ディープ・パープルのキーボード、ジョン・ロードを偲んで

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Photo: Fin Costello/Redferns/Getty Images

「俺たちのグループは今、自分たちが得意としていることをさらに伸ばそうとしている。それはロックン・ロールだ」と1970年にジョン・ロードは語った。その後、ジョン・ロード(Jon Lord)とディープ・パープルが成功したことは言うまでもないだろう。

ロック史上最も素晴らしいキーボード・プレイヤーのひとりだったジョン・ロードは、膵臓癌と診断されてから約12ヶ月後の2012年7月16日に亡くなった。自分が演奏する楽器を熟知していたジョン・ロードは、ディープ・パープルとしても、それ以外でも、ミュージシャンとして素晴らしいカタログを築き上げたが、今ではこの先どんな新しい音楽を作ってくれただろうか、ということはもはや想像することしかできなくなってしまったのだ。

ジョン・ロードのように、ロックにクラシックやブルースの要素を効果的に融合できたプレーヤーは非常に少ない。ホワイトスネイクで活動していた時期や、イアン・ペイスとトニー・アシュトンとともに組んだペイス・アシュトン・ロードやその他のコラボレーションでも、彼はまさにその融合を見事に成功させた。

ディープ・パープルの初期の頃、ジョン・ロードがいかにクラシックに精通しているかは1969年の『Concerto For Group and Orchestra』の傑作に表れていたが、2002年以降のソロの作品でもその才能をまた見せつけられた。幸いなことに、2011年にロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団と、ブルース・ディッキンソン、ジョー・ボナマッサ、スティーヴ・バルサモ、ガイ・プラットなどのゲストを迎えてレコーディングした新しいコンチェルト『Concerto for Group and Orchestra (2012)』の最終ミックスを、ロードは生前聴くことができたのだ。

あの1970年のビート・インストゥルメンタル誌のインタビューで、まだ初期の頃だったにも関わらず、ジョン・ロードは自身とグループの哲学を語っていた。「今、この時点では自分たちが決めた枠組の中で、実験したり探究心を持っていくことが大事だと信じているんだ」と。

「それは変化していく…もちろんそこからさらに伸びていく。年をとって、いろいろな影響を受けて。自然に成長していくことに任せるほど、完璧に幸せで、満足している状態にはまだ至っていない。以前は不自然に成長しようとしていたんだ。まるで子供が庭でたくさんの花を掴むかのように、僕たちはたくさんのアイディアを一気に掴もうとしていた。とにかくいっぺんに全てを欲しがっていたんだ。でもイアン・ギランとロジャー・グロヴァーが加わった時、グループにとってとても素敵な変化が訪れたんだ」

Written by Paul Sexton


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