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ジョン・レノン「Power To The People」解説:“僕は新聞を作るような姿勢でシングルを作っている”

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ジョン・レノン(John Lennon)とプラスティック・オノ・バンドの4枚目のシングル「Power To The People」は聴き手に行動を起こすことを呼びかけるものだった。その背景には1960年代に広まった急進的な政治思想があり、”Power To The People (民衆に力を) ”という表題は20世紀後半の文化思想を表す決まり文句のひとつだった。

1971年3月12日にリリースされた「Power To The People」の起源は、体制による抑圧に対する反発の意を込めてアメリカの市民がしばしば使用したそのフレーズにあった。ブラックパンサー党は ”All Power to the People (すべての力を人民に) ” をスローガンに、富裕層から成る支配階級からの抑圧に抗議していた。また、徹底した民主主義を求める学生たちも、ベトナムにおけるアメリカの軍事活動に対する抗議運動にこのスローガンを使用していた。

Power To The People – John Lennon/Plastic Ono Band (official music video HD)

1971年1月、日本での滞在を経てイギリスに舞い戻ったジョンとヨーコは、マルクス主義に傾いた新聞 ”Red Mole” の取材に応じ、政治活動家、タリク・アリとロビン・ブラックバーンのインタビューを受けている。このインタビューに感じるところのあったジョンは、その後、すぐにこれに触発された新曲の曲作りに着手。その成果を携え、翌日には、アスコット・サウンド・スタジオで作業を開始している。のちにジョンは以下のように語っている。

「“Give Peace a Chance (平和を我等に)”がそうだったように、“Power To The People”も大勢の人たちに歌ってもらうために書いた曲です。僕は新聞を作るような姿勢でシングルを作っている。“Power To The People”も同じで、すぐに聴いてもらえるように自宅のアスコットでごく短期間で仕上げたんです」

「Power To The People」は、2月11日から16日にかけてアビー・ロード・スタジオで行われたレコーディング・セッションで完成している(同じころ、ジョンは、のちに『Imagine』と名付けられることになるアルバムの制作に着手していた) 。ジョンはレコーディングに、クラウス・フォアマン (ベース) 、ビリー・プレストン (ピアノ、キーボード) 、ボビー・キーズ (サックス) 、デレク・アンド・ザ・ドミノスのドラマー、ジム・ゴードン (休暇中だったリンゴ・スターに代わっての起用だった) から成るバンドを起用。ほかに、バックアップ・シンガーとしてヨーコ、ロゼッタ・ハイタワーらも参加していた。

「Power To The People」は、イギリスでは1971年3月5日にリリースされることになっていたが、オノ・ヨーコ作のB面曲「Open Your Box」の歌詞の一部にEMIが異議を唱えたため、実際は1週間遅れての発売となった。問題の「Open Your Box」には、当初収録予定だったテイクがそのまま採用されたが、レーベルが問題視した歌詞のフレーズは、リミックスとエコー処理によって覆い隠されていた。イギリス盤シングルは、3月20日にチャートに登場。最高位7位をマークしている。

アメリカで「Power To The People」がリリースされたのは3月22日。B面にヨーコの別の作品 (「Touch Me」) を収録したアメリカ盤シングルは4月3日に米チャートの100位圏内にランクイン。ほどなく11位に達している。

Written By Richard Havers


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