傑作は1995年のアルバム『Astro Creep: 2000』で、インダストリアル的なエレクトロニクス・サウンドと派手なメタルのリフ、そして50年代のB級ホラーやSF映画からのサンプルを使い、実に個性豊かな作品を作り上げている。

ホワイト・ゾンビはラモーンズの音楽的なシンプルさの進化形を示したミスフィッツの音楽性に、50年代のドライヴイン・シネマをミックスし、その両方に胸躍るようなエレクトロニックによるアップデートとテクニカラー(極彩色)の大衆劇場のようなヴィジュアルの焼き直しを施した。バンドは1996年に解散し、フロントマンのロブ・ゾンビは自らの手で結びつけたホラーとメタルの関係をソロの作品で更に発展させ続けているが、ホワイト・ゾンビの衝撃度の凄まじさを凌ぐことは今後も難しそうだ。

ゴスの登場

90年代に盛り上がりを見せたムーヴメントはグランジばかりではない。『クロウ/飛翔伝説』のような映画の成功は、ゴス・カルチャーがこの時代に再び息を吹き返したことの意義を示すものだ。このシーンから出てきて最初に成功を経験したのが、ロック史上最もカテゴライズの難しいバンドのひとつ、タイプ・オー・ネガティヴだった。

ドライで冷笑的なウィットが持ち味で、付け牙を生やし、ボリス・カーロフのようにのっそりと大柄なピーター・スティールに率いられたタイプ・オー・ネガティヴは、ゴシックのイメージに完全に耽溺することで、逆にそのジャンルを嘲笑っているようなところがあるバンドだった。

「Christian Woman」や 「Wolf Moon」といった楽曲は、表面的には典型的なゴス・ナンバーと見なされただろうが、実のところ彼らの本音は徹底して隠されたままだったのである。彼らの仕掛けたジョークに乗る乗らないはともかく、タイプ・オー・ネガティヴは耳に残るピーター・スティールの深いバリトンと、何やら不穏で情緒的なキーとダークなドラマが満載の、華々しくも異彩を放つバンドだった。

ブラック・メタルの台頭

また、ホラーのメタルに対する影響を考える上では、ノルウェー産のブラック・メタル第一波に目を向けてみるのも興味深いが、彼らの場合はムーヴメントそのものからはいささか逸脱している。バソリーやセルティック・フロスト、ヴェノムといったバンドに対する愛情が高じてバンドを結成した若者たちは、死体の絵や悪魔的儀式に対する傾倒(宗教に対する病的嫌悪感のせいで必要以上に強まった)でいかにもそれらしく見せていた。

だが、ブラック・メタルの定義は極めて狭量で、そこに付随する様々なルールを見れば、彼らがただ単にお気に入りの映画のキャラクターの真似をするよりも、他のバンドを感服させることにより重きを置いたグループであることが分かるはずだ。

しかしながら、これらのバンドの存在がなければ、我々はこの時代の英国で最も悪名高きバンドに出逢えなかったはずだ。サフォーク出身のクレイドル・オブ・フィルスである。ノルウェーのブラック・メタルから音楽的刺激は受けつつも、クレイドル・オブ・フィルスが興味を持っていたのはスカンジナヴィアの神話ではなく、ブラム・ストーカー(『ドラキュラ』の小説家)やメアリー・シェリー(『フランケンシュタイン』の小説家)の言葉だった。

バンドはロマン派の詩的さとヴィクトリア朝ゴシックのオーラをまとっており、ラヴクラフト的な言葉をちりばめた歌詞から英国が誇るハマー社[訳注:1930年代から50年代にかけて、ドラキュラやフランケンシュタインの映画を製作]の名作ホラー映画の影響を感じさせるビデオに至るまで、しかもそれが、更に輪をかけて生々しくブルータルな90年代の規格に則って作られているのである。

現在は放送禁止となった(意図的に不快感を与えるように作られた) 「Vestal Masturbation」のプロモーション・ビデオは、かつてのその映画たち、いや、どの時代のどんなものと比べても決して退けを取らない衝撃と戦慄を与えるものだ。

マリリン・マンソン

だが、この年代における真のブギーマンが誰かは異論の余地がないはずだ。60年代で最も有名な2つの名前、カルト・リーダーの殺人鬼チャールズ・マンソンとハリウッド永遠のアイドル、マリリン・モンローを組み合わせたブライアン・ワーナーは、マリリン・マンソンの名の下、90年代のメインストリームの良識を震撼させる攻撃を展開し続けた。

マリリン・マンソンはしばしばアリス・クーパーと比較されるが、アリス・クーパーと本名ヴィンセント・ファーニアの実生活の間には明確な切り替えの一線が存在するのに対して、ブライアン・ワーナーはマリリン・マンソンが出現した日を境に消失してしまった。

マリリン・マンソンは漫画的なキャラクターでもなければ何かの諷刺でもない。社会的権威の象徴に対する彼の純粋な憎悪の表現の一環である、自傷や聖書を破り捨てるといった行為をフィーチュアしたライヴ・ショウは、ともすれば大衆の怒りを買い、宗教絡みの抗議デモや命を狙う脅迫まで引き起こした。当時の‘道徳の守護者’たちは列をなし、礼儀を重んじるアメリカ社会における史上最悪の脅威として声高にマリリン・マンソンを非難した。

マリリン・マンソン自身はこの騒ぎを完璧に逆手に取り、教会や第三帝国、ゴシックや異教徒の偶像等から多くの要素を抽出してひとつのイメージを作り上げた。メタルとホラーの完璧な合成に、過去30年間歩みを共にしてきた両者の実績を加え、衝撃度は増幅した新たなレベルへと到達させたのである。

マリリン・マンソンのステージ上での冒涜的な言動のエピソードが毎回常軌を逸していくにつれて、彼のライヴはもはや語り草の域を超えてしまった。また、彼は進んで衆目の場に出て行くようになり、ビル・マーの『Politically Incorrect』のような人気トーク番組にも出演して、過激派や政治コメンテイター、国会議員たちと並んで堂々と自らの意見を述べ、舌鋒鋭く議論を戦わせたりしている。彼の見た目を真似たり、その発言ひとつひとつに反応するカルト的な若いファンの支持を得て、マリリン・マンソンは嘲笑の的にされればされるほど揺るぎのない強さを身につけてきた。

 

90年代後期、ロック・ミュージックの世界でなら人間離れしていてもいいという考え方への回帰を促したマリリン・マンソンは、ニュー・メタルのゴッド・ファーザーであるKornからの影響も手伝って、この年代で最も多くコピーされたアーティストとなった。

この時を待っていたとばかりに、俄かに両性具有やインダストリアル系の奇妙奇天烈な連中がそこら中で出没し始めた。オージーからパワーマン5000、コール・チャンバー(彼らはゴスの小僧がペンキ工場を走り回ったような出で立ちの説明として、自らの所属ジャンルをスプーキーコアと称した)まで、マリリン・マンソンがやれば危険で破壊活動分子と捉えられるような行為も、彼らにかかれば滑稽なほどお約束通りのPG13に過ぎなかった。ホラーからの影響も、『エルム街の悪夢』と言うより『ドラキュリアン』のレベルがせいぜいになった。

ハードという意味では枠が広がったのかどうかは疑問の余地が残るところだったが、そこに登場したアイオワ州デモイン出身のスリップノットが、悪賢くセクシュアルで爬虫類のように冷血な雰囲気を持つマリリン・マンソンから凶暴なオオカミの血に飢えた制御不能な攻撃へと路線変更させた。しかもそれが9倍される(メンバーの数が9人)ことで、喉から絞り出すような、ブルータルな憎悪に満ちたデス・メタルとして解き放たれた音楽は、更なる怒りとリアリティを持って響いた。

何より重要だったのは、それが生身の人間たちによって実際に奏でられるのを目の前で観られるようにしたことだ。1999年末にリリースされたスリップノットのバンド名を冠したデビュー・アルバムは、メタル・シーンに変化の兆しを伝えた。マンソンが映画『エクソシスト』なら、スリップノットは映画『鮮血の美学』で、彼らは再び全ての人々を新たな恐怖に陥れようとしていたのである。

 

21世紀

20世紀が終わりに向かおうとしている時、メタルとホラーはどちらも分岐点に差しかかっており、またどちらもそのオーディエンスに恐怖と刺激を与える新たな道を探り当てつつあった。ホラーでは使い古され飽きられかけていたゾンビ映画のジャンルに『28日後』で待望のテコ入れが施され、同様に日本から輸入された『リング』と『呪怨』が幽霊譚ジャンルに対する新たな刺激となったことに加え、いわゆる“トーチャー・ポルノ[訳注:70年代から80年代に一部カルト的人気を得た、登場人物の残酷な虐待シーンが延々と続くホラー映画]”・ムーヴメントも間近に迫り、昔ながらのファンを沸き返らせた。

一方メタルの世界でも同じような現象が起きていた。絶滅に向かうニュー・メタルの呪縛を徐々に自力で振りほどき、よりトラディショナルなメタルの理想形に現代的な解釈を加える若手が台頭し、またロック界全体にエモ・ブームの最初の兆しが顔を出し始めていた。21世紀の夜明けと共に、メタル界とホラー界はこれまで以上に密接な関係になりつつあるように見えた。

1999年にバンド名と同じタイトルのデビュー・アルバムをリリースしたスリップノットは、小惑星並みの勢いで新世紀に突っ込んで行った。恐ろしげな風貌でその他大勢をショボく見せることでニュー・メタルに大打撃を与えた彼らの中に、ホラーのDNAが息づいていたことは火を見るよりも明らかで、実際バンドはまるで『テキサス・チェーンソー』の撮影セットから脱け出して来て、そこらに転がっていた楽器を手当たり次第に好き勝手に鳴らし始めただけのように見えた。

当然ながら、彼らの勢いに追随するバンドは少なくなかった。アヴェンジド・セヴンフォールドはスリップノットのサクセス・ストーリーの後継者と目されるメタル界の有望株で、ブレイクのきっかけとなった2003年の『Waking The Fallen』でのメンバーたちはメタルコア界のミスフィッツとでも呼びたくなるような、遺体安置所を這いずり回ってきたかのようなルックスで固めている。

後にガンズ・アンド・ローゼスを連想させるような、ケバいハード・ロック路線にサウンドを変化させた後でさえ、グループのデスバット(死神のドクロとコウモリを組み合わせた)ロゴは変わることがなかった。彼らのライヴを観た人間なら誰もが漏らす感想だと思うが、アリーナをぎっしり埋めたオーディエンスが、死体愛好癖者の歪んだ恋物語を歌った 「A Little Piece Of Heaven」の歌詞を一語一句正確に大声で歌っていると言う光景は、ホラー映画でしか味わうことのできないある種の病的な高揚感をもよおさせるものがある。

またマイ・ケミカル・ロマンスも同様に、明確にホラーとは言い難いが、不気味な少年たちだと感じさせるに足るヴァンパイア的な雰囲気を持ち、独特の美意識で名を挙げた。その個性はどこか、現在のブリットロック・シーン期待の若手、クリーパーに通じるものがある。

こうしたメインストリームでの成功があっても、ホラーは常にアンダーグラウンドでこそ最も勢いが感じられるジャンルだ。デスやオートプシー、カニバル・コープスといったパイオニアたちの切り拓いた道を、新世代のデス・メタル・バンドたちはすぐに我が物顔のブルータルさで闊歩し始めた。

ブラック・ダリア・マーダーがごく自然に古き良きスプラッター職人の後を継ぎ、ヴォーカリストのトレヴァー・スターナドは、クレイドル・オブ・フィルスのダニ・フィルス的なケバケバしくダークなポエティックさと、トラディショナルなデス・メタルらしい悪行に対する嗜好を組み合わせ、彼のバンドを戦慄と恐怖を愛する人々の第一級の御用達バンドへと押し上げた。

ゾンビや魔物や手足の切断といったテーマの曲の中で、スターナドは自らのペンによる歌詞に登場するキャラクターを俳優並みのスキルで演じ分け、「Jars」では保存しておいた自分の殺した相手の遺体を口にする大いなる喜びを、 「each one encapsulates a visage of that fateful night of those who met their end by my ever still and sharpened skinning knife(ひとつひとつの断片に、この俺の静穏で研ぎ澄まされた皮剥ぎナイフによって終焉を迎えたあの運命の夜の様子が封じ込められている)」と表現して見せるのだ。

リスナーによる音楽へのアクセスが民主化されたこのインターネット時代、アーティストたちは実質的に自分たち以外の一切の規制フィルターなしで作品を世に送り出すことができるようになり、音楽の中における表現の受容可能な範囲、そしてメタルとホラーの関係性の今後の行方は以前にも増して拡張されることとなった。

そしてブルータルなデス・メタルやゴアグラインドの暗黒世界以上にこの状況が明確なジャンルは他にないだろう。シーン全体が、ロックとメタルのどちらのプレスからもほぼ一切取り上げられることがないのだ。そして、正直な話、その理由は容易に察しがつく。リガージテイトの『Carnivous Erection』やインペイルドの『The Dead Shall Remain Dead』、 ヴァルヴェクトミーの『Abusing Dismembered Beauties』のアートワークやトラックリストを一目見れば、必要な情報はすべて入って来てしまうし、事によれば今日(こんにち)の鈍感化が進んでいる世の中においてさえ、倫理感をめぐる議論に発展しかねないからだ。

メタルとホラーの関係はミュージック・ビデオ黄金時代に繁栄を迎えたが、そのフォーマットの重要度が全体として下降して来ているとは言え、今も少しでも人々の記憶に残るために、気味の悪いバカ騒ぎを起こしたがるバンドは後を絶たない。

かつては乗り越えることが不可能とされた障害を回避するために、新たなツールを利用した挑戦的なバンドの好例が、キャトル・デカピテーションの「Forced Gender Reassignment」のビデオだ。このMVは近年では稀な、本当の意味で著しく人々に恐怖と衝撃を与えた作品のひとつとして、アンダーグラウンド・シーンにおいて伝説として語り継がれているシロモノである。映像内容のあまりの生々しさ(もし探してみる気になっているなら、とりあえず警告しておく。心臓の弱い方は真剣に止めておいた方が賢明だ)に、YouTubeとVimeoの両方がこのビデオの公開を拒否した際、進んで受け入れを申し出たのはBloodyDisgusting.comだった――インターネットで世界最大級のホラー・サイトである(*2021年10月現在では非公開)。

しかしながら、メタルとホラーのクロスオーヴァーは、単にアンダーグラウンドの大量虐殺に限ったことではない。現在のシーンでメタルとホラーの邪な婚姻関係を最もよく体現しているのは、腰を突き出しオーガズムを促す悪魔の化身、ゴーストだろう。

様々な顔を持つパパ・エメリトゥスに率いられたスウェーデンのロック・バンドは、サウンド的には最近のバンドよりもブルー・オイスター・カルトやブラックフットに遥かに近いが、彼らのオカルト・ホラーに対するアプローチは、オールドスクール系の映画『ローズマリーの赤ちゃん』の悪ふざけと、ニュー・スクール系の鳥肌連発な映画『THE WITCHウィッチ』の間の絶妙なラインを突いた斬新なものだ。彼らが地球上で最高のバンドのひとつであるという点にも助けられている。いや、何しろ悪魔は最高の音楽を統べていると言うではないか。

それはともかく、メインストリームにおいては、ブリング・ミー・ザ・ホライズンがアルバム『That’s The Spirit』でよりコマーシャルな方向性に挑んでいたが、それでも「Drown」 のビデオの中では恐ろしく毛深いオオカミ男に変身して共食いすることを決意している。

その他には、PVRISがシンセ・ポップに彩られた音楽とのバランスを取るためにゴシック・スタイルを採用している。彼らの「White Noise」のビデオは早い話が4分間にまとめられた『ポルターガイスト』のリメイクだが、リン・ガンが見えない力によって壁に引き上げられているシーンは『エルム街の悪夢』スタイルを踏襲したボーナス・ホラー・ポイントだ。

インターネットによって与えられた自由な遊び場と、ロック・ミュージックが分岐していった数え切れないほどのサブジャンルとシーンのおかげで、音楽に対する美意識の扱い方や表現における方法論も際限なく増えている。かつてマリリン・マンソンやアリス・クーパーの登場が引き起こした倫理的パニック状態に至ることは殆どないものの、メタルとホラーはこれまで以上に多様な形で統合が進んでいる。

トリビュレーションは1920年代のサイレント・ホラー映画をヒントに、彼らの吸血鬼信仰に精巧で繊細なタッチを加えた。エレクトリック・ウィザードはブラック・サバスのオリジナル・スピリットを生かしながら、サタンとラヴクラフトの要素を加えている。そして思いがけずロックと上手く結びついたシンセウェーヴのムーヴメントは、誇らしげにジョン・カーペンターの刻印を背負っている。

メタルとホラーがかつてのようなスケールで世界中の度肝を抜くことはもはや起こり得ないかも知れない。だがスリップノットやアヴェンジド・セヴンフォールド、マイ・ケミカル・ロマンスといったアーティストたちが、ミレニアムの時代に世界屈指のロック・バンドとして君臨したという事実は、ダーク・サイドが今も昔も変わらず持ち続けている大いなる魅力と可能性を何よりはっきりと示すものだ。

Written By Terry Beezer



 

 

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