ザ・ジャムの解散発表とラスト・シングル「Beat Surrender」

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人気絶頂期に活動を終えたバンドをいくつご存知だろうか。まずはザ・ビートルズ。そしてアバ。ザ・クラッシュもそのひとつだ。しかしながら、こうした例はやはりそれほど多くない。1982年10月30日、ザ・ジャムは自分たちがこの系譜に名を連ねることを明らかにした。

その日、数週間ほど巷で流れていた噂に応える形で、それまでの5年間、常に成功の道を歩み続けてきたザ・ジャムを新たな音楽的な可能性を求めて解散させるということを、ポール・ウェラーが公式に発表したのだった。ザ・ジャム通で知られるジャーナリストのパオロ・ヒューイットは後年そのことを「マーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダーがモータウンに立ち向かった時以来の、ポップ史上最大の勇気ある決断」と呼んだ。

その年の前半、ザ・ジャムはイギリスでナンバー・ワンに輝いたアルバム『The Gift』を引っさげてイギリス及びヨーロッパ各地をツアーした後、さらにアメリカや日本など世界を回った。ポール・ウェラーがグループの解散を望んでいることを公にしたのは、それらのツアーを終えて彼がイタリアで夏の休暇をとっていた時のことだった。彼は今度ばかりは完全に燃え尽きていた。彼が24歳の時のことだ。

同年春のザ・フェイス誌でのインタビューでは、ポール・ウェラーはバンドに終焉が近づきつつあることを匂わせる発言は一切していなかった。「もしもバンドが解散したら当然何か他のことをやるさ。でも全然違うものだろうな。他の人間と何かをやってそれが本当に上手くいって、自分がその一部でいられるとしたら凄いことだからね」。

バンドの解散を公式に発表する予定はなかったのだが、そのことが漏れた後、手書きの文字で声明文が配布された。

「ファンのみんなへ。今年の年末にザ・ジャムは公式に解散するつもりだ。グループとして3人でやれることは全て、音楽的にも商業的にも、やり尽くしたと思う。これまでに得たことが何かの糧になればと思っている。そして何より、他の多くのバンドのように老いぼれてみっともない真似を晒すようなことは絶対にしたくないと思っているんだ」。

数日後、今や番組自体が語り草となっているChannel 4のテレビ番組シリーズ『The Tube』の第一回目にザ・ジャムは出演し、ミニ・ライヴを行った。そして11月末、彼らのラスト・シングルであり、彼らにとって4曲目になる全英チャート初登場1位の名曲「Beat Surrender」で音楽面での終止符を打ち、ビッグ・カントリーをサポート・アクトに従えてのウェンブリー・アリーナ5日間公演を含めて行われた彼ら3人のファイナル・ツアーでは、12月11日のブライトン・センターで感動のフィナーレを迎えたのだった。

Written by Paul Sexton



ザ・ジャム『About the Young Idea: The Very Best of The Jam』

    

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