ロックの殿堂でのパール・ジャムの紹介役、デヴィッド・レターマンのスピーチ

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YouTube: Rock & Roll Hall of Fame / David Letterman Inducts Pearl Jam into the Rock & Roll Hall of Fame

パール・ジャム(Pearl Jam)のフロントマンであるエディ・ヴェダーの初となる日本でのソロツアーが4月に決定した。このライヴでは珠玉のソロ作品に加え、これまでのキャリアを網羅した楽曲で構成されるセットを披露する予定だ。

さらにこの公演を祝して、最新ソロ・アルバム『Earthling』(2022)の来日記念盤、さらにパール・ジャムの『武道館ライヴ!』が4月10日に発売されることが決定した。

これを記念して、2017年にパールジャムが“ロックの殿堂入り”を果たした際のスピーチの翻訳を連続してご紹介。本記事では、デヴィッド・レターマンによる紹介スピーチを掲載。

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ご親切にどうも。私にとって家から出られることが、ええと、どれほど光栄で特権であるか、言葉では言い表せません。

[観客笑い]

ええと、ニール・ヤングがここにいるはずだったのは知っています。そして人々は私に、まるで私が何か関係あるかのように「なぜニール・ヤングはここにいないんだ?」と言っています。実のところ、彼は夜遅くまで起きていられないんです。そう聞きました。

[観客笑い]

それか、ハーモニカを飲み込んだかのどちらかです。分かりませんが。
(補足:もともとはニール・ヤングがパール・ジャムの紹介スピーチをする予定だったが、体調不良のため急遽デヴィッド・レターマンが担当することになった)

[観客笑い]

私は、ええと、本当に興奮しています。皆さんもご存知の通りですが、33年間、毎晩、生演奏という贈り物と恵みを経験してきました。33年間です。
(補足:彼はCBSのトーク番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』で33年間司会を務め、番組では毎晩生演奏のバンドが出演していたことで有名でした)

[観客拍手]

そのミュージシャンたちはロックの殿堂入りしている人たち、そしてこれから殿堂入りする人たちです。2年前、その番組は終わってしまいました。私は、テレビ局のCBSにコピー機を私用で使っているところを見つかってクビになったんです。
(補足:彼は長寿番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の司会だったが、番組は2015年に終了。もちろんコピー機を乱用して首になったのはジョークです)

[観客笑い]

そして、今日の午後にここにリハーサルに来て、再びミュージシャンたちの生演奏を聴いた時、私は思い出しました。ああ、生演奏とは何という贈り物だろうかと。

[観客拍手]

私は今日参加する皆さんを知っています。番組での私のバンドとポール・シェイファーも素晴らしかったですが、生演奏のことを当たり前だと思ってはいけません。それが今夜皆さんにお伝えできるメッセージです。こういった場に戻ってこられて嬉しいです。

[観客拍手]

ところで、私はニール・ヤングを長年よく知っています。私たちは大昔にfarmersonly.comで出会いました。
(補足:アメリカの地方・農村地域に住む独身者向けの出会い系マッチングサイトです。ニール・ヤングは有名なロックミュージシャンであり、レターマンとの出会いをジョークにしています)

[観客笑い]

1988年、私はパール・ジャムに関わる人々と出会いました。私たちはマザー・ラブ・ボーンというバンドにいたんです。そして私たちはマザー・スープ・ボーンにバンド名変えたいと言ったら、「出て行け」と言われました。
(補足:マザー・ラブ・ボーンはパール・ジャムの前身バンドです。「マザー・スープ・ボーン」に変えようとしたというのもジョークで、バンドのメンバーから却下されたという設定です)

[観客笑い]

そして、1991年には、音楽文化の世界で変化が起こりました。(パール・ジャムの)『Ten』というタイトルのアルバムによって。

[拍手]

それはまるでカモシカが太平洋岸北西部からやってきたようでした。そして、その波は、怒りを抱えていて居場所がなく、失業し、疎外されていると感じていた20代の人々に訴えかけました。その時の私はもうすぐ50歳でしたが、私でさえ怒りを感じました。
(補足:シアトルは太平洋岸北西部に位置し、グランジ・ロックの発祥地です。パール・ジャムもシアトル出身のバンドです。レターマンはグランジ・ムーブメントがカモシカのように押し寄せた様子を表現しています)

[観客笑い]

それはまた踊りやすい曲でもありましたが、それはまた別の話です。そして、パール・ジャムのメンバーたちは、単なるバンド以上の存在であることが分かりました。

[拍手]

彼らは真の生きた文化的組織でした。彼らは世界の不正を見つけ、それに対して立ち上がりました。それが人権であろうと、環境であろうと、貧困であろうと、彼らはそれを黙って見過ごすことはありませんでした。彼らは立ち上がり、行動したんです。

[拍手]

1994年、この紳士たちは、チケットマスターのあの目が血走った血に飢えたイタチたちを追及することで、彼らの自身のキャリアを危険にさらしました。
(補足:1994年、パール・ジャムはチケット販売大手「チケットマスター」の独占的価格設定に抗議し、連邦政府に告発しました。これは当時、バンドにとって大きなリスクを伴う行動でした)

[拍手]

あの、血を吸う、目が血走ったイタチたち。この語感は言うのが楽しいんですよね。

[観客笑い]

彼らが立ち上がってくれた効果を、本日喜んで申し上げます。アメリカ合衆国における全てのコンサートチケットは無料になりました。
(補足:「無料になった」というのはジョークです。実際には彼らの行動がチケット価格問題への意識を高め、一部の慣行に影響を与えたという意味合いで誇張して表現しています)

[観客笑い]

私がこの紳士たちを知るようになってから、彼らはとても寛大な心を持っています。実は、これを聞いてください。今夜、バルコニー全体が元パール・ジャムのドラマーたちでいっぱいです。起立してください!さあ、皆さん!彼らがいます。
(補足:レターマンのジョークで、パール・ジャムはドラマーが多数変更していたことがあり、そのことをネタにしていました)

[観客の歓声と拍手]

このグループの音楽について、いくつか話したいことがあります。長く彼らを知っていることの素晴らしい点は、彼らを友人として、文化的なアイコンとして知っていることです。いつかここに戻ってきたいと思っています。私の友人ウォーレン・ジヴォンの殿堂入り式のために。
(補足:2003年に亡くなったシンガーソングライター。レターマンは彼の長年のファンでした)

それでは、今から曲のリストを読み上げます。皆さんは、拍手を始めてください。そうしないと、日曜までここを出られませんよ。

[拍手]

「Jeremy」、「Alive」

[拍手]

「Corduroy」、「rearviewmirror」。私が好きな曲は「Yellow Ledbetter」です。

[拍手]

これらは最初のアルバム『Ten』には入っていません。なぜなら彼らは良い曲が多すぎて、他の本当に良い曲がたくさんあるから、この曲をアルバムに入れたくないと決めたんですね。それで、後でB面曲としてリリースされたのですが、25年経った今ではアンセム、音楽のアイコンとなっています。これは、この音楽の裏にいる紳士たちの質を示しています。多くの人にとって、その曲一つでキャリアになるでしょう。

[拍手]

「Given to Fly」

[拍手]

「Kung Fu Fighting」

[観客笑い]

私はテレビ番組の司会だったのですが、彼らは長年にわたって10回、私の番組に出てくれました。そして彼らが来るたびに、収録スタジオの屋根を吹き飛ばすんです。比喩的に言っているわけではありません。本当に屋根を吹き飛ばしてしまいました。2年間、私は屋根のないスタジオで番組をやっていたんです。

[拍手]

それに「Black」という曲ですね。人生のある時期、私はこういって「ドゥドゥドゥ、ドゥドゥドゥ」って口ずさむことをやめることができませんでした。これで彼にたくさんお金を払わなければなりませんね。
(補足:これはエディ・ヴェダーが「Black」の「ドゥドゥドゥ…」というスキャットを歌っているのを真似したことに対するジョークです。著作権料を払う羽目になるかもしれない、という意味で笑いを誘っています)

[拍手]

正直なところ、私の頭の中を駆け巡るのはそればかりで、このリフレインが一体何回曲に出てくるんだろうと思っていました。結局、催眠術師のところに行って、止めさせてもらいました。ある日、番組で私がそれをやっていると、舞台のドアが破れてエディ・ヴェダーが入ってきて、彼はポールとバンドと一緒にその曲を歌いました。それから彼は私のところに来て、私の目をまっすぐ見て言いました。「それをやめろ!」。そして、私は治りました。

[観客笑い]

私がとても好きだった話があります。それは、私の人生でずっと覚えていることをしてくれた人との友情についてです。私が残り3回ショーをするという時に、エディ・ヴェダーがその番組に出てくれました。彼は「Better Man」を歌ってくれました。それはレターマンと韻を踏んでいるからだと自分に言い聞かせたいんですね

[観客笑い]

何かしら感情的な空気が漂っていました。なぜなら、番組が最終回に近づくにつれて、別れを告げているという認識が、その空気に満ちていたんです。先ほど申したとおり、私が最も恋しいのは毎晩の生演奏の経験だったので

そんな中、番組が終わった後にエディ・ヴェダーが私のところにやってきました。そして彼はこれ(小さいギター)を手渡してくれました。見えるかはわかりませんが、ここに私の息子の名前があります。彼は私にこの手紙をくれて、「この手紙は息子さんのためのものです。息子さんのハリー君に渡してほしい」と言いました。私の息子のハリーの写真があると思います、彼がそこにいます。彼は、ああ、違う、それは最悪だ。
(補足:スクリーンに映し出された息子の写真が、タバコに火をつけている少年であるというジョークです。レターマンは子育てについてよくジョークを言っていました)

[観客笑い]

忘れてください。ええと、私たちは彼を最高の更生施設に連れて行っていますよ。確か中学卒業後のあたりだったと思います。分かりませんが。

[観客笑い]

ええと、もし皆さんがショービジネスの世界にいるなら、おそらく強いの皮肉屋の傾向があるでしょう。しかしあの時のことがなければ、私はその皮肉屋の会長になるところでした。あの手紙は、エディ・ヴェダーから私の息子への手紙でした。日付は2015年5月18日。私の番組は残り3回。今、この手紙を読み上げます。

[拍手]

「やあ、ハリー君。エディだよ。」私の息子に話しかけているエディです。「僕の名前はエディ・ヴェダー。君のお父さんの友達だ。君にこの小さなギターを最初に持ってほしい。弾いてみて、少し音を出してみてくれ。君と約束しよう。もしこのギターで一曲でもマスターできたら、君の誕生日にもっと良い、もっと大きなギターをプレゼントするよ。もしかしたらエレキギターかもしれない。できるようになったら教えてね」。そして私の息子は釣りが大好きなんですがエディはこう付け加えています。「ギターを弾くことは釣りに似ているんだよ。歌を釣ることにね(fishing for songs)。ハリー君、すべてがうまくいくように。エドより」

[観客拍手]

私の息子は弦楽器を弾きますが、バイオリンなんです。でもギターも似たようなものですね。彼らが殿堂入りした理由はたくさんあると思いますが、これが個人的には殿堂入りした最も重要な理由なんです。

[拍手]

それでは、皆さん、ご紹介します。ギターのマイク・マクレディ。

[拍手]

ギターのストーン・ゴッサード。

[拍手]

ドラムのマット・キャメロンとデイヴ・クルーゼン。

[拍手]

ベースはビッグ・サンディ・モンタナの誇り、ジェフ・アメン。

[拍手]

ボーカルとギター、エディ・ヴェダー。

[拍手]

皆さん、ロックの殿堂に伝説のパール・ジャムを迎えられることは、私のこの上ない喜びであり、名誉です。ありがとうございました。

[拍手]



エディ・ヴェダー『Earthling (Japan Tour Edition)』

2026年4月10日発売
日本独自企画盤/SHM-CD仕様

最新ソロ・アルバム『Earthling』(2022)の来日記念
初CD化音源8曲収録のディスク(2020年『Matter of Time EP』+ 2曲)付き
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パール・ジャム『武道館ライヴ!』
2026年4月10日発売
2003年3月3日の日本武道館公演を収録したライヴ・アルバムが、エディ・ヴェダーの来日公演に合わせて待望の再発。全30曲、2時間20分の熱演を完全収録
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エディ・ヴェダー来日公演

名古屋4⽉14⽇(⽕)Niterra ⽇本特殊陶業市⺠会館フォレストホール
⼤阪 4⽉16⽇(⽊)フェスティバルホール
京都 4⽉17⽇(⾦)ロームシアター京都 メインホール
東京 4⽉20⽇(⽉)東京ガーデンシアター

公演HP:https://www.creativeman.co.jp/artist/2026/04eddievedder/




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