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ラッシュのベスト・ライヴ12選:輝かしいキャリアにおける重要な節目となった名演の数々

ラッシュ(RUSH)のドラマーであり作詞家でもあった故ニール・パートは、 ライヴで演奏することを「魚眼レンズの中で生き、カメラの目に捉えられているようなもの」と表現したことがある。
先駆的なカナダの3人組、ラッシュは、普段はあまりメディアに姿を見せるタイプではなかったが、ひとたびステージに立つと、その存在感は一変した。そして彼らは、活動期間を通じて、伝説に残るような壮大なライヴを数多く繰り広げてきた。
もちろん、数多くの名演を残してきたラッシュだけに、ラッシュ最高のライヴ・パフォーマンスの決定版リストを作るのは難題である。例えば、1983年にニューヨークのRadio City Music Hallで行った5夜連続のソールドアウト公演や、1981年5月のMadison Square Garden公演(ゲディ・リー自身も特に印象に残るライヴとして挙げている)、さらには2003年7月、トロントで開催されたSARS救済チャリティ・コンサートで、約50万人を前に演奏した歴史的なステージも候補に入れることができるだろう。
それでも今回選んだライヴの多くは、ラッシュの輝かしいキャリアにおける重要な節目となった公演だ。ゲディ・リー、アレックス・ライフソン、ニール・パートが「光に照らされたステージ」で躍動していた時代を、もう一度たどる絶好の機会なのかもしれない。
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伝説を築いた初期のライヴ
1. カナダ・オンタリオ州セント・キャサリンズ、Laura Secord Secondary School/1974年5月15日
1974年5月15日に行われた、ラッシュにとって初のセント・キャサリンズ公演は、さまざまな意味で重要なライヴだ。この公演は、音声・映像の両方を含め、現存するラッシュ最古のライヴ記録と広く考えられている。さらに、ニール・パート加入前、ジョン・ラトシーがドラムを担当していた初期ラインナップを記録した唯一のライヴ音源としても知られている。
この日の演奏には、アルバム『Rush』収録曲「Before And After」の現存する唯一のライヴ録音に加え、アルバム未収録の初期曲「I’ve Been Runnin’」「The Loser」も含まれている。後にプログレッシヴ・ロックの先駆者となるラッシュが、学生たちを前に演奏していたと考えると、今となっては少し意外に感じるかもしれない。しかし、初期のバンドはこうした場所で頻繁にライヴを行っていた。当時の公演には、トロントのDon Mills Collegiate Instituteやオンタリオ州のGravenhurst High Schoolでのステージもあった。
1974年3月にバンド名を冠したデビュー・アルバム『Rush』をリリースしたばかりだった彼らにとって、Laura Secord Secondary Schoolでの公演は、約1年間にわたるアルバムのサポート・ツアーの一環として行われたものだった。また、このライヴはカナダのローカルTV番組『Canadian Bandstand』のために撮影されていた。
長年にわたって失われたものと思われていたこのライブの音声・映像記録は、実はトロントにあるラッシュのマネージメント会社の地下室に何年も保管されていた。しかし、テープにはオランダで開催される同名フェスティバルにちなみ、「Pinkpop」という誤ったラベルが付けられていた。その存在が明らかになったのは、ビデオテープがデジタル化のためにロサンゼルスへ送られたときのことだった。ゲディ・リーも自伝『My Effin’ Life』の中で、この映像について「まだ見たことがないなら、ぜひYouTubeで探して見てほしい珍しい記録だ」と語っている。
2. Agora Ballroom、オハイオ州クリーブランド/1974年8月26日
ラッシュの初代ドラマー、ジョン・ラトシーは糖尿病を患っており、1974年3月に『Rush』をリリースしてから数か月後、病気を理由にバンドを離れることになった。その後、後任としてニール・パートが加入ニールが加わったのは、同年夏に予定されていたラッシュ初の全米ツアーのわずか2週間前だった。このツアーでは、オハイオ州クリーブランドのAgora Ballroomでも初めてライヴを行っており、同会場はその後数年間、Rushのツアーでたびたび訪れるおなじみの場所となった。
地元ラジオ局WMMS-FMはラッシュの記念すべき初のアメリカ公演に立ち会い、その演奏を録音していた。この音源からは、ニール・パート加入によって、バンドがすでに大きな自信を身につけ始めていたことが伝わってくる。
ゲディ・リー、アレックス・ライフソン、ニール・パートの3人は、『Rush』収録曲を勢いよく演奏。さらに、1975年のアルバム『Fly By Night』から数曲を初披露したほか、ラリー・ウィリアムズによる50年代のロックンロール・ナンバー「Bad Boy」を猛烈な勢いでカヴァー。そして、これまでラッシュの公式作品には一度も収録されていない超レアな2曲、「Fancy Dancer」と「Garden Road」も演奏された。
3. Massey Hall、カナダ・トロント/1975年6月25日
1894年に建てられたトロントのMassey Hallは、カナダ最古、そしておそらく最も格式の高いコンサート・ホールだ。そんな由緒ある会場でヘッドライナーを務めることは、勢いに乗るカナダのアーティストにとって大きな節目となる。もちろん、ラッシュにとっても3000人収容のこの会場でヘッドライナーを務めることは特別な意味を持っていた。
ゲディ・リーは、1968年にクリームのコンサートをMassey Hallで観て以来、いつか自分もこのステージに立ちたいと願っていたという。その夢が実現したのは、1975年のセカンド・アルバム『Fly By Night』を引っ提げ、カナダ・ツアーに乗り出したときだった。この日のライヴでは、ニール・パート加入後にバンドが築き上げた、よりヘヴィで複雑なサウンドが存分に披露された。当時のインタビューでゲディ・リーは、ニールの加入についてこう語っている。
「ニールが加入してから、ファースト・アルバムの頃とはまったく違うバンドになった。何だってできるような気がしたんだ」
実際、ラッシュにとって初めてのMassey Hallでのヘッドライナー公演は、バンドの可能性が一気に広がったことを証明するステージとなった。そしてゲディ、アレックス、ニールの3人は翌1976年6月、“2112”ツアーで再びこの会場に戻ってくる。今度は3夜連続の公演を行い、その模様はラッシュ初のライヴ・アルバムとして高い評価を受けた『All The World’s A Stage』に収録された。
ラッシュ絶頂期
4. Pinkpop Festival、オランダ/1979年6月4日
ラッシュの4作目のスタジオ・アルバム『2112』は全米トップ5入りを果たしたが、70年代後半に発表された傑作、『A Farewell To Kings』と『Hemispheres』によって、バンドはさらに世界的な評価を高めていった。この2作には、「Xanadu」「La Villa Strangiato」といった長尺のプログレッシヴ・ロックの大作が収録されている一方、「Closer To The Heart」「Circumstances」「The Trees」のような、さまざまなタイプのロック・ファンを惹きつける親しみやすい短めのポップ/ロック曲も含まれていた。
ライヴ・バンドとしても、この時期のラッシュはまさに絶好調だった。ヨーロッパのフェスティバル・シーンで大きな集客力を持つバンドへと成長した彼らは、1979年6月、オランダで長い歴史を持つ<Pinkpop Festival>に出演し、圧巻のステージを繰り広げた。この公演は、約1年にわたる“Hemispheres”ワールド・ツアーの最終公演でもあり、まさに集大成にふさわしいライヴとなった。「
A Passage To Bangkok」「By-Tor And The Snow Dog」から、「Xanadu」「Closer To The Heart」「La Villa Strangiato」まで、バンドの代表曲の数々を圧倒的な演奏で披露。その多くは、後に2018年版『Hemispheres』のボーナス・ディスクとして公式リリースされた。
5. The Forum、カナダ・モントリオール/1981年3月27日
レコードでもライヴでも、1970年代後半から80年代初頭のラッシュは、まさに無敵の存在だった。『A Farewell To Kings』と『Hemispheres』の成功に続き、80年代に入ると『Permanent Waves』、そして『Moving Pictures』というミリオンセラーの名盤を次々と発表。バンドは、「The Spirit Of Radio」「Tom Sawyer」のようなラジオ向きのロック/ポップ・ナンバーから、「Natural Science」「The Camera Eye」のような複雑な大作まで、まるで苦もなく作り上げてしまうほどの充実ぶりを見せていた。
しかも当時の彼らは、ほとんど休むことなくツアーを続けていた。1980年秋のツアーを終えてからわずか4か月ほどで、1981年2月には“Moving Pictures”ツアーをスタートさせている。全95公演に及ぶこの大規模なツアーで、ラッシュは約100万人を動員。そのツアーの熱気と勢いを記録した名ライヴ・アルバムが、『Exit…Stage Left』だ。同アルバムには、モントリオールのThe Forumで行われた圧巻の公演の音源が数多く収録されている。
2万人を収容する会場では、背面スクリーンを使った映像演出、火薬を使ったパイロテクニクス、ドライアイスなど、大規模なステージ演出も展開された。そして何より強烈だったのが、ラッシュのキャリアを一気に駆け抜けるようなセットリストだ。初期の代表曲「In The Mood」「Working Man」から、「Freewill」「Limelight」「Red Barchetta」といった当時生まれたばかりの名曲まで、バンドの歩みを凝縮した圧倒的なステージとなった。
6. 瀬戸市文化センター、瀬戸市、愛知県、日本、1984年11月16日
驚くべきことに、1970年代半ばから後半にかけて日本で確かなファン層を築いていたラッシュだが、来日公演を行ったのは実はこの1度だけだった。しかも、それは1984年11月、“Grace Under Pressure”ツアーの最後に追加されたわずか4公演にすぎなかった。それでも、ラッシュを長年待ち続けた日本のファンにとって、その待ち時間は十分に報われるものだった。
リー、ライフソン、パートの3人は、この4公演それぞれで、キャリアを横断するパワフルなセットを披露。卓越した正確さをもって、圧倒的な演奏を繰り広げた。そして各公演の最後には、「Moving Pictures」の名曲「Vital Signs」や、初期の人気曲「Finding My Way」「In The Mood」などを含む、複数回のアンコールで締めくくった。
アリーナ時代
7. NEC Arena、バーミンガム、イギリス、1988年4月23日
ラッシュの絶頂期は1980年前後だったというのが一般的な見方だが、その後もバンドの人気が衰えることはなく、80年代の終わりを迎えた彼らは、その幕開けとほぼ同じように、世界各地のアリーナを満員にしていた。
カナダが誇るこの3人組は、1988年のアルバム『Hold Your Fire』を引っ提げ、北米、イギリス、ヨーロッパを巡る大規模なツアーに乗り出した。1987年秋から1988年夏まで続いた、全78公演にも及ぶ過酷なツアーだった。このツアーからは、ライヴ・アルバム『A Show Of Hands』(1989年)も生まれている。ただし、その内容にはひとつ大きな特徴があり、「Closer To The Heart」を除けば、セットリストはすべて1980年代の楽曲で構成されていた。
それでもラッシュには、「Tom Sawyer」、「Limelight」、「The Spirit Of Radio」といった名曲に加え、「Prime Mover」や「Turn The Page」といった新しめの曲をライヴ・セットに組み込むだけの十分な余地があった。『A Show Of Hands』は主に、1988年4月にバーミンガムの巨大なNECアリーナで行われた2公演から収録されたもので、ここでもラッシュが世界屈指のライヴ・バンドであることを改めて証明している。
8. World Music Theatre、イリノイ州ティンリー・パーク/1997年6月14日
個人的な面では、1990年代後半はラッシュにとって、とりわけニール・パートにとって非常に辛い時期だった。1997年、パートは娘のセレーナを交通事故で亡くし、そのわずか10か月後には、妻ジャクリーンも癌によってこの世を去ったのだ。
そんな最初の悲劇が起こる前、ラッシュは1997年のアルバム『Test For Echo』に伴うツアーで、素晴らしいライヴをいくつも行っていた。中でも、イリノイ州ティンリー・パークにある2万8,000人収容のWorld Music Theatreで行われた圧巻の公演は、後にリリースされるライヴ・アルバム『Different Stages』の主要な音源として収録された。
アルバムの収録曲を見ると、このツアーでは『Roll The Bones』『Counterparts』『Test For Echo』といった比較的新しいアルバムからの楽曲がセットリストの中心を占めていたことが分かる。一方、長年のファンにとって特に嬉しいのが、アルバムの最後を飾る「2112」だ。
ただし、この音源だけはマサチューセッツ州マンスフィールドで行われた別公演から収録されたものだ。それでも、この「2112」には特別な意味がある。20分に及ぶ「2112」の組曲全編が、ラッシュの公式ライヴ・アルバムに収録するために録音されたのは、これが初めてであり、現在に至るまで唯一の機会だからだ。
悲劇を勝利へ変えて
9. Maracanã Stadium、リオデジャネイロ、ブラジル、2002年11月23日
ニール・パートの妻と娘の死は、ラッシュというバンドそのものを終わらせてしまってもおかしくないほどの出来事だった。1998年には、ドラマーであり作詞家でもあるニール自身が、残る2人のメンバーに「自分は引退したと思ってほしい」と伝えている。そうしてバンドは長い活動休止に入ったものの、最終的にニュー・アルバム『Vapor Trails』とそれに伴うツアーで復帰する。
2002年6月から11月までの5か月間にわたるこのツアーは、北米とカナダを巡った後、ブラジルで3公演を行って締めくくられた。ブラジル公演はラッシュ史上でも最大規模のライヴとなり、サンパウロでは6万人、最終公演のリオデジャネイロでは4万人もの熱狂的なファンを前に演奏した。このリオ公演は、2003年にリリースされた、その内容を端的に表すタイトルのライヴ・アルバム/DVD『Rush In Rio』によって伝説となった。
このツアーでバンドは、キャリアを横断する壮大なセットを披露し、アンコールを含めて通常30曲前後を演奏した。『Rush In Rio』は、過去のラッシュのライヴ・アルバムとは異なり、一夜の公演をほぼ完全な形で収録している。例外となるのは最後の2曲、「Between Sun & Moon」と「Vital Signs」で、それぞれアリゾナ州とケベック・シティで行われた別公演から収録されたものだ。
10. Radio City Music Hall、ニューヨーク/2004年8月18日・19日
ラッシュはニューヨークで常に熱心な支持を集めてきた。そのため、彼らの輝かしいライヴ史を振り返るなら、ニューヨーク公演を少なくとも1つは取り上げるべきだろう。
実際、問題はどのニューヨーク公演を選ぶべきか、ということだ。ゲディ・リーは自伝の中で、1981年5月に行われたラッシュ初のMadison Square Garden公演を自身のキャリアにおけるハイライトのひとつとして挙げている。一方、伝説的な会場Radio City Music Hallで1983年に行われた5夜連続公演も、もちろん外すことのできない重要ライヴと言える。
とはいえ、ここで選ぶべきなのは、ラッシュがRadio City Music Hallに凱旋した2004年の公演だろう。2004年8月、バンドは、名盤を生み出した黄金期のラインナップ結成30周年を記念する“R30”ツアーの一環として、1983年以来実に21年ぶりに同会場のステージに立ち、2夜にわたる公演を行った。どちらも観客から熱狂的な歓迎を受ける、記念すべき公演となった。
全60公演にも及んだこのツアーは、2004年5月26日にテネシー州ナッシュビルのStarwood Amphitheatreでスタートし、同年10月1日、オランダ・ロッテルダムのSportpaleis Ahoyで幕を閉じた。これまでのツアーと比べると、会場の規模はややコンパクトだった。北米では劇場と野外劇場、ヨーロッパでは屋内アリーナに限定して公演を行ったためだ。
さらにファンを喜ばせたのが、バンドのキャリアを網羅した充実したセットリストだった。そこには、長いあいだライヴで演奏されていなかった楽曲も多数含まれていた。アレックス・ライフソンは当時、その意図についてこう語っている。
「自分たちのソングライティングのあらゆる時代に触れることが大切だと感じていた。観客はずっと笑顔だったよ。特に“A Passage To Bangkok”と“Bastille Day”を演奏したときはね。あの曲を聴くのは、みんなにとって本当に久しぶりだったから」
誇り高きラスト・ステージ
11. Quicken Loans Arena、オハイオ州クリーブランド/2011年4月15日
2010年から2011年にかけての“Time Machine”ツアーで、ラッシュは当時流行していた、名盤をアルバム単位でライヴ演奏するスタイルに挑戦した。そこでゲディ・リー、アレックス・ライフソン、ニール・パートの3人が選んだのは、当時30周年を迎えた名盤『Moving Pictures』だった。
当然ながらチケットの需要は非常に高く、バンドはファンの期待に応えて、『Moving Pictures』だけでなく、「The Spirit Of Radio」「Freewill」「Subdivisions」「Closer To The Heart」といった代表曲も演奏し、さらには、当時制作中だったアルバム『Clockwork Angels』からも数曲を先行披露した。
以前『Rush In Rio』でも行ったように、バンドは同ツアーから特定の1公演を選んで映像と音声を収録し、後にライヴ・アルバムやDVDとしてリリースする方法を採用した。そしてこの時選ばれたのが、オハイオ州クリーブランドのQuicken Loans Arenaで行われたこの公演だった。実際、この日のバンドは絶好調ともいえる素晴らしい演奏を披露。その模様は後に公式ライヴ作品としてリリースされ、ジュノー賞にもノミネートされる評価を受けた。
12. The Forum、カリフォルニア州ロサンゼルス/2015年8月1日
ラッシュは最後のスタジオ・アルバムとなった『Clockwork Angels』を携え、2012年12月から2013年8月までツアーを行った。そしてその後、ゲディ・リー、アレックス・ライフソン、ニール・パートによるクラシック・ラインナップの結成40周年を祝う“R40”ツアーで、再びステージに立つことを決めた。これが結果的に、この3人による最後の大規模ツアーとなった。
全33公演と、これまでのラッシュの巨大なワールド・ツアーに比べれば短いものだったが、“R40”ツアーは大成功を収めた。ほとんどの公演がソールドアウトとなり、毎晩少なくとも1万2000人の観客を前に演奏した。セットリストも長年のファンを大いに喜ばせるものだった。20作のスタジオ・アルバムのうち16作からの楽曲が選ばれ、最新作から初期作品へと年代を逆にたどる構成で、2部構成のステージを展開。1公演あたり約3時間にも及んだ。
当然ながら、最終公演はツアーの中でもひときわ感情的なステージとなった。2015年8月1日、ロサンゼルスのThe Forum公演は、圧倒的な演奏で締めくくられた。そしてアンコールの最後に選ばれたのは、バンドが最初に手にしたヒット曲「Working Man」だった。
Written By Tim Peacock

2025年3月21日発売
4CD・7LP / iTunes Stores / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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