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HIPHOP史上最もサンプリングされたソウルミュージシャン、シル・ジョンソンが逝去。その功績を辿る

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Syl Johnson photo: Timothy Hiatt/Getty Images

ソウル、ファンク、ブルースのミュージシャンで、その作品がヒップホップ史上最もサンプリングされてきたアーティストの1人として知られるシル・ジョンソン(Syl Johnson)が2022年2月6日、85歳で逝去した。

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Different Strokes

彼の遺族はこの訃報を次のように伝えている。

「彼は、シンガー、ミュージシャン、そしてブラックミュージックを愛する起業家として人生を歩みました。燃えるような、激しいファイターで、自分の音楽やサウンドに関わる正義を追求するために常に公然と戦っていた彼は、その人生に関わったすべての人々から本当に惜しまれるでしょう」

シル・ジョンソンは、1960年代にトワイライト・レコードから「Come On Sock It To Me」や公民権運動が巻き起こっていた時代を象徴する「Is It Because I’m Black」などのヒット曲を発表し、その後1970年代にはメンフィスの名門ソウルレーベル、ハイ・レコードで、彼らの看板スター、アル・グリーンと競合しながら本格的なキャリアアップに奮闘する。皮肉にも、シル・ジョンソンにとって最大のヒット曲は、1975年に全米R&Bチャート7位を獲得したアル・グリーンのカヴァー「Take Me To The River」だった。

Take Me to the River

ヒップホップでのサンプリング

後年、急成長するヒップホップ・シーンにおいて、彼の作品は膨大な楽曲でサンプリングされ注目を集めるが、同時に彼の怒りを買うことにもなった。

中でも1967年のR&Bトップ20ヒット「Different Strokes」のブラスラインはウータン・クランによって、ヴォーカルはカニエ・ウェスト&ジェイ・Zの「The Joy」の中で使われた他、デ・ラ・ソウルの「The Magic Number」、エリック・B&ラキムの「I Know You Got Soul」、パブリック・エネミーの「Fight the Power」でもサンプリングされている。

Fight The Power

ブルージーで妥協のない「Is It Because I’m Black?」は、1970年初頭に全米R&Bチャート11位のソウル・ヒットとなり、ウータン・クラン、スヌープ・ドッグ、サイプレス・ヒルらによってサンプリングされた。後に、サイプレス・ヒルがこの曲を未使用と主張したため、シル・ジョンソンは訴訟を起こしたが、2008年に敗訴し、3年後に控訴し再び敗訴している。2012年には、「Different Strokes」の使用を巡ってカニエ・ウェスト&ジェイ・Zを相手に訴訟を起こしているが和解に至った。

Syl Johnson Is It Because I'm Black Single

その生涯

1939年7月1日、ミシシッピ州ホリースプリングスでシルベスター・トンプソンとして生まれたシル・ジョンソンは、10代でシカゴのサウスサイドへ移住し、1959年にフェデラル・レコードで自身初のレコーディングを行った。1967年に発表した「Come On Sock It To Me」で初めて全米にその名を知られることになった彼は、自身のレーベルであるシャマやボードウォークでの作品を含め、その後15年間で19曲をR&Bチャートに送り込んだ。

1980年代後半、シル・ジョンソンは、シカゴを中心にチェーン展開するフライドフィッシュ・レストラン“Solomon’s Fishery”のビジネスに乗り出すために、音楽業界から引退するが、その数年後には音楽活動を再開し、自身の娘で、カニエ・ウェストのコラボレーターとしても知られるシリーナ・ジョンソンとレコーディングを行った。

Is It Because I'm Black?

2010年、シカゴを拠点とするヌメロ・グループからリリースされた彼のキャリアを総括したボックス・セットで、グラミー賞で2部門にノミネート。2019年にはブルースの殿堂入りを果たしている。

現在Vimeoで初独占オンデマンド配信されているロブ・ハッチ・ミラー監督によるシル・ジョンソンの人生を描いたドキュメンタリー映画『Syl Johnson: Any Way The Wind Blows』の中で、ウータン・クランのRZAは彼についてこう語っている。

「多くの人が、シル・ジョンソンという男の名前を知らなかったかもしれないが、彼の音楽は知っていたんだ」

ヌメロ・グループの公式ツイッターは、シル・ジョンソンの気性の激しい人柄に深い愛情と敬意を表し、次のように追悼を捧げている。

「もしヌメロのマスコットと呼べるアーティストがいるとしたら、ミシシッピ生まれのソウルマン、シル・ジョンソンでしょう。彼は、シカゴのサウスサイドで活動していた私たちにチャンスを与えてくれた最初のメジャー・アーティストでした」

Written By Paul Sexton



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