1990年代、CD時代の隠しトラック・ベスト10

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CDの技術的な抜け穴のおかげで、バンドはアルバムに”イースター・エッグ”である隠しトラックを仕込むことが可能になった。ここに挙げるのは、久々にCDプレイヤーを引っ張り出す価値のある10の隠しトラックである。

映画館に足を運んだ映画ファンたちが、クレジット・ロールが終わった後に思いがけず流されるアウトテイクを待ち構えて本編終了後もなかなか席を立たないのと同じように、90年代の音楽ファンたちは、CDを聴き始めたら最後の最後までストップボタンを押さずに聴き通し、その忍耐が報われるような隠しトラックやインタールードが入っていないか、ひたすら耳を澄ましていたものだった。

メディアに拘わらず、アーティストたちは昔から通り一遍の商業的な音楽のパッケージングの拘束に対してあの手この手で反抗する手段を見つけ出した。この流れを始めたのはご存知の通りザ・ビートルズである。ポール・マッカートニーによる短いアコースティックの楽曲「Her Majesty」はアルバム『Abbey Road』にはフィットしなかったため、彼はエンジニアのジェフ・エメリックにこの曲はカットしてするようにと指示を出した。だがジェフ・エメリックは一件を案じ、アルバム本編が終わった後、数秒の空白を置いたところにこっそり入れ込んだ。史上初の‘隠しトラック’はこうして生まれたのである。

その後の時代にも、ザ・クラッシュの1979年のアルバム『London Calling』収録の「Train In Vain」から、ピンク・フロイドやスレイヤーが使用した逆回転あるいは「バックマスキング」と呼ばれる手法で秘密のメッセージを流すなど、このトレンドは様々な形で途切れることなく続いていた。だがこの風潮が大々的に広まったのは90年代のことで、CDの作り出した技術的な抜け穴を利用し、あるバンドはアルバムの脈絡に馴染まなかった曲を隠しトラックとして入れ込み、またあるバンドはリスナーと自分たちの所属レーベルの両方を翻弄してみせた。ではその隠しトラックの例をご紹介しよう。


ニルヴァーナ『Nevermind』収録「Endless, Nameless1991年)

曲と言うより混沌としたジャム・セッションと言った方が良さそうな、ニルヴァーナの 「Endless, Nameless」 は、最も頻繁に引き合いに出される隠しトラックのひとつの例である。伝えられるところによれば、マスタリングの段階でエンジニアがうっかりこの曲を収録曲から外してしまっており、それを知って激怒したカート・コバーンがもう一度この曲をラインナップに戻させることにしたのだと言う。それも本編最後の曲から10分ほどの空白を置いたところに。結果として生まれたのは、レコード盤の最後の方で溝が徐々に浅くなってゆくところをそのまま活かしたような独特のニルヴァーナ流90年代のグルーヴだった。

ナイン・インチ・ネイルズ『Broken』収録「Physical」(1992年)

フロッピー・ディスクがもはや現役引退の身となって久しいのと同様、もうひとつの忘れられたフォーマットの8センチCDはかつてボーナス楽曲を収録するために使用されていた。格好の例がナイン・インチ・ネイルズのアルバム『Broken』で、これにはトレント・レズナーによるアダム&ジ・アンツの「Physical (You’re So)」と、トレント・レズナーも元メンバーだったインダストリアル系スーパーグループのピッグフェイスのカヴァーをフィーチュアした8センチCDがボーナス盤として同梱されていた。このフォーマットのコストがかさみ過ぎるという話になると、レーベルはオリジナル・アルバムに2曲を隠しトラックとして収録し、忠実なリスナーたちは晴れてトレント・レズナーのニュー・ウェイヴへの偏愛を余すところなく味わえることになった。

ドクター・ドレー『The Chronic』収録 「(Outro) B__ches Aint S__t」(1992年)

N.W.A.を脱退し、所属していたルースレス・レコードからも離れたドクター・ドレーは、ソロでリリースしたGファンクの傑作アルバム『The Chronic』に隠しディス・トラック「B__ches Aint S__t」を収録していた。この曲の中で、ドクター・ドレーは元バンドメイトのイージー・Eと彼のマネジャーのジェリー・ヘラーを攻撃している。これはデス・ロウ・ファミリー総出演で、コラプト、スヌープ・ドッグ、ダット・ニガ・ダズとデス・ロウ・レコードの元ファースト・レディ、ジュエル・ケイプルズらが代わる代わるヴァースでヴォーカルを取っている。オリジナル・リリースではシンプルに 「Outro」というタイトルだったこの曲は、 2001年の再発時に上記のいかにも香ばしいタイトルに表記が改められた。

グリーン・デイ『Dookie』収録「All By Myself」(1994年)

グリーン・デイもバンドとしてブレイクを果たしたアルバム『Dookie』の最後に、もう少し遊び心のあるマテリアルを忍ばせる余裕を見せ、バンドのドラマーであるトレ・クールが「自己愛」をテーマに書いて高らかに歌いあげた、くだらないアコースティック賛歌「All By Myself」が隠しトラックになっている。アルバムのクロージング・トラック「FOD」の後、1分57秒の空白の後にこの曲が聴こえてくると、生意気で奇天烈なポップ・パンク・バンドだったデビュー当時のグリーン・デイが懐かしく脳裏に甦ってくるのだ。

クラッカー『Kerosene Hat』収録「Euro-Trash Girl」( 1993年)

CD時代に新発見されたテクノロジーを利用して、90年代のオルタナティヴ・ロック・バンドのクラッカーは、既に完成済のセカンド・アルバムに 「Euro-Trash Girl」を加えた。ナイン・インチ・ネイルズ同様、バンドはアルバム最後の曲が終わった後、間にブランク・トラックをたっぷりと挟み、カウンターが69曲目になってようやく3曲の隠しトラックのうちの1曲目が始まるという趣向だ。彼らのライヴ・セットの中でもファンのお気に入りのひとつだった不機嫌な紀行譚は、後にコマーシャル・ヒットとなった。

ジャネット・ジャクソン『The Velvet Rope』収録「Can’t Be Stopped」(1997年)

ジャネット・ジャクソンは隠しトラックを使って、彼女の持つレトロ・ポップな面(1993年のアルバム『Janet』収録の、弾むような 「Whoops Now」 )と、社会問題に対する意識の高さ(『The Velvet Rope』より「Can’t Be Stopped」)の両方をアピールしている。 “あなたには強さが足りないなんて誰にも言わせちゃダメよ / Don’t let anyone tell you you’re not strong enough”と歌うジャネットは、同じように心を奮い立たせてくれるマーヴィン・ゲイのトラック、「Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)」をサンプリングし、この曲をあらゆる種類の差別と闘うファンに捧げているのだ。

ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ『Factory Showroom』収録「Token Back To Brooklyn」1996年)

息の長いオルタナティヴ・ロック・バンド、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツはフォーマットの特徴を生かした実験的アプローチで知られており、1992年のアルバム『Apollo 18』では 「Fingertips」という曲を数秒ずつ21のピースに区分けし、当時CDプレイヤーに装備されるようになった新たな“シャッフル”機能を使ってアルバムを聴いたファンを混乱に陥れた。そして後にiTunesがこの各ピースを曲として認識し、それぞれに99セントの値段をつけたために、突如としてアルバムの値段が暴騰するという珍現象が起こることになった。そんなわけで、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツがCDフォーマット固有の音空間の抜け穴を利用しないわけはなく、上記アルバムには長い地下鉄での移動をぴりっと詩的に切り取った「Token Back To Brooklyn」という隠しトラックが仕込まれている。

ブラインド・メロン『Soup』収録「Before One」(1995年)

ストリーミングとデジタル・ダウンロードの時代の到来で、アルバムに隠されていた隠しトラックが事もなげに見つかってしまっても、まだ隠されたままのトラックもある。例えばブラインド・メロンの 「Before One」がそれだ。アルバムのアメリカ盤CDでは、この美しいアコースティック・トラックは本編が終わった空白の部分にこっそりしまい込まれているが、ヨーロッパ盤では最後の曲「Lemonade」の後に続けて入っている。よく耳を澄ませて聴いてみれば、ロジャース・スティーヴンスがピアノを弾き、亡くなったフロントマンのシャノン・フーンが『ツイン・ピークス』風に逆から歌う 「New Life」に気づくはずだ。

クラウデッド・ハウス『Woodface』収録「I’m Still Here」(1991年)

ニュージーランド/オーストラリア出身のロック・バンド、クラウデッド・ハウスのファンは、アルバム『Woodface』のメロウなエンディング曲「How Will I Go」を聴いた後、隠しトラックの「I’m Still Here」でティム・フィンによる幽霊のような泣き声を耳にしてさぞ驚いたことだろう。2017年にアルバムがデラックス・ヴァージョンとして再発されると、この幽霊トラックはトラックリストに正式にフル・ヴァージョンとして加えられた。

ローリン・ヒル『The Miseducation Of Lauryn Hill』収録 Can’t Take My Eyes Off Of You」(1998年)

隠しトラックの中には、そもそもどうしてそんなところに埋もれさせることになったのか不思議になるものもある。ローリン・ヒルによる金字塔的アルバム『The Miseducation Of Lauryn Hill』に収められていたフランキー・ヴァリの1967年のバラード曲の情熱的なカヴァーは大ブレイクし、彼女にグラミー賞のノミネーションまでもたらすことになった。この同じ年、彼女は更にホイットニー・ヒューストンがカヴァーしたスティーヴィー・ワンダーの 「I Was Made To Love Him」のカヴァーもレコーディングしている。

 

他にも様々なジャンルに数え切れないほどの隠しトラックが存在し、とても選びきれないので、更に幾つか出色のタイトルを挙げておこう:

  • ガンズ&ローゼズ『The Spaghetti Incident?』収録「Look At Your Game Girl」(1993年)
  • デフトーンズ『Around The Fur』収録「Damone」(1997年)
  • Q-ティップ『Amplified』収録「Do It, See It, Be It」(1999年)
  • アラニス・モリセット『Jagged Little Pill』収録「Your House」(1995年)
  • トラヴィス『The Man Who』収録「Blue Flashing Light」(1999年)
  • ザ・レモンヘッズ『Come On Feel The Lemonheads』収録 「Lenny」 「Noise Parts 1-3」 「The Amp Went Out」「High-Speed Idiot Mode」 (1993年)
  • ベック『Odelay』収録 「Computer Rock」(1996年)


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