パンク死滅後、ニュー・ウェイヴで活躍した4組のアーティスト

6月 23, 2018


パンク死滅後、ニュー・ウェイヴで活躍した4組のアーティスト

1976年、まだまだ活力のあったパンクだったが、既に自滅の種を蒔きはじめていた。そしてここから、2年という短いながらも刺激的な期間で急速な変化が生まれ、革新者を自認する者たちは、クリエイティヴィティを掻き立てようと、レゲエやエレクトロニック、さらにはディスコといった多様な音楽スタイルを取り入れていく、これは世界規模の試みだった。マスコミはこの新しい音楽に名前が必要だと考え、「ニュー・ウェイヴ」という名前が誕生した……このシーンで特に活躍したのは、本稿でご紹介する4アーティストだ。

New Waveニュー・ウェイヴは非常に刺激的な音楽で、その影響は今日まで続いている。パンクがストレートで率直だった一方、ニュー・ウェイヴは芸術家肌で、パンクよりもポップに近かったが、ポップのような使い捨て感はなかった。ニュー・ウェイヴはポップに比べて、歌詞的にも音楽的にも遥かに複雑で、明らかに知的だった。パンクとポスト・パンクのクリエイティヴィティが英国中心だった一方、ニュー・ウェイヴは世界的な現象だった、そして特に、アメリカでの勢いは凄かった。

■ブロンディ
ニューヨークでは、CBGBがニュー・ウェイヴの中心となり、トーキング・ヘッズ、ミンク・デヴィル、そして特にブロンディが、アメリカにおけるニュー・ウェイヴの使徒となった。その中でブロンディは、1976年にバンド名を冠したデビュー・アルバム『Blondie(邦題:妖女ブロンディ)』をリリースすると、大きな話題を振りまいた。同アルバムのオープニングを飾る「X-Offender」のイントロは、1960年代に活躍したニューヨークのガール・グループを彷彿とさせるが、そこからデボラ・ハリーの快いヴォーカルがさく裂する。また、ジェイムズ・デストリのキーボードに加えて、パンクとは全く異なる要素が入っていた――真新しいローランドのシンセサイザーだ。このシンセサイザーは、ブロンディがシーンの最先端にいることを強調した。そして、シンセサイザーの使用によって、音楽は全く別の方向へと進んだ。

1978年の『Parallel Line(邦題:恋の平行線)』で、ブロンディは勢いを増した。白と黒を使った魅力的なジャケット写真の中で、デボラ・ハリーは誰よりも華やかな印象だ。新種のポップともいえる「Hanging On The Telephone」は、ニューヨーク・ニュー・ウェイヴの決定版だが、このアルバムは、それだけでは終わらない。これはグレイテスト・ヒッツ・アルバムとも呼べる名盤で、「One Way Or Another」「Picture This」「Heart Of Glass」「Sunday Girl」等を収録している名曲の宝庫なのだ。好きになるしかないだろう。

■ポリス
New Wave

アメリカが独自のシーンを持っていた一方、英国はポリスの独壇場だった。ポリスは5年間でアルバムを5枚リリースすると、英国史上でトップクラスのバンドの仲間入りをした。1977年に結成された同バンドの音楽スタイルは全く独自のものだったが、レゲエやジャズ、そしてもちろんパンクの要素を含んでいた。

1978年のデビュー・アルバム『Outlandos D’Amour』は「Next To you」で幕を開けるが、これはパンクとニュー・ウェイヴをつなぐ架け橋として最高の楽曲だ。同曲は、スチュワート・コープランドのドラミングに沿って進行するが、彼のドラムはポリスの音楽で常に中心的な存在だった。また、アルバムの3曲目「Roxanne」、そして「Can’t Stand Losing You」ではレゲエが取り入れられている。なお、これが白人のレゲエ・アルバムだと思っている人には「Born In The 50s」を聴いてもらいたい、英国人がブルース・スプリングスティーンを演っている曲だ。

2年後のサード・アルバム『Zenyatta Mondatta』は、4週間もかからずレコーディングが完了した。活力に満ちた同アルバムには、典型的なニュー・ウェイヴのアンセムと多くの人々から認められている「Don’t Stand So Close To Me」が収録されている。また、『Zenyatta Mondatta』の意味を必死で考えている人々は、考えるのをやめてほしい。これはまったくの造語で、混成語なのだ(混成語については、Googleを参照のこと。ここで説明するよりも簡単だ)


■ジョー・ジャクソン
New Waveニュー・ウェイヴに乗ったのは、バンドだけではない。ジョー・ジャクソンは1979年のデビュー・アルバムにして名盤の『Look Sharp』で、それを優雅に証明してみせた。ジョー・ジャクソンは、時に辛辣かつウィットで人気の楽曲を続々と生み出した。中でも「Is She Really Going Out With Him?」は名曲だ。なお、ジョー・ジャクソンのキャリアはパンクから生まれたわけではない。彼は王立音楽大学で学んだが、パンクの音楽的な感性の多くを吸収したのだった。

デビュー・アルバムから3年後にリリースされた「Steppin’ Out」は、80年代屈指のラジオ・レコードとして、いまだ輝きを失っていない。聴く人に微笑みをもたらす同曲は、都会でのドライヴにぴったりな楽曲の中でも、特にクールなレコードであると言ってよいだろう。

■エルヴィス・コステロ
New Wave

そして、エルヴィス・コステロ。苗字なしで万人に認知される男(エルヴィス・プレスリー)と同じ名前を選ぶなど、墓穴を掘る以外の何物でもないが、ミスター・コステロも強い個性の持ち主だった。あの眼鏡を見れば分かるだろう!エルヴィス・コステロ は、英国最初のニュー・ウェイヴ・アーティストとされているが、1977年の傑作デビュー・アルバム『My Aim Is True』はパンク・ロックというよりも、パブ・ロックと形容されていた。実際のところ、同作はあらゆる要素を少しずつ取り入れていた。ガラージやレゲエ(特に「Watching The Detectives」)、さらにはカントリー・ミュージックに対する関心も伺えた。そして、その後40年にわたってコステロが作る多様な音楽を示唆する初期の1枚となった。

1978年にリリースされたセカンド・アルバム『This Year’s Model』で、コステロはニュー・ウェイヴを完全に消化し、それから1年後にリリースされたアンセム的な「Oliver’s Army」では、ニュー・ウェイヴがすっかり定着したことを示した。

Written By Richard Havers

♪ 『New Wave



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