エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの完全無欠なパートナーシップの軌跡

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「正反対同士は引かれ合う」という古い言い回しがエラ・フィッツジェラルドルイ・アームストロング以上に当てはまるカップリングはおよそ存在しないのではないだろうか。2人が1950年代後期にヴァーヴ・レコードから出したコラボレーション・アルバムは、ジャズの歴史において最高の、そして記憶に残るデュエット作品となっている。生地で例えるならば彼らの声はまるでサテンとズック(目の粗い麻布)だった。エラの声はあくまで上品で、滑らかなメロディ・ラインが心地よく耳を愛撫してくれる。一方ルイのヴォーカルは対照的にザラついたダミ声で、耳障りな咆哮はまるで垢抜けないものだ。そんな二人の声を並べて聴いてみると、まさしく美女と野獣の出逢いとでも表現すべきマッチングではあるものの、その声質のコントラストが生み出す特異な音楽的ケミストリーが、彼らのレコードを聴く人たちの心を動かし、忘れられないものにしているのである。

ルイ・アームストロングとエラ・フィッツジェラルドが初めて一緒にレコーディングをしたのは1946年、デッカ・レーベルでのことだ。その6年前にドラマーのチック・ウェブのグループから飛び出した当時29歳のエラは、コンテンポラリー・ジャズ・シーンで飛ぶ鳥を落とす勢いの新星だった。一方ルイはこの時45歳、ニューオリンズとビッグ・バンド・スウィングの人気がどちらも斜陽に差しかかっても、彼のスターとしてのステータスは一向に揺らぐことはなかった。2人のシンガーのペアリングは、恐らくは便宜的な音楽的政略結婚だったのだろう。高みを目指す若い歌手がジャズ・コミュニティからの信用と批准を求め、折り紙つきのレジェンド(何しろ彼は事実上スキャット唱法の生みの親なのだ)であり、ジャズ界で最も権威ある年上の名士とがっちり手を組んだのである。ボブ・ハガートのオーケストラのバッキングも取りつけ、エラとルイは愛撫のようなバラード・シングル 「You Won’t Be Satisfied (Until You Break My Heart)」をレコーディングする。カップリング曲はもっと元気で遊び心のあるナンバーの「The Frim Fram Sauce」だった。レコードは人気を博したが、ルイの多忙なスケジュールが原因でデュオが次に一緒にスタジオに入るまでにはそれから4年の時を要し、次にシングルとなったのは 「Can Any One Explain (No No No!)」と「Dream A Little Dream Of Me」で、バックを務めたのはサイ・オリヴァー・オーケストラだった。

エラとルイはその4年の間に、不定期な間隔で3枚のシングルを出したが、彼らのコラボレーターとしてのポテンシャルが本格的に開花したのは1956年、ジャズのプロデューサー兼興行主のノーマン・グランツがアルバム・プロジェクトを起ち上げ、2人をスタジオに入らせてからのことだった。

ノーマン・グランツは1944年に始まった『Jazz At The Philharmonic (J.A.T.P.)』コンサート・シリーズの仕掛け人で、この人気興行は後にスター・ミュージシャンばかりを揃えたラインナップによる国内ツアーが行われるまでに発展。やがては欧州や日本へも遠征するようになったほどの成功を収めた。1956年、彼は自らが40年代からマネジメントを手掛けていたエラ・フィッツジェラルドの才能を世に示すことだけを目的として新たなレコード・レーベル、ヴァーヴを設立する。このヴァーヴが生まれた直後、ルイ・アームストロングがコロムビアとの契約が満了したことを受け、彼の強面で妥協を知らない辣腕マネジャーのジョー・グレイザーが、ルイ・アームストロングのために、グランツの新レーベルと短期の契約をまとめあげたのである。

だが、ルイ・アームストロングのヴァーヴにおける新作は、一部の人々が期待していたような彼の人気のコンサート・バンド、オールスターズと組んだものではなかった。アメリカのメインストリーム市場を制覇することを目論んでいたグランツが代わりにやりたかったのは、ルイを彼が1946年に一度デュエットしたことのある美声の若い女性歌手と再び結びつけることだった。とはいえ当時の彼女は39歳の女盛り、一方ルイは55歳になっていた。10年の時を経て、エラとルイはほぼ対等の立場でレコーディングを行ったのである。その同じ年の初め、ヴァーヴにおけるアルバム第一作『Ella Fitzgerald Sings The Cole Porter Song Book』が発売第一週目にして10万枚のセールスを記録した。エラにとって、尊敬すべきジャズ界の伝説との今回の顔合わせは、揺るぎなきキャリアの頂点を意味するものだった。

2人によるヴァーヴのためのアルバムのレコーディング・セッションの開始日は1956年8月16日、エラとルイがグランツが手掛けた中でも最も記憶に残るJ.A.T.P.コンサートのひとつだったハリウッド・ボウルでのライヴの翌日だった。エラ・フィッツジェラルドは明らかにルイ・アームストロングにゾッコンだった。元々彼の長年のファンであった彼女は、ジャズ界の大先輩が気持ちよくいられるよう絶えず気を配り、彼のコンフォート・ゾーンを侵すようなことは一切しなかった。ノーマン・グランツによれば、彼女はレコーディング全編にわたってすべてルイに決定権を委ね、憧れの人とスタジオでの時間を分かち合えることにただただ喜びを感じている様子だったそうだ。「ルイとアルバムを作っていた時の彼女は、曲選びも彼に任せると言って譲らなかったし、全曲彼のキーに合わせて歌っていたよ、それがどんなに彼女には歌いにくくてもね」。

唯一の問題点は、ルイのほぼ途切れることのない過密なツアー・スケジュールが原因で、セッションの時間がいつもギリギリのタイミングで調整されることになることでリハーサルのチャンスが殆どないことだった。それでもエラとルイは、卓越した演奏技術を誇るオスカー・ピーターソン・トリオにも助けられそんな困難を見事に乗り切った。エラはまるで何事もなかったかのようにルイのキーを歌いこなし、ルイは自分の馴染みのないマテリアルにも驚くほどの順応力を発揮してみせた。

『Ella And Louis』と題された2人のアルバム第一作は 1956年11月に発売され、その非の打ちどころない表現によるショウナンバーとスタンダードのブレンドはたちまちのうちに評判を呼び、ベストセラーとなった。この成功を受け、グランツは当然のように2人を第二作の制作に呼び戻し、前作より長尺のダブル・アルバムを制作するために1957年の夏に4日間のレコーディングが行われた。再びオスカー・ピーターソン・トリオを起用して完成したアルバムは、その名も『Ella And Louis Again』である。音楽的なスタイルにおいては、『Ella And Louis Again』はファースト・アルバムの延長線上にあり、『The Great American Songbook』からのマテリアルが基調になっている。ただ違っていたのは、全19曲の収録曲のうち、7曲がソロによるパフォーマンスだったことだ(4曲がルイ、3曲がエラによる)。

同じ年、2人はジョージ&アイラ・ガーシュウィンのオペラ『ポーギー&ベス』に使用されるオーケストラ・ヴァージョンのレコーディングのために再び招集され、このLPは1958年にヴァーヴからリリースされた。エラが一緒にスタジオに入るのはこれが最後の機会となったが、その後何年にもわたって、2人はステージで何度となく共演を果たした。ルイはどうやら2人でレコーディングした曲をとても気に入っていたようだ。1968年、イギリスをツアーしていた際、彼はBBCラジオの長寿番組『Desert Island Discs』にゲスト出演し、無人島に流されることになっても自分はこの曲を聴ければ心慰められるはず、という8枚の大切なレコードを選ぶ恒例の質問に応えた。そのセレクションの中には、ルイが1957年にエラと『ポーギー&ベス』のためにレコーディングしたデュエット曲 「Bess, You Is My Woman Now」がしっかり入っていたのである。

彼らのデュエットをこんなにも耳に心地よいものにしているのは、2人のヴォーカルのくだけた会話のような掛け合いぶりである。19歳という年齢差にも拘わらず、2人の醸し出す親近感は、世代間の壁などたちまちのうちに消え去ったのだろうと思わせる。実際、この組み合わせの最初のアルバムのジャケットに使われた写真、エラとルイがスタジオの中で、普段着らしい夏服姿で隣同士に座っているオフショットからは、彼らが互いに一緒に過ごすことをどれほど快く感じていたかが伝わってくる。

もっとも、エラ・フィッツジェラルドは自分のヒーローのパロディを披露することに臆するような歌手ではなく、ルイ・アームストロングのハスキーながなり声も完璧にマスターしていた。1961年の彼女の珠玉のライヴ・アルバム『Ella In Berlin』を聴いた方は誰でも、彼女がルイ・アームストロングお気に入りのナンバーだった「Mack The Knife」で即興的に彼の魂を召喚した様子が忘れられないだろう。

ルイ・アームストロングは1971年、69歳でこの世を去り、エラ・フィッツジェラルドは彼の葬儀で、フランク・シナトラ、デューク・エリントン、ビング・クロスビーといった錚々たる面々に混じって棺側葬送者の栄誉を与えらえていた。その後、80年代のキャリア最晩年に入り、彼女は50年代にルイと共にレコーディングした曲の幾つか「Let’s Call The Whole Thing Off」「A Foggy Day」「Moonlight In Vermont」そして 「They Can’t Take That Away From Me」をソロで再録している。

エラとルイの組み合わせは、運命によって導かれた音楽的婚姻関係であり、それから60年以上が経過した今日においても、彼らのレコーディングはその魅力も輝きもまるで何ひとつ失っていない。そのことは『Cheek To Cheek: The Complete Duet Recordings』を一度聴いただけで分かるはずだ。これは2人の関わりを讃えるために新たに発売された4枚組CDコレクションである。ヴァーヴで2人が一緒にレコーディングした3枚のアルバムに加え、デッカからリリースされた全シングル曲と、ハリウッド・ボウルで録音されたライヴ音源、更にレアな別テイクやNGテイクまでが網羅されている。豊かな才能の宝庫という表現がぴったりの、ジャズ史に残る最高のデュオの記録だ。

Written By Charles Waring


『Cheek To Cheek: The Complete Duet Recordings』
 



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