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ジェームス・ブラウン・バンドの名MC、“マントマン”ことダニー・レイが逝去。その功績を辿る

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Danny Ray in 2007 at the 49th Annual GRAMMY Awards. Photo: M. Caulfield/WireImage

伝説の“マントマン”と呼ばれ、ジェームス・ブラウン・バンドの名MCとして活躍したダニー・レイ(Danny Ray)が85歳で逝去した。オーガスタ・クロニクル紙によると、彼は2月2日の夜、ジョージア州の自宅で自然死したという。

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Introduction Of The J.B.’s By Danny Ray (Live At The Apollo Theater/1972)

アラバマ州バーミンガム出身のダニー・レイは、1960年にジェームス・ブラウンの付き人となり、2006年のクリスマスにジェームス・ブラウンが亡くなるまでの46年もの間、“ソウルの帝王”の良き仕事上のパートナーとしてそのキャリアを全うした。

ジェームス・ブラウンのショーに毎晩MCとして登場していたダニー・レイは、彼をステージへと呼び込んだり、代表曲 「Please, Please, Please」のパフォーマンス後にスパンコールのマントを彼に被せていたことから、ファンから“マントマン”の愛称で親しまれていた。ジェームス・ブラウンの葬儀では、彼に赤いマントを被せ、最期を見送った。

James Brown performs "Please Please Please" at the TAMI Show (Live)

一方で、ダニー・レイはステージの外でも存在感を発揮していた。オーガスタ・クロニクル紙によると、ジェームス・ブラウンのリード・ギタリスト兼音楽監督でもあるロナルド・“ロック”・ラスターは、ダニー・レイについてこう証言している。

「(彼は)ジェームス・ブラウンが常にフル稼働できるように陰ながら支えていました。ダニーは全ての責任者でした。大変気配りのできる、ジェームスにとても近い存在でした」

ダニー・レイと先週話をしていたと明かすロナルド・ラスターは、長年のツアー仲間の死について、「当然ショックでした。私たちは多くの冒険を共にしてきましたから。最初に知らせを聞いた時は涙が出てきました」と語っている。

オーガスタ・クロニクル紙の2011年のインタビューで、ダニー・レイは、(MCとして)初めてジェームス・ブラウンをステージへと呼び込んだ日のことを次のように振り返っている。

「初めてライヴに出演した時は、死ぬほど怖かった。あれはメリーランドのステージでした。いつもショーに出て呼び込む人がその日は現れなかったんです。(ジェームス・ブラウンから)“ステージに立ったことがあるか”と訊かれて、“ありません”と答えたところ、“今夜はお前の夜だ”と言われて“それはどういう意味ですか?”と訊き返したていました。ステージまでの道のりが一番長く感じられた夜で、あのマイクに喰われるじゃないかと思いましたし、そこには何千人もの観客がいて、あんなに大勢の人の前で話したのは初めてでした。初めて(マイクで)自分の声を聞く時は、それはまた途方もなく緊張しました。でも、それを乗り越えて、楽しめるようになっていったんです」

ジェームス・ブラウンの元バンドメイトであるブーツィー・コリンズなど、ダニー・レイのファンを公言する様々な著名人がソーシャルメディア上で彼に追悼を捧げており、公民権運動家であり1973年から1980年までジェームス・ブラウンのツアー・マネージャーを務めたアル・シャープトンは、次のようにツイートしている。

「訃報を知り、悲しみに暮れています。彼は、私が何年も前にソウルの帝王と共に世界を旅していた頃、私にとっておじさんのような存在でした。ダニーの功績は人々の記憶に残されていくことでしょう。ファミリーよ、安らかに、力と共にお眠りください」

ジェース・ブラウン・エステートも声明を発表し、ダニー・レイを“ショービジネス界で2番目に働き者”と称した。

Written By Sophie Smith



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